ファウスト ゲーテ







  ワルプルギスの夜の夢



一名

オベロンとチタニアとの金婚式

(間(あい)の曲)



  座長

道具方(かた)のミイジングさんの手の人達。
きょうはあなた方はお休(やすみ)です。
古い山に湿った谷が
そのまま舞台になりますから。


  先触

金婚式をいたすには
五十年立たなくてはなりません。
それよりはお二人の夫婦喧嘩の息(や)んだのが、
わたしには金(きん)のように貴いのですよ。


  オベロン

こら。眷属ども。己のいる所にいるのなら、
今が見せる時だ。
お前達の王が改めて
(きさき)と元の夫婦になるのだ。


  パック

そこへパックが飛んで出て、くるりと廻って、
持前の踊の足を踏みまする。
そのわたくしの跡からは、一しょにここで楽もうと、
百人ばかり附いて来ます。


  アリエル

さて天楽のような声で
このアリエルが歌い出します。
歌の声音(こわね)にさそわれて、いろんな面(めん)も出て来るが、
中には綺麗な首もあります。


  オベロン

夫婦中好く暮らしたければ、
己達の真似をするが好い。
互に恋しがらせるには、
二人を別けて置くに限る。


  チタニア

夫がすねたり、女房がおこったりすると見たら、
手ばしこく攫(つか)まえて、
男は南、女は北の
空の果(はて)へ連れて行(ゆ)くが好(よ)い。


  ツツチイの演奏団


(最も強く。)

蠅の嘴(くちばし)、蚊の鼻梁(はなばしら)
それからそいつの眷属等(ら)
木の葉におるは雨蛙、草の蔭のは蟋蟀(こおろぎ)よ。
これがわし等の楽人だ。


  独吟

見ろ。あそこから木笛が来る。
石鹸(シャボン)のあぶくのようなざまだ。
低い鼻から出る声は
シュネッケ・シュニッケ・シュナックだ。


  修養中の霊

蜘蛛(くも)の脚(あし)に蝦蟇(ひき)の腹、
小さい奴だが羽はある。
子は生まないが、
詩なら生む。


  めおとづれ

蜜の露踏み、香(か)を嗅いで、
小股大股、並んで歩く。
ちょこちょこあるきは精出すが、
飛んで空(そら)へは上がられぬ。


  物好の旅人

こりゃあ仮装舞踏じゃないか。
オベロン様と云うのは美しい神様のはずだが、
きょうこんな処へおいでになったかなあ。
己の目がどうかしているのじゃあるまいか。


  正信徒

爪もなけりゃあ、尻尾もないが、
やっぱりグレシアの神どもと同じ事で、
疑もなく
あいつも悪魔だ。


  北国の芸術家

己が今手を著けるのは
無論習作に過ぎんのだが、
いずれそのうちイタリア旅行の
支度に掛かるよ。


  浄むる人

己は飛んだ所へ来たものだ。
ここでは皆餌(えさ)で人を釣ることばかし考えている。
このおお勢の魔女の中で二人しか
ちゃんと化粧をしてはいない。


  若き魔女

おつくりをして著物を著るのは、
白髪頭の婆あさんの事よ。
わたし裸で山羊(やぎ)の背に乗って、
この好(い)い体を見せて遣るわ。


  子持女

へん。ここでお前達と喧嘩をする程、
不行儀なわたしどもじゃないがね、
その若い、すらりとした、自慢の姿のままで、
お前達は腐ってしまいなさるが好(い)い。


  楽長

蠅の嘴、蚊の鼻梁。
裸の女を取り巻くな。
木の葉に止まる雨蛙も、草むらにいる蟋蟀(こおろぎ)も、
間拍子をまちがえるな。


  風信旗(一方に向きて。)

願ってもない寄合(よりあい)ですね。
よめ入盛の方(かた)ばかりだ。
男の方(かた)も一人々々
末頼もしい婿さんばかりだ。

(他方に向きて。)

もしこれでこの土地が口を開(あ)いて、
こいつらをみんな呑み込んでしまわなけりゃあ、
己は自分が駆足で
すぐ地獄へ飛び込んでも好い位だ。


  クセニエン

わたし共は小さい剪刀(はさみ)を持った
虫になって来ています。
身分相応に悪魔のお父(と)っさんの
お気に入るような事をいたす積(つもり)で。


  記者ヘンニングス

どうだ、あの一つかたまりに引っ附き合って、
無邪気そうにふざけている様子は。
あれで随分情知だとも
云い兼ねないのだからな。


  年報ムサゲット

実は己もこの魔女どもの中へ
一しょに交ってしまいたいのだて。
こいつ等を詩の女神にして持ち出すことなら、
己にも随分出来そうだからな。


  前(さきの)「時代精神」

驥尾(きび)に附すと云うことが出来れば、
なんにでもなれる。己の裾に攫まれ。
ブロッケンでもドイツのパルナッソスでも
山の上はなかなか広いからな。


  物好の旅人

おい。あのぎごちない風をしている男は誰だい。
高慢ちきな歩附をして、なんでも
嗅ぎ出されるだけの事を嗅ぎ出そうとしている。
イエズイイトの捜索でもするのだろうか。


  くろづる

わたくしは澄んだ川で釣るのが好(すき)ですが、
濁った川でも釣らないことはありません。
ですから堅固な男が悪魔に交っていても、
何も不思議がりなさるには及びませんよ。


  世慣れたる人

嘘じゃありません。正しい信者には
凡ての物が方便です。
ですからこのブロッケンの山ででも
方々にこっそり寄り合っていまさあ。


  踊の群

おや。あっちから新しい連中が来ますね。
遠くに太鼓が聞えています。
まあ、じっとしておいでなさい。あれは葦の中で
声を揃えて鳴いている「さんかのごい」です。


  踊の師匠

みんな負けず劣らず足を挙げて、
出来るだけの様子をして見せているから面白い。
佝僂(せむし)や太っちょも、どんなに見えても構わずに
飛んだり跳ねたりしているなあ。


  胡弓ひき

やくざ仲間奴。お互に憎みっ競(くら)をして、
出来るなら、息の根を留めたいと思っていながら、
ここではオルフォイスの琴に寄って来る獣のように、
あの木笛の取持で一しょになっているのだな。


  信仰箇条ある哲学者

批評家や懐疑家がどなったって、
己は騙されはしないのだ。
悪魔も何かでなくてはならぬ。そうでないなら、
悪魔と云うものがあるはずがないではないか。


  理想主義者

どうもこん度は己の心の中で
空想が余り専横になっている。
これがみんな「我」であるとすると、
己はきょうはどうかしているぞ。


  実相主義者

どうもこいつらの「本体」と云う奴が始末におえなくって、
己にひどい苦労を掛けやがる。
ここに来て始て己の立脚地が
ぐらついて来たぞ。


  極端自然論者

己は嬉しがってここに来ていて、
こいつらと一しょに楽むのだ。
なぜと云うに悪魔から善霊(ぜんだま)
推論して行くことが出来るからな。


  懐疑家

こいつらは火の燃える跡を追っ掛けて行って、
もう宝のありかが近いと思っているのだ。
「悪(あく)」と「惑(わく)」とは声も近いようで、
己がここにいるのは所を得ているのだて。


  楽長

草叢(くさむら)にいる蟋蟀(こおろぎ)に、木葉(このは)に止まった雨蛙。
お前達は咀(のろ)われたしろうとだぞ。
蠅の嘴、蚊の鼻梁。
お前達は兎に角楽人だ。


  敏捷なる人等

快活な我輩どもの組は
「莫愁会」と云ってね、
もう腰が立たなくなったから、
頭で歩いて行くのです。


  てづつなる人等

今まではお世辞を言って大ぶお余(あまり)を貰っていたが、
こうなればもう上がったりです。
踊っているうちに沓の底が抜けたから、
素足で歩いているのです。


  鬼火等

わたし共は沼で生れて、
沼から遣って来たのだが、
すぐに踊の仲間に這入って、
どうです、立派な色男でしょうが。


  隕星(いんせい)

星の光、火の光を
放って天から墜ちて来たが、
今は草の中に転んでいます。
誰か手を借して起してくれませんか。


  肥えたる人等

(よ)けろ。避けろ。ぐるりと避けろ。
踏みしだかれて草は偃(ふ)す。
そら鬼が往くぞ。手足の太った
鬼が往くぞ。


  パック

そんな、象の子のような
太った体をして来るなよ。
どしりどしりときょうなんぞ足踏をして好(い)いのは、
まあ、この体のがっしりしたパックさん位のものだ。


  アリエル

恵深い自然に羽を貰ったお前達、
性霊に羽を貰ったお前達は、
軽く挙がって翔(かけ)る己の跡に附いて、
薔薇の岡のすみかへ帰れ。


  奏楽団


(極めて微かに。)

雲の段(きだ)、霧の帷(とばり)よ。
(かみ)の方(かた)より今し晴れ行く。
高き梢、低き葦間に、風吹き立ちて、
(たちま)ち物皆散(あら)け失せぬ。







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