宮沢賢治 『春と修羅』





グランド電柱



 
 



林と思想



そら ね ごらん
むかふに霧にぬれてゐる
(きのこ)のかたちのちひさな林があるだらう
あすこのとこへ
わたしのかんがへが
ずゐぶんはやく流れて行つて
みんな
溶け込んでゐるのだよ
  こゝいらはふきの花でいつぱいだ


(一九二二、六、四)
 
 



霧とマツチ



(まちはづれのひのきと青いポプラ)
霧のなかからにはかにあかく燃えたのは
しゆつと擦られたマツチだけれども
ずゐぶん拡大されてゐる
スヰヂツシ安全マツチだけれども
よほど酸素が多いのだ
(明方の霧のなかの電燈は
まめいろで匂もいゝし
小学校長をたかぶつて散歩することは
まことにつつましく見える)


(一九二二、六、四)
 
 



芝生



風とひのきのひるすぎに
小田中はのびあがり
あらんかぎり手をのばし
灰いろのゴムのまり 光の標本を
受けかねてぽろつとおとす


(一九二二、六、七)
 
 




青い槍の葉
  (mental sketch modified)





  (ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
雲は来るくる南の地平
そらのエレキを寄せてくる
鳥はなく啼く青木のほずゑ
くもにやなぎのくわくこどり
  (ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
雲がちぎれて日ざしが降れば
黄金(キン)の幻燈(げんとう) 草(くさ)の青
気圏日本のひるまの底の
泥にならべるくさの列
  (ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
雲はくるくる日は銀の盤
エレキづくりのかはやなぎ
風が通ればさえ冴(ざ)え鳴らし
馬もはねれば黒びかり
  (ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
雲がきれたかまた日がそそぐ
土のスープと草の列
黒くをどりはひるまの燈籠(とうろ)
泥のコロイドその底に
  (ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
りんと立て立て青い槍の葉
たれを刺さうの槍ぢやなし
ひかりの底でいちにち日がな
泥にならべるくさの列
  (ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
雲がちぎれてまた夜があけて
そらは黄水晶(シトリン)ひでりあめ
風に霧ふくぶりきのやなぎ
くもにしらしらそのやなぎ
  (ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
りんと立て立て青い槍の葉
そらはエレキのしろい網
かげとひかりの六月の底
気圏日本の青野原
  (ゆれるゆれるやなぎはゆれる)


一九二二、六、一二
 
 



報告



さつき火事だとさわぎましたのは虹でございました
もう一時間もつづいてりんと張つて居ります


(一九二二、六、一五)
 
 



風景観察官



あの林は
あんまり緑青(ろくしやう)を盛(も)り過ぎたのだ
それでも自然ならしかたないが
また多少プウルキインの現象にもよるやうだが
も少しそらから橙黄線(たうわうせん)を送つてもらふやうにしたら
どうだらう

ああ何といふいい精神だ
株式取引所や議事堂でばかり
フロツクコートは着られるものでない
むしろこんな黄水晶(シトリン)の夕方に
まつ青(さを)な稲の槍の間で
ホルスタインの群(ぐん)を指導するとき
よく適合し効果もある
何といふいい精神だらう
たとへそれが羊羹(やうかん)いろでぼろぼろで
あるいはすこし暑くもあらうが
あんなまじめな直立や
風景のなかの敬虔な人間を
わたくしはいままで見たことがない


(一九二二、六、二五)
 
 



岩手山



そらの散乱反射(さんらんはんしや)のなかに
古ぼけて黒くゑぐるもの
ひかりの微塵系列(みぢんけいれつ)の底に
きたなくしろく澱(よど)むもの


(一九二二、六、二七)
 
 



高原



海だべがど おら おもたれば
やつぱり光る山だたぢやい
ホウ
髪毛(かみけ) 風吹けば
鹿(しし)踊りだぢやい


(一九二二、六、二七)
 
 



印象



ラリツクスの青いのは
木の新鮮と神経の性質と両方からくる
そのとき展望車の藍いろの紳士は
X型のかけがねのついた帯革をしめ
すきとほつてまつすぐにたち
病気のやうな顔をして
ひかりの山を見てゐたのだ


(一九二二、六、二七)
 
 



高級の霧



こいつはもう
あんまり明るい高級(ハイグレード)の霧です
白樺も芽をふき
からすむぎも
農舎の屋根も
馬もなにもかも
光りすぎてまぶしくて
  (よくおわかりのことでせうが
   日射(ひざ)しのなかの青と金
   落葉松(ラリツクス)
   たしかとどまつに似て居ります)
まぶし過ぎて
空気さへすこし痛いくらゐです


(一九二二、六、二七)
 
 



電車



トンネルへはひるのでつけた電燈ぢやないのです
車掌がほんのおもしろまぎれにつけたのです
こんな豆ばたけの風のなかで

 なあに 山火事でござんせう
 なあに 山火事でござんせう
 あんまり大きござんすから
 はてな 向ふの光るあれは雲ですな
 木きつてゐますな
 いゝえ やつぱり山火事でござんせう

おい きさま
日本の萱の野原をゆくビクトルカランザの配下
帽子が風にとられるぞ
こんどは青い稗(ひえ)を行く貧弱カランザの末輩
きさまの馬はもう汗でぬれてゐる


(一九二二、八、一七)
 
 



天然誘接



  北斎(ほくさい)のはんのきの下で
  黄の風車まはるまはる
いつぽんすぎは天然誘接(てんねんよびつぎ)ではありません
(つき)と杉とがいつしよに生えていつしよに育ち
たうとう幹がくつついて
険しい天光(てんくわう)に立つといふだけです
鳥も棲んではゐますけれど


(一九二二、八、一七)
 
 




原体剣舞連(はらたいけんばひれん)
  (mental sketch modified)





   dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
こんや異装(いさう)のげん月のした
(とり)の黒尾を頭巾(づきん)にかざり
片刃(かたは)の太刀をひらめかす
原体(はらたい)村の舞手(をどりこ)たちよ
(とき)いろのはるの樹液(じゆえき)
アルペン農の辛酸(しんさん)に投げ
(せい)しののめの草いろの火を
高原の風とひかりにさゝげ
菩提樹皮(まだかは)と縄とをまとふ
気圏の戦士わが朋(とも)たちよ
青らみわたる気(かうき)をふかみ
楢と椈(ぶな)とのうれひをあつめ
蛇紋山地(じやもんさんち)に篝(かがり)をかかげ
ひのきの髪をうちゆすり
まるめろの匂のそらに
あたらしい星雲を燃せ
   dah-dah-sko-dah-dah
肌膚(きふ)を腐植と土にけづらせ
筋骨はつめたい炭酸に粗(あら)
月月(つきづき)に日光と風とを焦慮し
敬虔に年を累(かさ)ねた師父(しふ)たちよ
こんや銀河と森とのまつり
(じゆん)平原の天末線(てんまつせん)
さらにも強く鼓を鳴らし
うす月の雲をどよませ
  Ho! Ho! Ho!
     むかし達谷(たつた)の悪路王(あくろわう)
     まつくらくらの二里の洞(ほら)
     わたるは夢と黒夜神(こくやじん)
     首は刻まれ漬けられ
アンドロメダもかゞりにゆすれ
     青い仮面(めん)このこけおどし
     太刀を浴びてはいつぷかぷ
     夜風の底の蜘蛛(くも)をどり
     胃袋はいてぎつたぎた
  dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
さらにただしく刃(やいば)を合(あ)はせ
霹靂(へきれき)の青火をくだし
四方(しはう)の夜(よる)の鬼神(きじん)をまねき
樹液(じゆえき)もふるふこの夜(よ)さひとよ
赤ひたたれを地にひるがへし
雹雲(ひよううん)と風とをまつれ
  dah-dah-dah-dahh
夜風(よかぜ)とどろきひのきはみだれ
月は射(い)そそぐ銀の矢並
打つも果(は)てるも火花のいのち
太刀の軋(きし)りの消えぬひま
  dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
太刀は稲妻萱穂(いなづまかやぼ)のさやぎ
獅子の星座(せいざ)に散る火の雨の
消えてあとない天(あま)のがはら
打つも果てるもひとつのいのち
  dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah


一九二二、八、三一
 
 



グランド電柱



あめと雲とが地面に垂れ
すすきの赤い穂も洗はれ
野原はすがすがしくなつたので
花巻(はなまき)グランド電柱(でんちゆう)
百の碍子(がいし)にあつまる雀

掠奪のために田にはひり
うるうるうるうると飛び
雲と雨とのひかりのなかを
すばやく花巻大三叉路(はなまきだいさんさろ)の
百の碍子にもどる雀


(一九二二、九、七)
 
 



山巡査



おお
何といふ立派な楢だ
緑の勲爵士(ナイト)
雨にぬれてまつすぐに立つ緑の勲爵士(ナイト)

栗の木ばやしの青いくらがりに
しぶきや雨にびしやびしや洗はれてゐる
その長いものは一体舟か
それともそりか
あんまりロシヤふうだよ

沼に生えるものはやなぎやサラド
きれいな蘆(よし)のサラドだ


(一九二二、九、七)
 
 



電線工夫



でんしんばしらの気まぐれ碍子の修繕者
雲とあめとの下のあなたに忠告いたします
それではあんまりアラビアンナイト型です
からだをそんなに黒くかつきり鍵にまげ
外套の裾もぬれてあやしく垂れ
ひどく手先を動かすでもないその修繕は
あんまりアラビアンナイト型です
あいつは悪魔のためにあの上に
つけられたのだと云はれたとき
どうあなたは弁解をするつもりです


(一九二二、九、七)
 
 



たび人



あめの稲田の中を行くもの
海坊主林(うみばうずばやし)のはうへ急ぐもの
雲と山との陰気のなかへ歩くもの
もつと合羽をしつかりしめろ


(一九二二、九、七)
 
 



竹と楢



煩悶(はんもん)ですか
煩悶ならば
雨の降るとき
竹と楢(なら)との林の中がいいのです
  (おまへこそ髪を刈れ)
竹と楢との青い林の中がいいのです
  (おまへこそ髪を刈れ
   そんな髪をしてゐるから
   そんなことも考へるのだ)


(一九二二、九、七)
 
 



銅線



おい 銅線をつかつたな
とんぼのからだの銅線をつかひ出したな
   はんのき はんのき
   交錯光乱転(くわうらんてん)
気圏日本では
たうとう電線に銅をつかひ出した
  (光るものは碍子
   過ぎて行くものは赤い萱の穂)


(一九二二、九、一七)
 
 



滝沢野



光波測定(くわうはそくてい)の誤差(ごさ)から
から松のしんは徒長(とちやう)
柏の木の烏瓜(からすうり)ランタン
  (ひるの鳥は曠野に啼き
   あざみは青い棘に遷(うつ)る)
太陽が梢に発射するとき
暗い林の入口にひとりたたずむものは
四角な若い樺の木で
Green Dwarf といふ品種
日光のために燃え尽きさうになりながら
燃えきらず青くけむるその木
羽虫は一疋づつ光り
鞍掛や銀の錯乱
   (寛政十一年は百二十年前です)
そらの魚の涎(よだ)れはふりかかり
天末線(スカイライン)の恐ろしさ


(一九二二、九、一七)




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