ゲーテ詩集 生田春月訳





勇気


最も大胆な人さへこれまでに
道を拓いてゐなくとも
心配しないで進んで行け
自分で自分の道を拓け!

静かなれ、愛するものよ、わが心よ!
たとい鳴動しても裂けはせぬ!
たとい裂けても、おまへとは裂けはせぬ!





忠告


おまへは先きへ先きへと行かうとするのか?
見ろ、幸福はつい目の前(さき)にあるではないか
ただそれをひツつかまへる術(すべ)さへ学べばよい
幸福はいつでも手もとになるのだから





出合ひと別れ


胸は波打つ、急いで馬に!
思案する間もなく飛んで行く!
(ゆふべ)ははやも地を眠らせて
山々には夜の帷が埀れてゐた
樫の樹ははや霧に罩められて
巨人のやうに突立つてゐた
闇は林のしげみから
無数の黒い眼で窺ふ

月は山のやうな雲の間(あひだ)から
狭霧をわけて悲しげに照つてゐた
風は軽い翼を動かして
耳元にすさまじく鳴る
夜は無数の怪物を生み出したが
わたしの心は元気よく喜ばしい
わたしの脈には何たる焔!
わたしの胸には何たる火!

おまへに出逢ふと、嬉しさは
その甘い眼からこちらへと流れ込む
わたしの心はおまへに寄り添うて
おまへのために波を打つ
薔薇色をした春の気は
そのあいらしい顔をめぐつてゐた
そのやさしい仕打は — ああ神々よ!
これまでわたしの望んで得なかつたものだ!

けれどああ、朝日は早やものぼつて
別れはわたしの胸を乱す
おまへの接吻には何たる快楽!
おまへの眼には何たる苦痛!
別れる時おまへは立つた儘眼を伏せてゐた
濡れた眼をしてわたしを見送つた
だが、愛せられるのは何たる幸福!
神々よ、愛するのは何たる幸福!





新しい恋、新しい生


心よ、心よ、どうしたのだ?
どうしてそんなにわくわくしてゐる?
何たる不思議な新たな生だ!
これがおまへだとはとても思はれない
おまへの愛したものは皆なくなつた
おまへを悩ましたものもなくなつた
おまへの勤勉も不安も –
ああ、どうしてこんなになつたらう?

限りなき力をもつておまへを捉へるのは
この若い花のやうな面影か
このかあいらしい姿か
この忠実(まこと)と愛に充ちた目附か?
わたしは大急ぎで彼女から離れて行かうと
懸命に逃げようとするけれど
忽ちにまた引戻される
ああ、また彼女のところへと

断ち切ることの出来ない
この魔の紐をしつかりと
愛する残酷な少女は握つてゐる
どんなに逃げようとしたとても
もうわたしは彼女の魔法の圏(わ)のなかで
彼女の心のままに生きなければならない
ああ、何たるひどい変りやう!
恋よ!恋よ!わたしを放せ!





愛する人に


どうしておまへはむりやりにあの豪奢の中へ
ああ、このわたしを引き寄せるのか?
わたしは寂しい夜を幸福(しあはせ)に送つてゐた
いい若者ではなかつたか?

小さな部屋にひとりこつそり閉ぢこもつて
月影の中に横はり
その物凄い光にすつかり照らされながら
わたしはうとうとと眠り入る

するとまじり気のない快楽を味つてゐた
あの黄金時代を夢に見る
はやおまへのかあいい姿はまざまざと
胸の底から浮んで来る

おまへがあの光り輝く室(へや)の骨牌台に据ゑたのは
このわたしではなかつたか?
いつもあのたまらない人逹の目のまへに
引き据ゑられてゐたものは?

いま野に咲いてゐる春の花もこのわたしには
おまへより美しくはない
天使よ、おまへのゐる処にこそ愛もあれば幸福もある
おまへの処にこそ自然もある





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