ゲーテ詩集 生田春月訳





涙の慰め


どうしたわけで君はそんなに悲しげなんだ?
すべてのものは悦ばしさうに見えるのに
君の眼を見ると直ぐにわかるよ
たしかに、君は泣いてゐたね

『たとい僕がひとり隠れて泣いたとて
それは僕自身の苦痛(くるしみ)
さうして涙は本当に甘く流れる
僕の心を軽くしてくれる』

快活な友逹は君を招いてゐる
おお、我々の胸へ来給へ!
たとい君がどんなものを失つたにしろ
損失はもうあきらめるがよい

『君等は騒いでばかりゐて気が附かない
何がこの哀れな僕を苦しめるかを
ああいや、僕は何も失つたのぢやない
たとい僕に欠けてゐるものはあつても』

そんなら早く元気を出したらどうだ!
君はまだ青年の身ぢやないか
君位の年頃には人は働いて手に入れるだけの
気力もあれば勇気もある筈だ

『ああいや、僕は働いて手に入れることは出来ない
それは僕にはあんまり縁が遠いから
それはあんなに高く、美しく輝いてゐる
あの空の星のやうに』

星は手に入れようとしたつて駄目だ
ただその光を楽しめばよい
さうして恍惚として眺めることだ
窓のよく晴れ渡つた夜毎(よごと)

『僕も恍惚として眺めやつてゐる
もう長いこといつも昼のうちは
せめて夜分は泣かせてくれ
この涙の尽きてしまふまで』





夜の歌


おお、そのやはらかな蓐(しとね)にうつらうつら
夢みながら半ば耳をおかし!
わたしの琴の調(しらべ)につれて
おやすみ!おまへはこの上何が慾しい?

わたしの琴の調(しらべ)につれて
数限りない星の群れは
この永遠の感情を祝福する
おやすみ!おまへはこの上何が慾しい?

その永遠の感情は
わたしをすつかり高めてくれる
この騒しい地上から
おやすみ!おまへはこの上何が慾しい?

この騒がしい地上から
おまへはわたしをすつかり遠ざけて
わたしをこの涼気の中に追ふ
おやすみ!おまへはこの上何が慾しい?

おまへはわたしをこの涼気の中に追ふ
せめて夢の中だけで耳をお貸し
ああ、そのやはらかな蓐(しとね)の上で
おやすみ!おまへはこの上何が慾しい?





あこがれ


わたしの心をこんなにするのは何だらう?
わたしを引張り出すのは何だらう?
この家(うち)の中から、この部屋から
出て来いといつてそそのかすのは?
むかうの山のまはりに
雲は漂つてゐる!
彼方(あそこ)へ行つて見たい
早く行つて見たい!

鴉の群れは列をつくツて
飛んで行く
わたしもその群れにまじつて
ついて行かう
さうして山も城壁も
どんどんあとにして行くと
下にあの人の姿が見える
わたしはそれをぢつと窺ふ

彼女はしづかにやつて来る!
わたしは直ぐにかけつける
歌ふ小鳥のやうに
森のしげみまで
彼女はそつと立止まつて聞耳立てて
ひとりでにツこりして考へる
『あれ、あんなに可愛く歌つてゐる
わたしのことを歌つてゐる』

入日が山の頂きを
黄金(こがね)の色に染めるとき
思ひ沈んでゐるその美しい人は
それをぢつと眺めながら
小河のほとりをぶらぶらと
牧場に添うて行く
すると路はだんだん暗くなり
はやわからなくなつてしまふ

その時不意にわたしは姿を見せる
きらめく夕の星のやうに
『あんなに近くまたあんなに遠く
輝いてゐるのは何であらう?』
さう言つておまへが驚いて
その星かげを見入るとき
わたしはおまへの足もとに横たはる
そこでわたしは幸福(しあはせ)だ!





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