ゲーテ詩集 生田春月訳




旅人の夜の歌(二章)


    その一

おまへは天(そら)からやつて来て
すべての苦しみ、痛みを鎮め
二重の苦悩になやめるものに
二重の囘帰の力を充たす
ああ、奔命にわたしは疲れた!
すべての苦痛(くるしみ)、快楽(たのしみ)も何であらう?
甘い平和よ
ああ、早く来てくれ、この胸に!

    その二

山々の頂きには
安息がある
木々の梢には
揺れもせぬ
そよとの風も
小鳥は森に声を呑む
まあお待ち、今におまへも
休めように





猟夫の夕暮の歌


弾丸(たま)を籠めた鉄砲を手にして
野みちをひとり静かに辿るとき
おまへの姿がちらちら浮ぶ
おまへのかあいい面影が

おまへは今野を越え谷を横ぎつて
ひとり静かにさまよふだらう
そしてああ、直ぐに消え去るわたしの面影は
おまへは寄り添ひさへもしないのか?

腹立たしげに不興げに
この世を渡るその人の
おまへを棄てて行くに忍びず
西に東にさまよふ面影は

おまへのことを思ひさへすれば
月の光りでも見るやうに
静かな平和な気持になる
どうしたわけか知らないけれど





月に


またもおぼろの光もて
森をも谷をも静かにつつみ
つひにはわたしの心をも
おまへはすつかり融かしてしまふ

慰め顔におまへの眼は
わたしの庭にひろごつて来る
わたしの運命をあはれむ女の
心やさしい眼のやうに

嬉しい時悲しい時の名残は
わたしの胸に響いて来る
喜び苦みふたつの間(なか)
寂しくわたしはひとりさまよふ

流れよ、流れよ、いとしの河よ!
楽しい時はまたと来ない
冗談も接吻(きす)も真実(まごころ)さへも
もうわたしには消えてしまつた

わたしも昔は本当に
尊いものを有(も)つてゐた!
しかもそれをこの苦しい中で
決して忘れる時はない!

流れよ、流れよ、谷ぞひに
やすむことなくためらふなく
流れよ、流れてわたしの歌に
調子を合はせてくれ

冬の夜あらく波立つて
おまへの水嵩(みかさ)のまさるとき
春の若葉のまはりに
湧きあがるとき

憎悪の念(おもひ)をもたないで
世間から身を遠けて
一人の友を胸に抱き
その友とともに
世の人のまだ知らないこと
思ひも寄らないことを楽しんで
夜半胸中の迷宮(ラビリンス)
さまよふものは幸福だ





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