ゲーテ詩集 生田春月訳





厚顔に愉快に


娘たちとは仲よくし
男たちとはなぐり合ひ
金はなくとも借金(かり)をして
世間を渡つて行けるもの

一緒に酒飲むものはたくさんあるが
一緒に住めるものはあまりない
その多い少いが反対(あべこべ)ならば
これに越した愉快はない

むかうの意地が強ければ
こちらでゆづることになる
席をゆづツてくれぬなら
いいからどしどし追ひ立てろ

いいからみんなに猜(そね)ませておけ
奴等の手に入らぬものを
さうして心の底から愉快でゐろ
これがいろはの初めでまた終りだ

世間さまには調子を合はせ
かうした気持で暮して行け
嬉しいにつけ悲しいにつけ
この貴いいろはを考へろ





Ergo bibamus!(然らば、飲まむ!)


ここに我々は賞むべき行為のために集まつてゐる
 それゆゑ友よErgo bibamus!
杯は鳴り、会話(はなし)はやんでしまふ
 心に浮ぶのはErgo bibamus!
これはすばらしい古(むかし)の言葉
どんな人の胸にもこたへる言葉
饗宴(いはひ)の席に反響(こだま)はひびく
 すばらしいErgo bibamus!

やさしい愛人の姿を見ると
 わたしは密かに考へるErgo bibamus!
親しげに近くとあの人はついと行つてしまふ
 そこでやむなく考へるBibamus!
よしやまた来て抱いて接吻(きす)してくれようと
よしやそれきり抱いても接吻(きす)してもくれなからうと
相も変らず、なんかいい事のあるまでは
 気ばらしによいErgo bibamus!

運命の声が友逹の手からわたしを呼べば
 愛する友よ!Ergo bibamus!
わたしは手軽な荷物をもつて別れて行く
 それでどちらもErgo bibamus!
たとへ高利貸が何を身体から剥いで行かうとも
やつぱり愉快な顔をしてゐるがよい
愉快な人に愉快な事はある
 さあ、愛する友よ、Ergo bibamus!

今日のこの日に何と言はう?
 わたしはただ考へようErgo bibamus!
これこそ全く珍らしい言葉だからね
 それゆゑいつでもBibamus!
この言葉は開いた門から喜びを連れて来る
雲は輝き、埀幕は裂ける
すると神聖な一つの像が輝き出る!
 さあ杯を鳴らして歌はうBibamus!





獅子里亜(シチリヤ)人の歌


おまへの黒いかあいい眼!
おまへが目くばせしただけで
家はくづれて落ちるだらう
(まち)も倒れてしまふだらう
それからわたしの心のなかの
この漆喰(しつくひ)の壁さへも –
まあちよつと思案をしておくれ! –
これが落ちたら何とする!





瑞西人の歌


山の上に
すわつて
小鳥を
見てをると
飛んだり
歌つたりして
巣を
こしらへる
庭の中に
立つて
蜜蜂を
見てをると
ぶんぶんいつたり
うなつたりして
巣を
こしらへる

牧場の上を
歩きながら
胡蝶(てふてふ)
見てをると
蜜を吸つたり
舞うたりして
目を
なぐさめる

そこへハンスさんが
やつて来て
いそいそわたしが
迎へると
いつものやうに
につこり笑つて
あつい接吻(きす)
してくれた





芬蘭人の歌


ふかい馴染のあの人が
またも帰つてくれるなら
あの脣(くち)に接吻(きす)をしてあげよう
たとい狼の血で染まつてゐようとも
その手をぢつと握つてあげよう
よしや指さきが蛇だらうとも

風よ!おお、おまへに心があらば
ふたりの言葉を取次ぎな
あんまり遠いあひだゆゑ
途中で少しは消えようが

いつそ御馳走も食べますまい
おいしい肉も忘れよう
夏のうちに素早くつかまへて
長い長い冬の間に手なづけた
あの人とお別れするよりは





ジプシイの歌


さらさらと降る霧の中に、深い雪の中に
さびしい森のなかに、冬の夜
餓ゑに吠える狼の声がした
また梟の鳴き声がした
    ヰレ ワウ ワウ ワウ!
     ヰレ ウォ ウォ ウォ!
      ヰト フウ!

おれは一日(あるひ)垣根の猫を射たをした[注:原文のまま]
魔法遣ひのアンネ婆さんの黒猫を
すると夜なかに七匹の狼がやつて来た
狼になる村の七人の女たちが
    ヰレ ワウ ワウ ワウ!
     ヰレ ウォ ウォ ウォ!
      ヰト フウ!

おれは奴等を皆知つてゐる、よく知つてゐる
それはアンネに、ケエテに、ウルゼルに、
リイゼに、エヴに、バルベに、ベエトだが
おれのまはりに輪をつくつて吠え立てた
    ヰレ ワウ ワウ ワウ!
     ヰレ ウォ ウォ ウォ!
      ヰト フウ!

そこでおれは大声でみんなの名を呼んだ
アンネさん、ベエトさん、どうする気だい?
するとみんなはがたがたふるへ出し
吠え出てながら走つて行つてしまつた
    ヰレ ワウ ワウ ワウ!
     ヰレ ウォ ウォ ウォ!
      ヰト フウ!








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