ゲーテ詩集 生田春月訳






ゲエテ詩集:ヰルヘルム・マイステルから


〜〜 ヰルヘルム・マイステルから


    騒々しい人ごみの中でさへ
    かの精霊の歌は聞かれる





ミニヨン(三章)


  その一

わたしを語らせて下さるな、黙らせて置いて下さい
わたしの秘密はわたしの義務なのですもの
あなたにこの胸の思ひを残らずお話ししたい
けれど運命がそれを許してはくれませぬ

時をたがへず日はのぼり、暗い夜陰を追ひはらふ
日は照らさずにはゐられません
堅い岩もついには胸を開きます
地は底に隠れた泉を惜しみはいたしませぬ

どなたを見ても友だちの腕にすがつては
胸の悩みを訴へて安らかな気持になられます
わたしばかりは一つの誓ひが脣(くち)を抑へてをりまして
それを開けて下さるのはただ神様ばかり

  その二

あこがれわたる心を知る人だけが御存知です
わたしの悩みがどんなかを!
たつたひとり嬉しいことのすべてから
引きはなされて
わたしは空をながめやる
かなたの空を
ああ!わたしを愛し、お知りになる方は
遠い他国にいらつしやる!
わたしは目まひがしまして、腸(はらわた)
燃えるやうでございます
あこがれわたる心を知る人だけが御存知です
わたしの悩みがどんなかを!

  その三

ほんとにかうした姿になる迄はどうぞこの儘にして置いて
この白い着物をぬがせて下さいますな!
この美しい世を棄てて
あのゆるがぬ家へまで

そこに暫く静かにやすんだなら
きよらかな眼は開きませう
白い着物もぬいですて
帯も花輪もすてませう

するとあの天使のやうな姿になつて
もはや男女(をとこをんな)のへだてもありませず
透き通つてゐる身体には
なんの着物もいりませぬ

わたしは何の苦労も知らずに来ましたが
心の底には深い苦痛を抱いてゐて
悩みのためにあまりに早く年をとりました
どうぞわたしを永遠に若返らせて下さいまし!





弾絃者(三章)


  その一

孤独にふけるそのひとは
ああ!やがてひとりになつてしまふ!
人はみな自分の生活や恋を楽しんで
苦しんでゐる人を相手にしはしない

よろしい!わたしを悩みに棄てて置け!
わたしがほんの一度でも
本当に孤独になれたなら
わたしはもはやひとりぢやない

愛するものは耳すましながらそつと忍び寄る
その女ともだちが一人でゐるかしらと
そんなに昼夜忍び寄る
さびしいわたしに苦しみが
さびしいわたしに悲しみが
ああ、わたしがやつと墓に入り
さびしく眠るその日こそ
それはわたしを棄てて行くであらう!

  その二

わたしは戸(と)毎に忍び寄り
そつとつつましやかに立ちとまるまる
やさしい手が食物(たべもの)を恵んでくれる
わたしはまたもさきへと歩いて行く
誰れも自分を幸福(しあはせ)だと思ふだらう
わたしの姿が目に入ると
さうしてほろりとするだらう
だがわたしはその人がなぜ泣くのやらわからない

  その三

涙ながらに麺麭(パン)を食べ
(つ)らい夜毎を床の上に
泣き明かしたことのない人は
おまへ逹、天の力を知りはせぬ!

おまへ逹は我々をこの世に連れ出して
このあはれなものに罪を犯させて
さうして苦痛のなかに棄てて行く
この世の罪はすべて報ゐのあるものを





フィリイネ


そんなかなしい調子で歌つて下さいますな
ひとり夜の寂しさを!
いいえ、夜分は、やさしいお方
たのしい語らひのために作られてます

ちやうど女が男にその美しい
半分として与へられてゐるやうに
夜はわたし逹の生涯の半分ですわ
しかも一番美しい半分ですわ

あなた方はいつも嬉しいことの邪魔をする
昼をお好きでいらつしやいますの?
昼は消えてしまつた方がようございます
その外に何の役にも立ちませぬ

けれど若し夜分になりまして
楽しい灯火(ランプ)のほのかな光が流れ
口から口へ雨のやうに
冗談と愛とが注ぎ込みますときは

あの素ばしこいいたづらな男の児が(キュピド)
いつもは火のついたやうに急いで行つてしまふのに
ほんのつまらない贈物にすかされて
気軽にふざけながら止まつてゐますとき

あの夜鶯(うぐひす)が恋に狂つてゐる人たちに
楽しい歌をうたつて聞かすとき
またそれが囚人や悲しんでゐる人たちに
嘆息や悲鳴のやうに響くとき
どんなに軽く心をおどらせて
あなた方は鐘の音をお聞きになりませう!
安息と平穏とを告げるやうに
重々しく響く十二の鐘の音(ね)を!

だから長い昼の間に、よいお方
この言葉をしつかり胸に蔵(をさ)めて下さいまし
昼は苦しいものですけれど
夜は楽しいものですわ











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