ゲーテ詩集 生田春月訳




シルレルの頭蓋骨を眺めて


一日、わたしは陰鬱な納骨堂に足を踏み入れ
 頭蓋骨の規則正しく列んでゐるのを眺めて
 灰いろになつた古い時代を思出した
かつては烈しく憎み合つたものも犇々と立並び
 生前生命がけで打ち合つた硬い骸骨も
 互に組合せられて永遠におとなしく横つてゐる
曲つた肩胛骨よ!それが何を担つたかを
 もはや問ふ人もない、そして立派な四肢は
 手も足も生命の継目からばらばらになつて了つてゐる
卿等(おんみら)疲れた人々は無益に横はり伏してゐる
 墳墓に於ても卿等(おんみら)は安息を許されないで
 再び白日の下(もと)に追ひ上げられたのだ
而して何人もこの萎(しな)びた殻を愛するものはない
 仮令(たとひ)それが如何に壮麗な高貴な中核(なかみ)を含んでゐたらうとも
 よく這般の消息に通じてゐるわたしに与へられた文字の
その神聖なる意味は何人にも啓示されるものではない
 かくの如き凝然たる群衆の間に於て
 名状し難く壮麗なる一個の形態を認めたとき
この冷湿の気の漂ふ狭隘な堂の中に於て
 わたしは自由と温暖とを感じてともに蘇生の思ひがした
 あだかも生の泉が死の中から迸り出たかのやうに
いかなる神秘な喜びをわたしは感じたであらう!
 一瞥は忽ちわたしをかの海へと移した
かの力強い人物の潮(うしほ)を湧き上らせた海へと
 神秘なる容噐よ!神託を唱(とな)へつつ
 わたしに汝をこの手に取上げる価値があらうか?
汝最高の宝物(たから)を湿気の中より敬虔に取上げて
 自由なる沈思に耽りつつ外気の中に
 日光のもとにうやうやしく搬び出すとするも
人生に於てこれ以上の人間の獲得があらうか
 神なる自然の彼に啓示せられることよりは
 不滅の力をその精神に注がれるよりは
 またその精神の産物をかたく保存せられるよりは!





『若きヱルテルの悲み』の後に


若者はみな愛したがつてゐる
娘たちはみな愛せられたがつてゐる
ああ、この我々の最も神聖な本能から
なぜ恐ろしい苦痛が湧いて出る?

彼を愛し彼の為めに泣きたまふやさしい人よ
彼の記念を不面目から救ひたまふ人よ
見よ、彼の霊は地獄から御身に語る
男子であれ、そしてわたしに傚ふなと





この本を、全文縦書きブラウザで読むにはこちらをクリックしてください。
【明かりの本】のトップページはこちら

 
 
 
以下の「読んだボタン」を押してツイッターやFacebookを本棚がわりに使えます。
ボタンを押すと、友人にこの本をシェアできます。
↓↓↓ 

Facebook Twitter Email
facebooktwittergoogle_plusredditpinterestlinkedinmailby feather

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">