ゲーテ詩集 生田春月訳




五月


銀色の雲は軽く浮んでゐる
温かになつたばかりの大空に
ものやはらかな光りにとりめぐらされ
太陽はやさしく香(にほひ)の中を照つてゐる
波は軽く捲き上つては打ちよせる
ゆたかな岸の胸へまで
洗ひ上げたやうな早緑(さみどり)
ゆらゆらゆらと揺れながら
くつきり影をうつしてゐる

空は静かに、そよとの風もない
それに枝の揺れるのはなぜだらう?
溢れんばかりの熱い愛が
樹立から藪を通して行くのだらう
さあ、眼が急に輝いた
見よ!翼の生えた子供の群れが
まるで朝から生れた子のやうに
矢のやうに迅(はや)く飛んで行く
二人づつ一組になつてあの空を

屋根を葺き出したこの小舎は
どんな人のために建てたのだ?
一人前の部屋らしく
椅子も卓(つくゑ)もまんなかに!
かうしていぶかしがつて
日の沈むのも知らなかつたのに
今ではいつもその小舎へ
愛する人がわたしを連れて行く!
昼も夜も、なんたる夢!





翌年の春


花壇の草は
のびあがる
ゆらゆらするまつゆき草は
雪のやうに白い
蕃紅花(サフラン)は芽ぐむ
火のやうに
緑玉(エメラルド)のやうに
血のやうに
桜草は見栄を張つて
すましこみ
いたづら好きの菫は
懸命に身を隠す
どちらを見ても
生々(いき〜)してゐる
春はゆたかに
動いてゐる

けれども庭園(には)でどらよりも
きれいに咲いてゐる花は
愛する人の
あいらしい心だ
その眼はいつも変りなく
わたしのために燃えてゐる
わたしの歌を呼び出し
わたしの言葉を軽くする
いつも咲き誇つてゐる
花の胸
真面目な時は懇ろに
冗談の時は清らかに
たとへ薔薇と百合とを
夏が持つて来て
愛する人と競争しようも
無駄なこと





四月


眼よ、おまへたちの言ひたいことを言へ!
おまへたちは本当にかはいいことを言ふ
本当にたのしい声音(こわね)で言ふ
おまへたちも同じ思ひで問ひかける
わたしはおまへたちをよく知つてゐる
この涼しいはつきりした眼のおくに
愛と真実に充ちた心がひそんでゐる
今すつかり思ひに暮れながら

その心はいい気持がするに違ひない
そんなにものうひ盲(めし)ひた眼の下に
たうとう正(まさ)しく尊重出来る
眼附を見つけたその時は

この暗号文字の研究に
すつかり耽つてゐるうちに
わたしの眼の暗号文字を読むように
おまへたちをもさせてしまふ





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