ゲーテ詩集 生田春月訳




支那歳時記(十章)


    一

言へ、我々支那官人(マンダリン)
命令したり命令されたりする代りに
こんなうららかな春の日に
北の国を後(あと)にして
南の草場で水辺で
一杯まら一杯、一行また一行と
(たの)しく飲んでは、詩を作るより
外に何のいいことがあるだらう?

    二

百合のやうに白く綺麗な燭の列
ほのかに揺れる星の火の
そのまん中に心(しん)はあかあかと
(なさけ)の火のやうに燃えてゐる
丁度そのやうに早咲きの水仙は
庭に並んで咲いてゐる
こんなに添木をされて誰を待つてるか
このいい花は知るかしら

    三

牧場を羊は群れて行き
草は青々生えてゐる
ここもまもなく楽園(パラダイス)
花がとりどり咲き出せば

希望は我等の眼のまへに
霧のやうに軽い面紗(ヴエエル)をひろげる
願ひはかなツて日の祭は始まり
雲はわかれて我等に幸福を齎らす!

    四

いやな声で孔雀は啼くけれど、その声は
その目のさめるやうな羽根を思ひ出させる
だからその声もわたしは厭(い)やではない
印度鵝鳥はところでさうではない
とてもあれは我慢が出来はせぬ
醜い鳥の厭やな声と来たらたまらない

    五

時鳥(ほとゝぎす)だとて夜鶯(うぐひす)だとて
春を惜しむのは変りやせぬ
それにはや来た蕁麻(いらぐさ)
(いばら)の夏はどちらにも
いとしい姿を人知れず
ぬすみ見させてくれてゐた
あの樹の軽い葉かげさへ
夏はこんもり茂らせて
屋根も格子戸も門口も
すつかり隠してしまつたからは
どんなにのぞいて見たかとて
いつまでたつても夜は明けぬ

    六

夕闇は空から落ちて
近いものもみな遠くなる
そこへまづのぼつてくる
夕づつのやさしい光!
万象はおぼろおぼろにゆらめき去り
霧は空高くのぼつて行く
黒き底なき闇黒(くらやみ)
うつして湖水は鎮まつてゐる

東の空にはいましがた
月の光りがほのめいて
髪に毛のやうな柳の枝は
近く波に戯れかかり
ゆらめく葉影にまつはつて
月の光は顫へてゐる
胸やはらげる涼しさは
眼から心へ忍び入る

    七

薔薇のさかりがすぎたいま
薔薇の蕾のねうちが知れる
たつた一つの遅れ咲き
花の世界をうめあはす

    八

むかしの夢は消えてしまひ
今では薔薇と戯れ木立と語る
少女(むすめ)の代りに賢者の代りに
どうだ感心なことではないか
だから仲間が集まつて来て
おまへのまはりを取巻くさ
おまへと我々とのためにとて
この草場には刷毛と絵具と酒がある

    九

この静かな喜びを妨げようといふのかい?
どうぞわたしをかうして杯に向はせておいてくれ
知識を得ることなら他人と一緒に出来ようが
霊感はたつた一人でなくちや得られやしない

    十

『さあ!我々が急いで行くまへに
何か為になることを話してくれますか?』

無駄な思ひはさらりと棄てて、未来のことは気に留めず
その日その場で一生懸命に働くがよい






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