ゲーテ詩集 生田春月訳




人間嫌ひ


彼ははじめのうち暫くの間(ま)
晴れ晴れとした顔をして
すわつてゐるかと思ふと急に
顔ぢゆうがむづかしくなる
まるで梟みたやうに
どうしたわけだと問ふのかね?
恋かそれとも退屈か
ああ、その両方さ!





意の儘にならぬ恋


わたしはちやんと知つてゐて嘲つてやる
君たち少女は移り気だ!
君たちの恋はまるで骨牌(かるた)遊びだ
今日はダ・ッド、明日はアレクサンデル
彼等は互に自分がもてた気で
それでどちらも好都合

だが僕はやつぱり悲惨(みじめ)だよ
人間きらひな顔をして
恋の奴隷よ、あはれな馬鹿者!
どうかしてこの苦痛から逃れたい!
けれど胸底ふかく潜んでゐるために
嘲弄すらも追出せぬ、その恋を





ほんとの楽しみ


少女(むすめ)の心を得ようと思ふなら
その膝に金を積んだつて何になる
愛の喜びを贈つてやらねばならぬ
おまへの方でそれを味つて見たければ
金は群集の声をも買ひ得ようが
たつた一つの心をもかち得はしない
だが一人の少女を買はうと思ふなら
行つて自分自身を払ふがよい

神聖な紐にくくられてゐないのなら
おお青年よ、おまへは自分で自分をくくれ
人間は本当に自由に生きられる
だが束縛されないではゐられない
ただ一人の女のために熱くなることだ
すると彼女の心は愛情でいつぱいになる
そこで愛情の紐にくくられるがよい
義務にくくられてはならないからね

まづ感ぜよ、青年よ!それから身体も美しく
心も美しい一人の少女を選べ
少女は少女でおまへを選ぶ
するとおまへは幸福だ、わたしのやうに
わたしはこの技術をよく心得てゐて
一人の少女を選び出した
この美しい結婚は更に幸福(しあはせ)にも
僧侶(ぼうず)の祝福なんぞに煩はされなかつた

彼女はわたしを喜ばせることの外には苦労せずに
ただわたしの為めにのみ美しく化粧をし
わたしの傍でのみ放逸で
世間の眼にはしとやかな女である
ふたりの情熱を歳月(つきひ)もさまさぬために
彼女は自分の弱さの権利も棄ててしまふ
彼女の愛はいつも聖母のそれのやう
わたしはいつも有難く思はずにはゐられない

わたしは満足しきつて楽しんでゐる
彼女がやさしく笑つて見せるとき
食事中にその愛する男の足を
自分の足の踏台にしてくれるとき
その歯がたをつけた林檎をくれるとき
その口をつけた杯をくれるとき
またはわたしの接吻を半ば拒むやうな振りをして
いつもは隠してゐる胸を見せるとき

さうして彼女が静かな楽しい折りなどに
わたしと共に恋の話をしてゐるときに
わたしはその口から言葉をのぞむ
言葉ばかり、接吻を望みはせぬ
彼女のうちには何といふ智慧が宿つてをつて
たえず新しい魅力を与へることぞ!
彼女は完全だ、彼女の欠点は
ただそのわたしを愛してゐることばかり

崇敬の念はわたしを彼女の足下(あしもと)に投げる
しょう悦はわたしを彼女の胸に投げる
見よ、青年よ!これが快楽だ
聡明なれ、さうしてこの快楽を求めよ
死は他日おまへを彼女の傍から
天使の合唱の音(ね)とともに
楽園(パラダイス)の喜びの中に誘つて行くが
おまへは少しもその推移をさとらない







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