ファウスト ゲーテ







  街



ファウストとメフィストフェレスと登場。



  ファウスト

どうだい。運ぶかい。近いうちにどうかなるかい。


  メフィストフェレス

えらい。大ぶ気乗がして来ましたね。
もう程なくグレエテはお手に入ります。
隣のマルテと云う女の所で今晩お引合(ひきあわせ)をします。
取持(とりもち)や橋渡(はしわたし)には
持って来いと云う女ですよ。


  ファウスト

旨いな。


  メフィストフェレス

  所でこちとらも物を頼まれましたよ。



  ファウスト

それは魚心あれば水心だ。


  メフィストフェレス

なに。その女の亡くなった亭主の髑髏(されこうべ)が、
パズアの難有(ありがた)い墓地に埋めてあると云う、
法律上に有効な証書を書いて遣るだけです。


  ファウスト

(い)いとも。そんならパズアへ行って来なくては。


  メフィストフェレス

サンクタ・シンプリチタスだ。神聖なるおめでたさ加減だ。
それに及ぶものですか。知らずに書いて遣るのです。


  ファウスト

外に智慧が出ないのなら、その計画は廃案だ。


  メフィストフェレス

いやはや。おえらいぞ。そこで君子(くんし)をお出(だ)しになる。
一体偽証と云うものをなさるのが、
こん度が始(はじめ)のお積(つもり)ですかい。
これまであなたは仰山らしく、神はどうだ、世界や
その中に動いている物はどうだ、人間やその心の中で
考えている事はどうだと、定義をお下(くだ)しになる。
しかもしゃあしゃあとして大胆にお下しになる。
好く胸に手を置いて考えて御覧なさいよ。
正直のところ、そんな事をシュウェルトラインと云う男の
死んだ事より確かに知っておいでになったのですか。


  ファウスト

ソフィスト奴(め)。どこまでも君は嘘衝(うそつき)だなあ。


  メフィストフェレス

そのあなたの腹をもっと深く知らなんだら、
恐れ入るでしょうよ。あしたになると済まし込んで、
(しん)からお前を愛するなんぞと、
あのグレエテを騙すのでしょうが。


  ファウスト

それは心から愛しているのだ。


  メフィストフェレス

宜しい。

それから何物にも打ち勝つ、ただ一つの熱情だの、
永遠に渝(かわ)ることのない恋愛だの真実だのと、
いろいろ並べるのも心からでしょうか。


  ファウスト

(よ)せ。それは心からだ。己が感じて、
その感じ、その胸の悶(もだえ)
なんとか名づけようとして、詞(ことば)が見附からないで、
そこで心の及ぶ限、宇宙の間を捜し廻った挙句に、
最上級の詞を攫(つか)まえて、
己の体を焚くような情の火を、
無窮極だ、無辺際だ、永遠だと云ったと云って、
それが悪魔もどきの嘘事かい。


  メフィストフェレス

それでもわたしのが本当です。


  ファウスト

おい。これだけは覚えていろ。

頼むから、己の吭(のど)を少しいたわって貰いたい。
誰と議論をする時でも、ただ一言しか言わずにいれば、
それは勝つに極(き)まっている。
そろそろ行こう。もう己も饒舌(しゃべ)り厭(あ)きた。
君のが本当だとも。己は外に為方(しかた)がないのだから。







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