ゲーテ詩集 生田春月訳




婚礼の夜


祝宴(いはひ)の席から離れた寝室に
愛の神(アモオル)はおまへに忠実にすわつて気にしてゐる
たちの悪い客のいたづらに
婚礼の夜の平和が乱されはしないかと
そもまへに蒼味がかつた松明の火が
神聖な光を放つてゐる
香の煙は部屋一杯に立罩めてゐる
おまへ逹の興を助けるやうに

客の騒ぎを遠ざける時計の音に
おまへの胸はどきどきする
やがて黙つてもう何一つ拒まない
美しい脣(くち)を思つておまへの血は燃え上る!
彼女と一緒に神殿に入つて行つて
事を果さうとおもあへは急いでゐる
番人の手に持つてゐる松明は
枕もとの灯(ひ)のやうに微(かす)かになる

雨のやうなおまへの接吻(きす)のために
彼女の胸、彼女の顔中は顫(ふる)へ出す!
彼女の慎しみは顫へとなり
おまへの大胆さは義務となる
愛の神(アモオル)は手早く彼女の衣裳をぬがせるが
おまへの方がもつと早い
そこで彼はずるさうにまたつつしまう
ふたつの眼をしつかり閉ぢてしまふ





意地の悪い喜び


わたしは息が絶えたとき
蝶のすがたに身を変へて
楽しい時を送つたあのなつかしい処へと
ひらひらと飛んで行く
牧場をぬけて泉水の方へ
丘をめぐつて森越えて

睦まじさうな二人の話を聞かうとて
美しい少女の頭にいただいてゐる
花輪にとまつて見おろすと
死がわたしから奪つたものがみな
この一場の光景にまた見出せるので
わたしは昔のやうな幸福(しあはせ)な気持になる
彼女は彼を黙つて笑つてかい抱(いだ)
彼の口は恵みぶかい神様の授けてくれた
楽しい時を味はつてゐる
わたしはわざと飛びまはる
胸から口へ、口から両手へと
彼のまはりを舞ひめぐる

すると彼女はわたしを見てゐたが
その友逹の熱望に身を顫はせて
飛上るのでわたしは逃げてしまふ
『ねえあなた、あれをつかまへて下さいな!
ねえ!わたしはあれが慾しいのよ
あの小さい綺麗な胡蝶(てふてふ)が』





無邪気


人の心の最美(さいび)の徳よ
ものやさしさの清い源泉(みなもと)よ!
ビロンよりもまたパメエレよりも
理想なるものよ、稀有なるものよ!
若しほかの火が燃え上るなら
おまへのやさしい弱い光は消えてしまふ
おまへを感じるのはおまへを知らぬものだけだ
おまへを知るものはおまへを感じない

女神よ、おまへは楽園(パラダイス)
わたし逹と一緒に暮してゐた
おまへはいろんな牧場に姿を見せる
朝まだ太陽ののぼらぬうちに
ただおとなしい詩人だけが
霧に包まれておまへの行くのを見る
日の神(ペブス)が現れると霧は逃げてしまふ
さうして霧と一緒におまへも行つてしまふ





そら死に


お泣き、少女よ、この愛の神(アモオル)の墓の上で!
ここで彼は何でもなくて死んだのだ
けれど本当に死んだのか?どうだか知れやしない
何でもないことがまたよく彼を呼び醒ます





身近に


どうしたわけかおまへは、かあいい子よ
時をりわたしに馴染のないものになる!
騒がしい人ごみの中にゐる時は
嬉しい気持は残らず消えてしまふ
けれど四辺(あたり)が暗く静かになる時は
おまへの接吻でおまへが直ぐ知れる






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