ゲーテ詩集 生田春月訳





現在


すべてのものがおまへを告げてゐる
壮麗な日が現はれると
おまへも直ぐに来てくれるに違ひない

おまへが庭園(には)へ立出ると
おまへは薔薇の中の薔薇
また百合の中の百合でもある

若しもおまへが舞踏(おど)るなら
星宿もみなおどり出す
おまへと一緒に、おまへを取巻いて

夜!ああ、夜になつたなら!
おまへは清く愛らしい
月の光をも凌ぐだらう

おまへは清く愛らしい
さうして花も、月、星も
太陽なるおまへを崇拝する

太陽よ!おまへはわたしにも
荘麗な昼の創造者であつてくれ!
それでこそ生命もあり永遠もある





遠く離れてゐる人に


わたしは本当におまへを失(な)くしたのか?
美しい人よ、おまへは行つてしまつたか?
今も耳についてはなれない
あの聞きなれた言葉や声音(こわね)やが

頭の上の大空で
雲雀の歌のするときに
旅人の目がいたづらに
(あした)の空を探すやうに

そんなに心配らしくわたしの眼は探す
野辺に林に森かげに –
わたしの歌はみなおまへを呼ぶ
おお、いとしい人よ、帰つて来ておくれ!





河ばたで


流れて行けよ、いとしい歌よ
忘却の海へ流れて行け!
一人の子供も最う喜んでおまへを歌はない
一人の少女(むすめ)も花どきに

おまへはただわたしの愛を歌つた
いま彼女はわたしの忠実(まこと)を嘲る
おまへは水に書かれたのだ
だから水と一緒に流れて行け!





憂愁


いとしの薔薇よ、おまへは萎れてしまふ
わたしの恋人はおまへを持つては行かなかつた!
咲いてくれ、ああ!希望を失つたものに
苦痛に心を破られたものに!

いまも悲しくわたしはあの日を偲ぶ
天使のやうなおまへによりそうて
はじめの蕾を見ようとて
朝早く庭園(には)へ出て行つた日を

花といふ花、実(み)といふ実を
おまへの足もとに持つて行き
そしておまへの目のまへで
胸は希望(のぞみ)に波だつてゐた

いとしの薔薇よ、おまへは萎れてしまふ
わたしの恋人はおまへを持つては行かなかつた!
咲いてくれ、ああ!希望を失つたものに
苦痛に心を破られたものに!





わかれ


約束を違(たが)へるのは面白いことだが
日ごろの義務を怠るのはむづかしい
そしてああ、心にそまないことを
約束は出来るものでない

おまへは昔の歌にある魔法をつかひ
落着くひまもない彼をまたしても
楽しい愚行の小舟に誘(いざな)つて
危険をまた新たにに二倍する

なぜおまへはわたしに隠れるのだ!
もう打ちとけてくれ、わたしの眼を避けないで!
晩かれ早かれ見附け出さずには置かぬからね
さうして今おまへの約束の言葉をかへしてあげる

わたしの義務はこれで果された
もはやおまへはわたしのために煩はされはせぬ
だが赦してくれ、今からおまへに背を向けて
静かに自分の世界にかへつて行くおまへの友逹を





変化


小川の砂利の上に寝そべつてゐると、その明るさ!
寄せ来る波にむかつて腕をひろげると
彼は待ち構へてゐる胸に戯れかかる
そして気軽に流れて行つてしまふ
するとまた次ぎの波がやつて来てわたしを撫でて行く
かうした変化する快楽の嬉しさ

だが悲しくもおまへは無駄にとりすがり
逃足早い人生の尊い時を
最愛の少女に忘れてしまはれてから!
おお、あの楽しい時が返つて来ればいいに
第二の脣は甘い接吻(きす)をする
第一の脣の接吻(きす)がまだ消えぬ間(うち)





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