ゲーテ詩集 生田春月訳




物思はしくなつた女


夕やけのかがやくことを
森どひにこつそり行くと
ダンンがすわつて笛吹いてゐた
その音は岩に響いて
ソララ!

あの人はわたしを引き寄せて
甘い接吻をしてくれた
『もつとお吹き!』とわたしが言うと
いい若い衆はまた笛吹いた
ソララ!

それからは心の落着きなかうなつて
楽しい気持もなくなつて
昔の音がいつまでも
耳についてはなれない
ソララ!レララ!





救助


愛する少女に棄てられて
僕は喜びを憎むようになり
河ばたに走つて行くと
水は目のまへを流れてゐた

そこに僕は黙つて絶望して立つてゐた
頭の中はまるで酔つぱらつてでもゐるやうで
すんでのこと河へ飛込まうとした
眼がくらくらして何(なん)にもわからなくなつた

不意に何だか呼びかける声がした –
ちやうど僕の真後(まうしろ)あたりから –
何とも言へずかあいい声で
『御用心遊ばせ!その河は深うございます』

僕は身体(からだ)中ぞツとして
見ると愛らしい少女(むすめ)である
『あなたの御名(おな)は?』ときくと『ケエトヘン!』
おお美しいケエトヘン!おまへは親切者だ

おまへは僕を死から引き止めてくれた
永遠に僕の生命はおまへのお蔭だ
だがそれだけではまだ十分でない
今度は僕の生命の幸福になつてくれ!

そこで僕は彼女に自分の悩みを訴へた
娘はやさしく眼を伏せながら聞いてゐた
僕が接吻(きす)すると娘もしかへした
さうして — もう死ぬなんて騒ぎでなくなつた





詩神の子


野越え森越えぶらぶらと
自分の歌を笛で吹き
かうして歩いて日を暮らす!
まはりのものは何もかも
わたしの歌に調子を合はせ
うまい工合に踊つて過ぎる

庭園(には)の小草のはじめの花が
木にほころびるはじめの花が
待つ間(ひま)もなく咲き出して
わたしの歌に挨拶する
それからまた冬がやつて来ると
わたしはまたあの夢をうたふ

わたしはそれを遠くでうたふ
限りも知れぬ氷の上で
すると冬もきれいに花が咲く!
この花がまた消えてしまふと
あたらしい喜びがあらはれる
(はたけ)の出来てゐる丘の上に

菩提樹のしたに遊んでゐる
子供のむれに行きあふと
直ぐにみんなは浮かれ出し
鈍い小僧も歌ひ出し
かたい娘も踊り出す
わたしの笛の音(ね)につれて

あなた方はわたしの足に翼をくれて
谷間をわたり丘越えて
その可愛い児に旅をおさせになりますが
あなた方のやさしい詩神(ミユウズ)
いつになつたらあなた方の胸に
わたしの身はまたやすめませう?





見つけた


森をわたしは歩いてゐた
たつたひとりで
何を探しにゆくといふ
あてもないのに

ふつとわたしは木の蔭に
星のやうに輝いて
瞳のやうに美しく
咲いた小さな花を見た

つひ手折らうとしましたら
花がやさしく言ふのには
『かうしてあなたに手折られて
(しほ)れてしまふ身でせうか?』

そこでわたしは根もとから
よく気を附けて掘り出して
きれいな家のうしろなる
庭園(には)へ大切に持つて来た

さうしてそれを植ゑました
もの静かな片すみに
すると花は大きくなつて
咲きつづけましたいつまでも





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