ゲーテ詩集 生田春月訳





豎琴(対話)


    男

なんの苦みもないと思つてゐたに
なんだか気が滅入つてしかたがない
まるで目隠しでもされてゐるやうで
頭のなかはからツぽだ –
たうとう涙がとめどなく流れ落ち
抑へてしまつた告別(わかれ)の涙が湧き上る –
彼女はとり乱しもせずに別れて行つたが
今はやつぱりおまへのやうに泣くであらう

    女

ああ、あの人は行つてしまつた、仕方がない!
親切なお方、どうぞうつちやつて置いて下さい
あなた方には定めし変に見えるでせうが
いつまでもこんな風ではございませんわ!
今はあの人がなくては堪へられません
それで泣かずにはゐられません



    男

悲しい気持だといふのでもないけれど
わたしは喜びも感じない
いろんな樹からむしつて来る
熟した果実(このみ)も何にならう!
昼はまことに厭あであり
夜の灯のつくときも退屈だ
わたしに残つてゐるたつた一つの楽みは
おまへのやさしい姿が永遠に新しくなることだ
おまへがこの幸福の願ひを知つてくれて
その半途(はんみち)をわたしの方へ来てくれたら

    女

あなたはわたしが来ないとて、離れてゐては
真実に思つてをりはしなからうとお悲しみなのね
わたしの心はあの肖像のうちにありますものを
虹は青空を飾るぢやありませんか?
雨が降つたら直ぐに新しい虹はかかります
お泣きになれば、直ぐにわたしはまゐります

    男

さうだ、おまへは本当に虹のやうだ
あの愛らしい不思議な虹だ
あんなに立派でしなやかで調和があつて
いつも新しくいつもかはらない






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