ゲーテ詩集 生田春月訳




新希臘の恋歌(十章)


    一

めざす方角はたがやせぬ
歩いて行けよ何処までも!
どんな闇でも邪魔ものでも
わしの歩みを止めやせぬ

(あか)いすずしい月かげが
行手を照らしてくれるまで
いつもいつまでもまつすぐに
いとしい人の住家(すみか)まで

河の流れがさへぎれば
舟で渡つて行くつもり
さらばやさしい月かげよ!
向ふ岸まで案内をたのむ

はやもうむかふにあの小舎が
小舎のランプの火が見える
ほんにおまへの玉座には
星をのこらず輝(て)らさせたい

    二

いつもいつでも変りなく
花のおもかげ目にちらちらと
何処へ行つてもついて来る
かうしてわたしは泣きながら

畠や野原を駈けまはり
何処で訊いても無駄なこと
巌も山も言ひきかす
とても忘れは出来まいと

牧場が言ふには、お帰りよ
却つて家(うち)で泣くがよい
おまへの悲しい様子を見ると
わしの心さへくらくなる

もう今は元気を出すがよい
はやく悟つてしまふがよい
笑ひも涙も楽しみも苦しみも
みんな従兄弟(いとこ)同士の間(あひだ)だと

    三

どんな邪魔でもおしのけて
かがんでおくれ、扁柏(いとすぎ)よ!
おまへの頭に接吻(きす)をして
この世の苦労が忘れたい

    四

この園芸術をならはうと
もはやたのみはしますまい
わたしの素馨(そけい)は行つてしまひ
薔薇も帰つちやくれぬゆゑ

    五

春が来て、呼びものされた夜鶯(うぐひす)
耳あたらしい歌でもならつて来たかしらと
おもうてきけば、これはまた
ふるい馴染の歌ばかり

    六

月は御空に照らうとままよ
わたしや少しも嫉みやせぬ
どんなにあの人を見ようとままよ
いやな目つきさへかはさねば

    七

はにかみもせずにあいらしく
おまへはわたしを呼んだつけ
いまそつと傍を通つたら
こちらをちよいとでも見てくれますか?

    八

指輪をお買ひなさい!早く、御婦人がた!
もう商買(あきなひ)もいやになりました
その眼、その眉、それがため
売つてあげましよこの指輪

    九

ああ、見上げるばかりの扁柏(いとすぎ)
わたしの方へかがんでくれよ
この秘密をおまへに打明けて
それから永遠に黙つてゐたい

    十

子供の時から好きだつたのに
少女(むすめ)はわたしをはねつけた
でも寡婦(ごけ)さんになつた日は
昔馴染のわしのもの






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