ゲーテ詩集 生田春月訳





自欺


隣の家の部屋で
窓掛(カアテン)ははたはた揺れてゐる
此方(こつち)を窺つてゐるに違ひない
わたしは家(うち)にゐるかしらと

またわたしが一日燃やしてゐた
あの嫉妬の焔が胸底に
永遠に消えて行くことのないやうに
やつぱり燃えてゐるかしらと

だがあの美しい娘は残念ながら
そんなことを感じはしない
見るとなに、それは夕風が
窓掛にふざけてゐるのだつた





宣戦


あの田舎の娘たちのやうに
わたしが美しかつたなら!
彼等は薔薇いろのリボンのついた
黄色な帽子をかぶつてゐる

わたしは本当に美人だと
ひとりで勝手に定(き)めてゐた
市街(まち)の若様のおつしやることを
ああ!わたしは本当にしてゐました

春が来たのに、ああ!今は
もう喜びもなくなつた
田舎娘があの方の
心を奪つてしまつてからは

もう胸衣(きもの)もスカアトも
今は変へねばなりません
わたしの身体(からだ)は痩せ細り
着物はゆるくなりました

そこで黄色な帽子をかぶり
雪のやうに白い着物を着て
花の咲いてゐるクロオヴアを
みんなと一緒に刈りに行く

大勢歌をうたつてゐるなかで
きれいな姿を見附けたか
いたづらな若い衆が
わたしに家(うち)へ入れと合図する

わたしは真赤な顔してついて行く
どんな女か知らないのに
彼はわたしの頬をちよいと突き
わたしの顔をぢつと見る

さあ市(まち)の娘がおまへたち
田舎娘に挑戦するよ
さうして二倍も魅力があれば
勝利を得るにきまつてゐる





いろんな姿に身を変へて


(さかな)であつたらよからうに
すばやい元気なあの魚(うを)
おまへが釣りに出て来れば
その鉤針にかかりたい
(さかな)であつたらよからうに
すばやい元気なあの魚(うを)

馬であつたらよからうに
そしたら大切にされように
車であつたらよからうに
おまへをはこんであげように
馬であつたらよからうに
そしたら大切にされように

金であつたらよからうに
いつもおまへに握られて
おまへが買物するとこは
すぐまた走つて帰りたい
金であつたらよからうに
いつもおまへに握られて

心変りはしたくない
いつも花嫁の気でゐたい
二世(にせ)を契つた仲となり
どうでも別れはしたくない
心変りはしたくない
いつも花嫁の気でゐたい

年を取つて血の気のない
皺くちや爺(ぢゞい)になつたらば
おまへがわたしを拒まうが
別に苦情は申すまい
年を取つて血の気のない
皺くちや爺(ぢゞい)になつたらば

すぐあの猿になれたなら
いたづら者のあの猿に
おまへがどんなに怒らうと
いたづらをしてやるんだに
すぐあの猿になれたなら
いたづら者のあの猿に

羊のやうに素直になれたなら
獅子のやうに強くなれたなら
山猫のやうな眼をもてたなら
狐のやうにずるくなれたなら
羊のやうに素直になれたなら
獅子のやうに強くなれたなら

たとひどんなであらうとも
おまへにこの身をささげたい
王様の贈物でもあるやうに
どうぞこの身を取つてくれ
たとひどんなであらうとも
おまへにこの身をささげたい

だがわたしが今のわたしでも
どうかこの身を取つてくれ!
もしこれで満足出来ぬなら
おまへの好きなものに変へてくれ
だがわたしが今のわたしでも
どうかこの身を取つてくれ!





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