ゲーテ詩集 生田春月訳





金鍛冶の徒弟


むかふの娘はまあなんといふ
かあいらしい娘だらう!
朝早く仕事場へ出ると
おれはむかふの店を見る

そして指輪や鎖(くさり)にと
細い金の条金(はりがね)を打つ
ああ、いつになつたらケエトヘンに
こんな指輪がやれるのだらう?

娘が店の戸を開けると
もう市中(まちぢう)の人がやつて来る
そしてはがやがや喧ましく
店中のものを値切り倒す

おれは鑢(やすり)をつかつてたくさんの
金の条金(はりがね)を切りそこなふ
親方は小言をくれる、頑固な親方は!
あの店ばかり見てやがつてとがみがみ言ふ

それから店が閑(ひま)になると直ぐ
娘は糸車に手をかける
なぜあんなに精出すのかわかつてゐる
娘はあてにしてゐることがあるんだ

小さな足は踏みに踏む
おれはその脛をおもひやり
またあの靴下を思出す
おれのおくつてやつた靴下を

するとあの人は唇に持つて行く
その細い細い糸を
ああ、おれがあの糸であつたらば
どんなに接吻が出来たらうに





楽しさ苦しさ


わたしはあはれな漁夫(れふし)の子
海の中の黒い岩に
すわつて餌をつけながら
四辺(あたり)を見まはしては歌をうたふ
釣針がゆらゆら沈んで行くと
直ぐに魚が寄つて来る
そら食つたぞとはやす間に –
魚はちやんと引つかかつてゐる

ああ!岸辺に沿うて、野原を越して
谷間をすぎて、森の奥までも
おなじ足あとを追つて行くと
牧場の少女は一人でゐた
眼は下向いてしまひ言葉も出ない! –
ちやうど弾機(ばね)がかちりと落ちるやう
彼女はわたしの髪をつかむ
小僧はちやんとツつかまつてゐる

彼女は今度はどんな牧者と仲よくするか
それを知るのは神様ばかり!
わたしは海に出かけて行かねばならぬ
どんなひどい荒れの日も
さうして大きな魚や小さな魚が
網にかかつてもがくのを見ると
いつでもわたしはあの腕に
やつぱり抱かれてゐたくなる!





三月


雪はちらちら落ちて来る
まだ待ち遠い時は来ない
いろんな花が咲き出せば
いろんな花が咲き出せば
ふたりはどんなに嬉しからう

うらうらと照る日のかげも
やつぱり嘘であつたのか
燕でさへも嘘をつく
燕でさへも嘘をつく
どうして?たつたひとりで来るからは!

いくら春にはなつたとて
ひとりでどうして嬉しからう?
けれどふたりが一緒になる時は
けれどふたりが一緒になる時は
すぐもう夏になつてゐる





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