フランツ・カフカ 城 (1〜5章)


「わかりました」と、Kはいって、受話器をかけた。
 彼のうしろの農夫たちはもう彼のすぐ近くまで押しよせてきていた。二人の助手は、しきりと彼のほうを横目でうかがいながら、農夫たちをKから遠ざけようと懸命になっていた。しかし、それはただの喜劇にすぎないように見えたし、農夫たちも電話の対話の結果に満足して、のろのろと退いていった。そのとき、農夫たちのむれはうしろから足早にやってくる一人の男にかきわけられた。その男はKの前でお辞儀をして、一通の手紙を渡した。Kはその手紙を手に取ったまま、その男をじっと見つめた。その男は、その瞬間、ほかの連中よりも重要そうな人間に見えたのであった。男と二人の助手とのあいだには大きな類似があった。二人と同じようにほっそりしていて、同じようにきちんとした服を着ており、また同じようにしなやかで敏捷(びんしょう)であった。だが、まったくちがってもいた。この男を助手にできたらいいんだがなあ、とKは思った。男はKに、なめし革職人のところで見た、乳呑児を抱いていた女のことを少しばかり思い出させた。ほとんど白ずくめの身なりをしており、衣服はきっと絹でつくったものではなく、ほかの連中のと同じように冬服だが、まるで絹の服のようなしなやかさとはなやかさとをもっていた。男の顔は明るくてわだかまりもなさそうであり、眼がひどく大きかった。彼の微笑はなみなみでなく人の心を明るくさせるものがあった。まるでこの微笑を追い払おうとするかのように、手で顔の上をなでたが、微笑を消すことはその男にはうまくできなかった。
「君はだれかね?」と、Kはきいた。
「バルナバスといいます」と、男はいった。「使いの者です」
 男の唇は、ものをいうとき、男らしくではあるがものやわらかに、開いたり、閉じたりした。
「ここの様子は気にいったかね?」とKはきき、農夫たちを指さした。その農夫たちにとってKはまだ関心のまとでなくなってはいなかったのだが、彼らは明らかに苦しげな顔つきで――頭蓋骨はてっぺんを平たくたたきつぶされたように見えたし、顔の表情がたたかれる苦痛のうちにできあがったようであった――厚ぼったい唇とぽかんと開けた口とを見せながら、Kのほうを見ていた。しかしまた、彼のほうを見てはいないのでもあった。というのは、彼らの視線はときどきあらぬかたへと向けられ、もとへもどる前に、何かどうでもいい対象にじっととどまっているのだった。それからKは、助手たちのほうも指さしたが、二人はたがいに抱き合って、頬と頬とをよせ、従順なのか嘲笑的なのかわからなかったが、薄笑いを浮かべていた。Kはこれらの連中みんなを、まるで特別の事情で自分に押しつけられた従者を紹介するような調子で男に示し、このバルナバスが自分とこの連中とをはっきり区別するだろう、と期待した。そのなかにはこの男に対する親しさが含まれていたが、その親しさの気持こそKにとっては大切なものであった。ところがバルナバスは――もちろん、これはひどく無邪気なものであり、それははっきりとわかったが――この問いかけをまったく取り上げず、まるで良いしつけを受けた召使が、主人のただうわべだけは命じたように見える言葉をやりすごすような調子で受け流し、ただ問いかけに答えるようなそぶりであたりを見廻して、農夫たちのあいだの知人に手ぶりで挨拶し、二人の助手とは一、二の言葉を交わした。これらの態度はすべて自由で自主的であり、この連中のなかにとけこむことはなかった。Kは――はねつけられたが、恥かしい思いはさせられずに――手にした手紙へ注意をもどし、それを開いた。手紙の文句は次のようだった。



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