フランツ・カフカ 城 (1〜5章)


 バルナバスはKのいうなりになり、二人は宿屋から遠ざかっていった。もちろんKは感じていた。どんなに努めたところでバルナバスと同じ歩きかたをしていくことができないし、この男の自由な動きを妨げるだけなのだ。普通の場合ならこんなつまらぬことだけのためにいっさいがだめになってしまうのだ。どんな裏通りでだってそうだろう。けさもあの裏通りで雪のなかに埋まってしまったではないか。バルナバスに助けられてこそやっと抜け出すことができるのだ。そう感じたものの、Kはこうした心配を今は捨て去った。また、バルナバスが黙っていることが、彼の気持を楽にした。つまり、二人が黙ったまま歩いていくなら、バルナバスにとっても歩みつづけること自体が、二人のいっしょにいることの目的となっているはずだ。
 二人は歩いていったが、どこへいくのかはKにはわからなかった。何一つ、Kには見わけがつかなかった。二人がもう教会のそばを通り過ぎてしまったのかどうかも、Kにはまったくわからなかった。ただ歩いていくことだけのために起こる大儀さによって、彼は自分の考えをまとめられないようになっていた。彼のさまざまな考えは、はっきりした目標に向ったままでいないで、さまざまに混乱した。たえず故郷のことが頭に浮かび、故郷の思い出が彼の心をみたした。故郷の町でも、広場に教会があり、その教会は一部分古い墓地に囲まれ、その墓地には高い塀(へい)がめぐらされていた。きわめて少数の子供たちだけがこの塀によじ登ることができたのであり、Kもまだできないでいた。好奇心が子供たちを駆ってこんなことをさせたのではない。墓地は子供たちには秘密などはまったくなかった。小さな格子戸を通って、子供たちはすでにしばしば墓地のなかに入っていた。ただ、高い塀を征服したかったのだった。ある朝――静かな、人気のない広場には光があふれていた。Kはそれ以前にもそれからも、そんな広場をいつ見たであろうか?――Kはその塀を驚くほどたやすくよじ登ることができた。それまで何度もはねつけられていた場所で、彼は小旗を歯のあいだに挾んで、その塀を一気によじ登ったのであった。まだ砂利が彼の足もとにざらざら落ちているうちに、もうてっぺんに登っていた。彼が旗を打ち立てると、風がその布をふくらませた。彼は見下ろし、ぐるりと見廻し、また肩越しにも見て、地面に沈んでいる十字架をながめた。そのとき、そこでは、彼自身よりも偉大な者はだれ一人いなかった。すると、たまたま先生が通りかかって、怒った目つきでKを降りさせた。飛び降りるとき、Kは膝を傷つけ、やっとの思いで家へ帰った。それでも、彼は塀の上に登ったのであった。そのとき、この勝利の感情は長い生涯(しょうがい)のあいだ一つの拠りどころを与えてくれるように彼には思われたが、それもまったくばかげたことではなかった。というのは、何年もたって雪の夜にバルナバスの腕にすがっている今も、その感情は彼の助けとなったのであった。



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