フランツ・カフカ 城 (1〜5章)


「フリーダ」と、亭主は叫んで、二、三度、部屋のなかをあちこちと歩き廻っていた。
 幸いなことにフリーダがすぐもどってきて、Kのことにはふれずに、ただ農夫たちのことをこぼし、Kを探そうとしてスタンドのうしろへやってきた。台の下でKは彼女の足にさわることができ、もうこれで安全だと感じた。フリーダがKのことにふれないので、とうとう亭主がいい出さないではいられなかった。
「ところで、測量技師さんはどこへいったのだろうね?」と、彼はきいた。
 この亭主はおよそ、はるかに高い身分の人たちと長いあいだかなり自由につき合っていて、そのため上品なしつけを身につけ、礼儀正しい男ではあったが、フリーダとはとくに敬意をこめたやりかたで話すのだった。そんな様子が目立つのはなによりも、この男が話をしながら、使っている女に対する雇い主という態度をやめないのに、それでもその相手がほんとうにふてぶてしいような女であるためであった。
「測量技師さんのことはすっかり忘れていたわ」と、フリーダはいって、Kの胸に彼女の小さな足をのせた。「きっと、ずっと前に出ていったのよ」
「でも、あの人を見かけなかったんですよ」と、亭主がいう。「私はほとんどずうっと玄関にいたんですがね」
「だって、ここにはいないわよ」と、フリーダは冷たくいった。
「おそらくあの人は隠れているんですよ」と、亭主がいった。「あの人から受けた印象では、いろいろなことをやりかねないようですからね」
「そんな大胆さはあの人にはないようじゃないの」と、フリーダはいい、Kの胸に足をいっそう強く押しつけた。彼女の人柄にはある快活さ、自由さがあった。それはKがそれまでは気づかなかったものだった。ところが、それがまったくありえないほどに拡がっていった。そして、突然、笑いながら、
「たぶん、この下に隠れているんだわ」と、いったかと思うと、Kのほうに身体をかがめ、彼にさっと接吻し、つぎにまた飛び上がって、顔を曇らせながらいった。
「いいえ、ここにはいないわ」
 ところが、亭主も驚きのたねになるようなことをいうのだった。



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