新版 放浪記 林芙美子




(十二月×日)
さいはての駅に下り立ち

雪あかり

さびしき町にあゆみ入りにき


 雪が降っている。私はこの啄木(たくぼく)の歌を偶(ふ)っと思い浮べながら、郷愁のようなものを感じていた。便所の窓を明けると、夕方の門燈(あかり)が薄明るくついていて、むかし信州の山で見たしゃくなげの紅(あか)い花のようで、とても美しかった。
「婢(ね)やアお嬢ちゃんおんぶしておくれッ!」

 奥さんの声がしている。

 あああの百合子と云う子供は私には苦手だ。よく泣くし、先生に似ていて、神経が細くて全く火の玉を背負っているような感じである。――せめてこうして便所にはいっている時だけが、私の体のような気がする。

(バナナに鰻(うなぎ)、豚カツに蜜柑(みかん)、思いきりこんなものが食べてみたいなア。)

 気持ちが貧しくなってくると、私は妙に落書きをしたくなってくる。豚カツにバナナ、私は指で壁に書いてみた。

 夕飯の支度の出来るまで赤ん坊をおぶって廊下を何度も行ったり来たりしている。秋江(しゅうこう)氏の家へ来て、今日で一週間あまりだけれど、先の目標もなさそうである。ここの先生は、日に幾度も梯子(はしご)段を上ったり降りたりしている。まるで二十日鼠のようだ。あの神経には全くやりきれない。
「チャンチンコイチャン! よく眠ったかい!」

 私の肩を覗(のぞ)いては、先生は安心をしたようにじんじんばしょりをして二階へ上って行く。

 私は廊下の本箱から、今日はチエホフを引っぱり出して読んだ。チエホフは心の古里だ。チエホフの吐息は、姿は、みな生きて、黄昏(たそがれ)の私の心に、何かブツブツものを言いかけて来る。柔かい本の手ざわり、ここの先生の小説を読んでいると、もう一度チエホフを読んでもいいのにと思った。京都のお女郎の話なんか、私には縁遠い世界だ。

 夜。

 家政婦のお菊さんが、台所で美味(おい)しそうな五目寿司を拵(こしら)えているのを見てとても嬉しくなった。

 赤ん坊を風呂に入れて、ひとしずまりすると、もう十一時である。私は赤ん坊と云うものが大嫌いなのだけれど、不思議な事に、赤ん坊は私の背中におぶさると、すぐウトウトと眠ってしまって、家の人達が珍らしがっている。

 お蔭(かげ)で本が読めること――。年を取って子供が出来ると、仕事も手につかない程心配になるのかも知れない。反感がおきる程、先生が赤ん坊にハラハラしているのを見ると、女中なんて一生するものではないと思った。

 うまごやしにだって、可憐(かれん)な白い花が咲くって事を、先生は知らないのかしら……。奥さんは野そだちな人だけれど、眠ったようなひとで、この家では私は一番好きなひとである。

(十二月×日)

 ひまが出るなり。

 別に行くところもない。大きな風呂敷包みを持って、汽車道の上に架った陸橋の上で、貰った紙包みを開いて見たら、たった二円はいっていた。二週間あまりも居て、金二円也。足の先から、冷たい血があがるような思いだった。――ブラブラ大きな風呂敷包みをさげて歩いていると、何だかザラザラした気持ちで、何もかも投げ出したくなってきた。通りすがりに蒼(あお)い瓦葺(かわらぶ)きの文化住宅の貸家があったので這入ってみる。庭が広くて、ガラス窓が十二月の風に磨いたように冷たく光っていた。

 疲れて眠たくなっていたので、休んで行きたい気持ちなり。勝手口を開けてみると、錆(さ)びた鑵詰(かんづめ)のかんからがゴロゴロ散らかっていて、座敷の畳が泥で汚れていた。昼間の空家は淋しいものだ。薄い人の影があそこにもここにもたたずんでいるようで、寒さがしみじみとこたえて来る。どこへ行こうと云うあてもないのだ。二円ではどうにもならない。はばかりから出て来ると、荒れ果てた縁側のそばへ狐のような目をした犬がじっと見ていた。
「何でもないんだ、何でもありやしないんだよ。」

 言いきかせるつもりで、私は縁側の上へきっとつったっていた。

(どうしようかなア……、どうにもならないじゃないのッ!)

 夜。

 新宿の旭町(あさひまち)の木賃宿へ泊った。石崖(いしがけ)の下の雪どけで、道が餡(あん)このようにこねこねしている通りの旅人宿に、一泊三十銭で私は泥のような体を横たえることが出来た。三畳の部屋に豆ランプのついた、まるで明治時代にだってありはしないような部屋の中に、明日の日の約束されていない私は、私を捨てた島の男へ、たよりにもならない長い手紙を書いてみた。
みんな嘘っぱちばかりの世界だった

甲州行きの終列車が頭の上を走ってゆく

百貨店(マーケット)の屋上のように寥々(りょうりょう)とした全生活を振り捨てて

私は木賃宿の蒲団に静脈を延ばしている

列車にフンサイされた死骸を

私は他人のように抱きしめてみた

真夜中に煤けた障子を明けると

こんなところにも空があって月がおどけていた。

みなさまさよなら!

私は歪(ゆが)んだサイコロになってまた逆もどり

ここは木賃宿の屋根裏です

私は堆積(たいせき)された旅愁をつかんで

飄々(ひょうひょう)と風に吹かれていた。


 夜中になっても人が何時までもそうぞうしく出はいりをしている。
「済みませんが……」

 そういって、ガタガタの障子をあけて、不意に銀杏返(いちょうがえ)しに結った女が、乱暴に私の薄い蒲団にもぐり込んで来た。すぐそのあとから、大きい足音がすると、帽子もかぶらない薄汚れた男が、細めに障子をあけて声をかけた。
「オイ! お前、おきろ!」

 やがて、女が一言二言何かつぶやきながら、廊下へ出て行くと、パチンと頬を殴る音が続けざまに聞えていたが、やがてまた外は無気味な、汚水のような寞々(ばくばく)とした静かさになった。女の乱して行った部屋の空気が、仲々しずまらない。
「今まで何をしていたのだ! 原籍は、どこへ行く、年は、両親は……」

 薄汚れた男が、また私の部屋へ這入って来て、鉛筆を嘗(な)めながら、私の枕元に立っているのだ。
「お前はあの女と知合いか?」
「いいえ、不意にはいって来たんですよ。」

 クヌウト・ハムスンだって、こんな行きがかりは持たなかっただろう――。刑事が出て行くと、私は伸々と手足をのばして枕の下に入れてある財布にさわってみた。残金は一円六十五銭也。月が風に吹かれているようで、歪んだ高い窓から色々な光の虹(にじ)が私には見えてくる。――ピエロは高いところから飛び降りる事は上手だけれど、飛び上って見せる芸当は容易じゃない、だが何とかなるだろう、食えないと云うことはないだろう……。

(十二月×日)

 朝、青梅(おうめ)街道の入口の飯屋へ行った。熱いお茶を呑んでいると、ドロドロに汚れた労働者が駈け込むように這入って来て、
「姉さん! 十銭で何か食わしてくんないかな、十銭玉一つきりしかないんだ。」

 大声で云って正直に立っている。すると、十五六の小娘が、
「御飯に肉豆腐でいいですか。」と云った。

 労働者は急にニコニコしてバンコへ腰をかけた。

 大きな飯丼(めしどんぶり)。葱(ねぎ)と小間切れの肉豆腐。濁った味噌汁。これだけが十銭玉一つの栄養食だ。労働者は天真に大口あけて飯を頬ばっている。涙ぐましい風景だった。天井の壁には、一食十銭よりと書いてあるのに、十銭玉一つきりのこの労働者は、すなおに大声で念を押しているのだ。私は涙ぐましい気持ちだった。御飯の盛りが私のより多いような気がしたけれども、あれで足りるかしらとも思う。その労働者はいたって朗かだった。私の前には、御飯にごった煮にお新香が運ばれてきた。まことに貧しき山海の珍味である。合計十二銭也を払って、のれんを出ると、どうもありがとうと女中さんが云ってくれる。お茶をたらふく呑んで、朝のあいさつを交わして、十二銭なのだ。どんづまりの世界は、光明と紙一重で、ほんとに朗かだと思う。だけど、あの四十近い労働者の事を思うと、これは又、十銭玉一ツで、失望、どんぞこ、墜落との紙一重なのではないだろうか――。

 お母さんだけでも東京へ来てくれれば、何とかどうにか働きようもあるのだけれど……沈むだけ沈んでチンボツしてしまった私は難破船のようなものだ。飛沫(しぶき)がかかるどころではない、ザンブザンブ潮水を呑んで、結局私も昨夜の淫売婦と、そう変った考えも持っていやしない。あの女は三十すぎていたかも知れない。私がもしも男だったら、あのまま一直線にあの夜の女に溺(おぼ)れてしまって、今朝はもう二人で死ぬる話でもしていたかもしれない。

 昼から荷物を宿屋にあずけて、神田の職業紹介所に行ってみる。

 どこへ行っても砂原のように寥々とした思いをするので、私は胸がつまった。

(お前さんに使ってもらうんじゃないよ。)

 おたんちん!

 ひょっとこ!

 馬鹿野郎!

 何と冷たい、コウマンチキな女達なのだろう――。

 桃色の吸取紙のようなカードを、紹介所の受付の女に渡すと、
「月給三十円位ですって……」

 受付女史はこうつぶやくと、私の顔を見て、せせら笑っているのだ。
「女中じゃいけないの……事務員なんて、女学校出がうろうろしているんだから駄目よ、女中なら沢山あってよ。」

 後から後から美しい女の群が雪崩れて来ている。まことにごもっともさまなことです。

 少しも得るところなし。

 紹介状は、墨汁会社と、ガソリン嬢と、伊太利(イタリア)大使館の女中との三つだった。私のふところには、もう九十銭あまりしかないのだ。夕方宿へ帰ると、芸人達が、植木鉢みたいに鏡の前に並んで、鼠色の白粉(おしろい)を顔へ塗りたくっている。
「昨夜は二分しか売れなかった。」
「藪睨(やぶにら)みじゃア買手がねえや!」
「ヘン、これだっていいって人があるんだから……」
「ハイ御苦労様なことですよ。」

 十四五の娘同士のはなしなり。

(十二月×日)

 こみあげてくる波のような哀しみ、まるで狂人になるような錯覚がおこる。マッチをすって、それで眉ずみをつけてみた。――午前十時。麹町(こうじまち)三年町の伊太利大使館へ行ってみた。

 笑って暮らしましょう。でも何だか顔がゆがみます。――異人の子が馬に乗って門から出てきた。門のそばにはこわれた門番の小屋みたいなものがあって、綺麗(きれい)な砂利が遠い玄関までつづいている。私のような女の来るところではないように思えた。地図のある、赤いジュウタンの広い室に通された。白と黒のコスチュウム、異人のおくさんって美しいと思う。遠くで見ているとなおさら美しい。さっき馬で出て行った男の子が鼻を鳴らしながら帰って来た。男の異人さんも出て来たけれど、大使さんではなく、書記官だとかって云う事だった。夫婦とも背が高くてアッパクを感じる。その白と黒のコスチュウムをつけた夫人にコック部屋を見せてもらった。コンクリートの箱の中には玉葱がゴロゴロしていて、七輪が二つ置いてあった。この七輪で、女中が自分の食べるのだけ煮たきをするのだと云うことだ。まるで廃屋のような女中部屋である。黒い鎧戸(よろいど)がおりていて石鹸(せっけん)のような外国の臭いがしている。

 結局ようりょうを得ないままで門を出てしまった。豪壮な三年町の邸町を抜けて坂を降りると、吹きあげる十二月の風に、商店の赤い旗がヒラヒラしていて心にしみた。人種が違っては人情も判りかねる、どこか他をさがしてみようかしら。電車に乗らないで、堀ばたを歩いていると、何となく故郷へ帰りたくなって来た。目当もないのに東京でまごついていたところで結局はどうにもならないと思う。電車を見ていると死ぬる事を考えるなり。

 本郷の前の家へ行ってみる。叔母さんつめたし。近松氏から郵便が来ていた。出る時に十二社(じゅうにそう)の吉井さんのところに女中が入用だから、ひょっとしたらあんたを世話してあげようと云う先生の言葉だったけれど、その手紙は薄ずみで書いた断り状だった。

 文士って薄情なのかも知れない。

 夕方新宿の街を歩いていると、何と云うこともなく男の人にすがりたくなっていた。(誰か、このいまの私を助けてくれる人はないものなのかしら……)新宿駅の陸橋に、紫色のシグナルが光ってゆれているのをじっと見ていると、涙で瞼(まぶた)がふくらんできて、私は子供のようにしゃっくりが出てきた。

 何でも当ってくだけてみようと思う。宿屋の小母さんに正直に話をしてみた。仕事がみつかるまで、下で一緒にいていいと言ってくれた。
「あんた、青バスの車掌さんにならないかね、いいのになると七十円位這入るそうだが……」

 どこかでハタハタでも焼いているのか、とても臭いにおいが流れて来る。七十円もはいれば素敵なことだ。とにかくブラさがるところをこしらえなくてはならない……。十燭(しょく)の電気のついた帳場の炬燵(こたつ)にあたって、お母アさんへ手紙を書く。

 ――ビョウキシテ、コマッテ、イルカラ、三円クメンシテ、オクッテクダサイ。

 この間の淫売婦が、いなりずしを頬ばりながらはいって来た。
「おとついはひどいめに会った。お前さんもだらしがないよ。」
「お父つぁん怒ってた?」

 電気の下で見ると、もう四十位の女で、乾いたような崩れた姿をしていた。
「私の方じゃあんなのを梟(ふくろう)と云って、色んな男を夜中に連れ込んで来るんだが、あんまり有りがたい客じゃあないんですよ。お父つぁん、油をしぼられてプンプン怒ってますよ。」

 人の好さそうな老けたお上さんは、茶を淹(い)れながらあの女の事を悪く云っていた。

 夜、お上さんにうどんを御馳走になる。明日はここの小父さんのくちぞえで青バスの車庫へ試験をうけに行ってみよう。暮れぢかくになって、落ちつき場所のない事は淋しいけれど、クヨクヨしていても仕様のない世の中だ。すべては自分の元気な体をたのみに働きましょう。電線が風ですさまじく鳴っている。木賃宿の片隅に、この小さな私は、汚れた蒲団に寝ころんで、壁に張ってある大黒さんの顔を見ながら、雲の上の御殿のような空想をしている。

(国へかえってお嫁にでも行こうかしら……)

        *

(四月×日)

 今日はメリヤス屋の安さんの案内で、地割りをしてくれるのだと云う親分のところへ酒を一升持って行く。

 道玄坂の漬物屋の路地口にある、土木請負の看板をくぐって、綺麗ではないけれど、拭きこんだ格子を開けると、いつも昼間場所割りをしてくれるお爺さんが、火鉢の傍で茶を啜(すす)っていた。
「今晩から夜店をしなさるって、昼も夜も出しゃあ、今に銀行(くら)が建ちましょうよ。」

 お爺さんは人のいい高笑いをして、私の持って行った一升の酒を気持ちよく受取ってくれた。

 誰も知人のない東京なので、恥かしいも糞(くそ)もあったものではない。ピンからキリまである東京だもの。裸になりついでにうんと働いてやりましょう。私はこれよりももっと辛かった菓子工場の事を思うと、こんなことなんか平気だと気持ちが晴れ晴れとしてきた。

 夜。

 私は女の万年筆屋さんと、当(あて)のない門札を書いているお爺さんの間に店を出さして貰った。蕎麦(そば)屋で借りた雨戸に、私はメリヤスの猿股(さるまた)を並べて「二十銭均一」の札をさげると、万年筆屋さんの電気に透して、ランデの死を読む。大きく息を吸うともう春の気配が感じられる。この風の中には、遠い遠い憶(おも)い出があるようだ。鋪道(ほどう)は灯の川だ。人の洪水だ。瀬戸物屋の前には、うらぶれた大学生が、計算器を売っていた。「諸君! 何万何千何百何に何千何百何十加えればいくらになる。皆判らんか、よくもこんなに馬鹿がそろったものだ。」

 沢山の群集を相手に高飛車に出ている、こんな商売も面白いものだと思う。

 お上品な奥様が、猿股を二十分も捻(ひね)っていて、たった一ツ買って行った。お母さんが弁当を持って来てくれる。暖かになると、妙に着物の汚れが目にたってくる。母の着物も、ささくれて来た。木綿を一反買ってあげよう。
「私が少しかわるから、お前は、御飯をお上り。」

 お新香に竹輪(ちくわ)の煮つけが、瀬戸の重ね鉢にはいっていた。鋪道に背中をむけて、茶も湯もない食事をしていると、万年筆屋の姉さんが、
「そこにもある、ここにもあると云う品物ではございません。お手に取って御覧下さいまし。」

 と大きい声で言っている。

 私はふっと塩っぱい涙がこぼれて来た。母はやっと一息ついた今の生活が嬉しいのか、小声で時代色のついた昔の唄を歌っていた。九州へ行っている義父さえこれでよくなっていたら、当分はお母さんの唄ではないが、たったかたのただろう。

(四月×日)

 水の流れのような、薄いショールを、街を歩く娘さん達がしている。一つあんなのを欲しいものだ。洋品店の四月の窓飾りは、金と銀と桜の花で目がくらむなり。
空に拡がった桜の枝に

うっすらと血の色が染まると

ほら枝の先から花色の糸がさがって

情熱のくじびき

食えなくてボードビルへ飛び込んで

裸で踊った踊り子があったとしても

それは桜の罪ではない。

ひとすじの情

ふたすじの義理

ランマンと咲いた青空の桜に

生きとし生ける

あらゆる女の

裸の唇を

するすると奇妙な糸がたぐって行きます。

貧しい娘さん達は

夜になると

果物のように唇を

大空へ投げるのですってさ

青空を色どる桃色桜は

こうしたカレンな女の

仕方のないくちづけなのですよ

そっぽをむいた唇の跡なのですよ。


 ショールを買う金を貯(た)めることを考えたら、仲々大変なことなので割引の映画を見に行ってしまった。フイルムは鉄路の白バラ、少しも面白くなし。途中雨が降り出したので、小屋から飛び出して店に行った。お母さんは茣蓙(ござ)をまとめていた。いつものように、二人で荷物を背負って駅へ行くと、花見帰りの金魚のようなお嬢さんや、紳士達が、夜の駅にあふれて、あっちにもこっちにも藻(も)のようにただよい仲々賑(にぎや)かだ。二人は人を押しわけて電車へ乗った。雨が土砂(どしゃ)降りだ。いい気味だ。もっと降れ、もっと降れ、花がみんな散ってしまうといい。暗い窓に頬をよせて外を見ていると、お母さんがしょんぼりと子供のようにフラフラして立っているのが硝子窓に写っている。

 電車の中まで意地悪がそろっているものだ。

 九州からの音信なし。

(四月×日)

 雨にあたって、お母さんが風邪を引いたので一人で夜店を出しに行く。本屋にはインキの新らしい本が沢山店頭に並んでいる。何とかして買いたいものだと思う。泥濘(ぬかるみ)にて道悪し、道玄坂はアンコを流したような鋪道だ。一日休むと、雨の続いた日が困るので、我慢して店を出すことにする。色のベタベタにじんでいるような街路には、私と護謨靴(ごむぐつ)屋さんの店きりだ。女達が私の顔を見てクスクス笑って通って行く。頬紅が沢山ついているのかしら、それとも髪がおかしいのかしら、私は女達を睨み返してやった。女ほど同情のないものはない。

 いいお天気なのに道が悪い。昼から隣にかもじ屋さんが店を出した。場銭(ばせん)が二銭上ったと云ってこぼしていた。昼はうどんを二杯たべる。(十六銭也)学生が、一人で五ツも品物を買って行ってくれた。今日は早くしまって芝へ仕入れに行って来ようと思う。帰りに鯛焼(たいやき)を十銭買った。
「安さんがお前、電車にしかれて、あぶないちゅうが……」

 帰ると、母は寝床の中からこう云った。私は荷物を背負ったまま呆然としてしまった。昼過ぎ、安さんの家の者が知らせに来たのだと、母は書きつけた病院のあて名の紙をさがしていた。

 夜、芝の安さんの家へ行く。若いお上さんが、眼を泣き腫(は)らして病院から帰って来たところだった。少しばかり出来上っている品物をもらってお金を置いて帰る。世の中は、よくもよくもこんなにひびだらけになっているものだと思う。昨日まで、元気にミシンのペタルを押していた安さん夫婦を想い出すなり。春だと云うのに、桜が咲いたと云うのに、私は電車の窓に凭(もた)れて、赤坂のお濠(ほり)の燈火をいつまでも眺めていた。

(四月×日)

 父より長い音信が来る。長雨で、飢えにひとしい生活をしていると云う。花壺へ貯めていた十四円の金を、お母さんが皆送ってくれと云うので為替にして急いで送った。明日は明日の風が吹くだろう。安さんが死んでから、あんなに軽便な猿股も出来なくなってしまった。もう疲れきった私達は、何もかもがメンドくさくなってしまっている。

 十四円九州へ送った。
「わし達ゃ三畳でよかけん、六畳は誰ぞに貸さんかい。」

 かしま、かしま、かしま、私はとても嬉しくなって、子供のように紙にかしまと書き散らすと、鳴子坂(なるこざか)の通りへそれを張りに出て行った。寝ても覚めても、結局は死んでしまいたい事に話が落ちるけれど、なにくそ! たまには米の五升も買いたいものだと笑う。お母さんは近所の洗い張りでもしようかと云うし、私は女給と芸者の広告がこのごろめについて仕方がない。縁側に腰をかけて日向(ひなた)ぼっこをしていると、黒い土の上から、モヤモヤとかげろうがのぼっている。もうじき五月だ。私の生れた五月だ。歪んだガラス戸に洗った小切れをベタベタ張っていたお母さんは、フッと思い出した様に云った。
「来年はお前の運勢はよかぞな、今年はお前もお父さんも八方塞(ふさが)りだからね……」

 明日から、この八方塞りはどうしてゆくつもりか! 運勢もへちまもあったものじゃない。次から次から悪運のつながりではありませんかお母さん!

 腰巻も買いたし。

(五月×日)

 家のかしまはあまり汚ない家なので誰もまだ借りに来ない。お母さんは八百屋が貸してくれたと云って大きなキャベツを買って来た。キャベツを見るとフクフクと湯気の立つ豚カツでもかぶりつきたいと思う。がらんとした部屋の中で、寝ころんで天井を見ていると、鼠のように、小さくなって、色んなものを食い破って歩いたらユカイだろうと思った。夜、風呂屋で母が聞いて来たと云って、派出婦にでもなったらどんなものかと相談していた。それもいいかも知れないけれど、根が野性の私である。金持ちの家風にペコペコ頭をさげる事は、腹を切るより切ない事だ。母の侘(わび)し気な顔を見ていたら、涙がむしょうにあふれてきた。

 腹がへっても、ひもじゅうないとかぶりを振っている時ではないのだ。明日から、今から飢えて行く私達なのである。あああの十四円は九州へとどいたかしら。東京が厭(いや)になった。早くお父さんが金持ちになってくれるといい。九州もいいな、四国もいいな。夜更け、母が鉛筆をなめなめお父さんにたよりを書いているのを見て、誰かこんな体でも買ってくれるような人はないかと思ったりした。

(五月×日)

 朝起きたらもう下駄が洗ってあった。

 いとしいお母さん! 大久保百人町の派出婦会に行ってみる。中年の女の人が二人、店の間で縫いものをしていた。人がたりなかったのであろうか、そこの主人は、添書のようなものと地図を私にくれた。行く先の私の仕事は、薬学生の助手だと云うことである。――道を歩いている時が、私は一番愉しい。五月の埃(ほこり)をあびて、新宿の陸橋をわたって、市電に乗ると、街の風景が、まことに天下タイヘイにござ候と旗をたてているように見えた。この街を見ていると苦しい事件なんか何もないようだ。買いたいものが何でもぶらさがっている。私は桃割れの髪をかしげて電車のガラス窓で直した。本村町(ほんむらちょう)で降りると、邸町になった路地の奥にそのうちがあった。
「御めん下さい!」

 大きな家だな、こんな大きい家の助手になれるかしら……、戸口で私は何度かかえろうと思いながらぼんやり立っていた。
「貴女、派出婦さん! 派出婦会から、さっき出たって電話がかかって来たのに、おそいので坊ちゃん怒ってらっしゃるわ。」

 私が通されたのは、洋風なせまい応接室だった。壁には、色褪(いろあ)せたミレーの晩鐘の口絵が張ってあった。面白くもない部屋だ。腰掛けは得たいが知れない程ブクブクして柔かである。
「お待たせしました。」

 何でもこのひとの父親は日本橋で薬屋をしているとかで、私の仕事は薬見本の整理でわけのない仕事だそうだ。
「でもそのうち、僕の仕事が忙しくなると清書してもらいたいのですがね、それに一週間程したら、三浦三崎の方へ研究に行くんですが、来てくれますか。」

 この男は二十四五位かとも思う。私は若い男の年がちっとも判らないので、じっと背の高いその人の顔を見ていた。
「いっそ派出婦の方を止(よ)して、毎日来ませんか。」

 私も、派出婦のようないかにも品物みたいな感じのするところよりその方がいいと思ったので、一カ月三十五円で約束をしてしまった。紅茶と、洋菓子が出たけれど、まるで、日曜の教会に行ったような少女の日を思い出させた。
「君はいくつですか?」
「二十一です。」
「もう肩上げをおろした方がいいな。」

 私は顔が熱くなっていた。三十五円毎月つづくといいと思う。だがこれもまた信じられはしない。――家へ帰ると、母は、岡山の祖母がキトクだと云う電報を手にしていた。私にも母にも縁のないお祖母(ばあ)さんだけれどたった一人の義父の母だったし、田舎でさなだ帯の工場に通っているこのお祖母さんが、キトクだと云うことは可哀想だった。どんなにしても行かなくてはならないと思う。九州の父へは、四五日前に金を送ったばかりだし、今日行ったところへ金を借りに行くのも厚かましいし、私は母と一緒に、四月もためているのに家主のところへ相談に行ってみた。十円かりて来る。沢山利子をつけて返そうと思う。残りの御飯を弁当にして風呂敷に包んだ。――一人旅の夜汽車は侘しいものだ。まして年をとっているし、ささくれた身なりのままで、父の国へやりたくないけれど、二人共絶体絶命のどんづまり故、沈黙(だま)って汽車に乗るより仕方がない。岡山まで切符を買ってやる。薄い灯の下に、下関行きの急行列車が沢山の見送り人を呑みこんでいた。
「四五日内には、前借りをしますから、そしたら、送りますよ。しっかりして行っていらっしゃい。しょぼしょぼしたら馬鹿ですよ。」

 母は子供のように涙をこぼしていた。
「馬鹿ね、汽車賃は、どんな事をしても送りますから、安心してお祖母さんのお世話をしていらっしゃい。」

 汽車が出てしまうと、何でもなかった事が急に悲しく切なくなって、目がぐるぐるまいそうだった。省線をやめて東京駅の前の広場へ出て行った。長い事クリームを顔へ塗らないので、顔の皮膚がヒリヒリしている。涙がまるで馬鹿のように流れている。信ずる者よ来れ主(しゅ)のみもと……遠くで救世軍の楽隊が聞えていた。何が信ずるものでござんすかだ。自分の事が信じられなくてたとえイエスであろうと、お釈迦(しゃか)さまであろうと、貧しい者は信ずるヨユウなんかないのだ。宗教なんて何だろう! 食う事にも困らないものだから、あの人達は街にジンタまで流している。信ずる者よ来れか……。あんな陰気な歌なんか真平だ。まだ気のきいた春の唄があるなり。いっそ、銀座あたりの美しい街で、こなごなに血へどを吐いて、華族さんの自動車にでもしかれてしまいたいと思う。いとしいお母さん、今、貴女は戸塚、藤沢あたりですか、三等車の隅っこで何を考えています。どの辺を通っています……。三十五円が続くといいな。お濠には、帝劇の灯がキラキラしていた。私は汽車の走っている線路のけしきを空想していた。何もかも何もかもあたりはじっとしている。天下タイヘイで御座候だ。

        *

(十一月×日)

 浮世離れて奥山ずまい、こんなヒゾクな唄にかこまれて、私は毎日玩具(おもちゃ)のセルロイドの色塗りに通っている。日給は七十五銭也の女工さんになって今日で四カ月、私が色塗りをした蝶々のお垂(さ)げ止めは、懐かしいスヴニールとなって、今頃はどこへ散乱して行っていることだろう――。日暮里(にっぽり)の金杉(かなすぎ)から来ているお千代さんは、お父つぁんが寄席の三味線ひきで、妹弟六人の裏家住いだそうだ。「私とお父つぁんとで働かなきゃあ、食えないんですもの……」お千代さんは蒼白(あおじろ)い顔をかしげて、侘しそうに赤い絵具をベタベタ蝶々に塗っている。ここは、女工が二十人、男工が十五人の小さなセルロイド工場で、鉛のように生気のない女工さんの手から、キュウピーがおどけていたり、夜店物のお垂げ止めや、前芯(まえしん)帯や、様々な下層階級相手の粗製品が、毎日毎日私達の手から洪水の如く市場へ流れてゆくのだ。朝の七時から、夕方の五時まで、私達の周囲は、ゆでイカのような色をしたセルロイドの蝶々や、キュウピーでいっぱいだ。文字通り護謨臭い、それ等の製品に埋れて仕事が済むまで、私達はめったに首をあげて窓も見られないような状態である。事務所の会計の細君が、私達の疲れたところを見計らっては、皮肉に油をさしに来る。
「急いでくれなくちゃ困るよ。」

 フンお前も私達と同じ女工上りじゃないか、「俺達ゃ機械じゃねえんだよっ。」発送部の男達がその女が来ると、舌を出して笑いあっていた。五時になると、二十分は私達の労力のおまけだった。日給袋のはいった笊(ざる)が廻って来ると、私達はしばらくは、激しい争奪戦(そうとう)を開始して、自分の日給袋を見つけ出す。――夕方、襷(たすき)を掛けたまま工場の門を出ると、お千代さんが、後から追って来た。
「あんた、今日市場へ寄らないの、私今晩のおかずを買って行くのよ……」

 一皿八銭の秋刀魚(さんま)は、その青く光った油と一緒に、私とお千代さんの両手にかかえられて、サンゼンと生臭い匂いを二人の胃袋に通わせてくれるのだ。
「この道を歩いている時だけ、あんた、楽しいと思った事ない?」
「本当にね、私吻(ほっ)とするのよ。」
「ああ、でもあんたは一人だからうらやましいと思うわ。」

 美しいお千代さんの束ねた髪に、白く埃がつもっているのを見ると、街の華やかな、一切のものに、私は火をつけてやりたいようなコウフンを感じてくる。

(十一月×日)

 なぜ?

 なぜ?

 私達はいつまでもこんな馬鹿な生き方をしなければならないのだろうか? いつまでたっても、セルロイドの匂いに、セルロイドの生活だ。朝も晩も、ベタベタ三原色を塗りたくって、地虫のように、太陽から隔離された歪(ゆが)んだ工場の中で、コツコツ無限に長い時間と青春と健康を搾取されている。若い女達の顔を見ていると、私はジンと悲しくなってしまう。

 だが待って下さい。私達のつくっている、キュウピーや蝶々のお垂げ止めが、貧しい子供達の頭をお祭のように飾る事を思えば、少し少しあの窓の下では、微笑(ほほえ)んでもいいでしょう――。

 二畳の部屋には、土釜(どがま)や茶碗や、ボール箱の米櫃(こめびつ)や行李(こうり)や、そうして小さい机が、まるで一生の私の負債のようにがんばっている。ななめにしいた蒲団の上には、天窓の朝陽がキラキラ輝いていて、埃が縞のようになって私の顔の上へ流れて来る。いったい革命とは、どこを吹いている風なのだ……中々うまい言葉を沢山知っている、日本の自由主義者よ。日本の社会主義者は、いったいどんなお伽噺(とぎばなし)を空想しているのでしょうか?

 あの生れたての、玄米パンよりもホヤホヤな赤ん坊達に、絹のむつきと、木綿のむつきと一たいどれだけの差をつけなければならないのだろう!
「あんたは、今日は工場は休みなのかい?」

 叔母さんが障子を叩きながら呶鳴(どな)っている。私は舌打ちをすると、妙に重々しく頭の下に両手を入れて、今さら重大な事を考えたけれど、涙が出るばかりだった。

 母の音信一通。

 たとえ五十銭でもいいから送ってくれ、私はリュウマチで困っている。この家にお前とお父さんが早く帰って来るのを、楽しみに待っている。お父さんの方も思わしくないと云うたよりだし、お前のくらし向きも思う程でないと聞くと生きているのが辛いのです。――たどたどしいカナ文字の手紙である。最後に上様ハハよりと書いてあるのを見ると、母を手で叩きたい程可愛くなってくる。
「どっか体でも悪いのですか。」

 この仕立屋に同じ間借りをしている、印刷工の松田さんが、遠慮なく障子を開けてはいって来た。背丈が十五六の子供のようにひくくて髪を肩まで長くして、私の一等厭なところをおし気もなく持っている男だった。天井を向いて考えていた私は、クルリと背をむけると蒲団を被ってしまった。この人は有難い程親切者である。だが会っていると、憂鬱なほど不快になって来る人だ。
「大丈夫なんですか!」
「ええ体の節々が痛いんです。」

 店の間では商売物の菜っ葉服を小父さんが縫っているらしい。ジ……と歯を噛(か)むようなミシンの音がしている。「六十円もあれば、二人で結構暮せると思うんです。貴女の冷たい心が淋しすぎる。」

 枕元に石のように坐った松田さんは、苔(こけ)のように暗い顔を伏せて私の顔の上にかぶさって来る。激しい男の息づかいを感じると、私は涙が霧のようにあふれて来た。今までこんなに、優しい言葉を掛けて私を慰めてくれた男が一人でもあっただろうか、皆な私を働かせて煙のように捨ててしまったではないか。この人と一緒になって、小さな長屋にでも住って、世帯を持とうかしらとも思う。でもあんまりそれも淋しすぎる話だ。十分も顔を合せていたら、胸がムカムカして来る松田さんだった。
「済みませんが、私は体の工合が悪いんです。ものを言うのが、何だかおっくうですの、あっちい行ってて下さい。」
「当分工場を休んで下さい。その間の事は僕がしますよ。たとえ貴女が僕と一緒になってくれなくっても、僕はいい気持ちなんです。」

 まあ何てチグハグな世の中であろうと思う――。

 夜。

 米を一升買いに出る。ついでに風呂敷をさげたまま逢初(あいぞめ)橋の夜店を歩いてみた。剪花(きりばな)屋、ロシヤパン、ドラ焼屋、魚の干物屋、野菜屋、古本屋、久々で見る散歩道だ。

(十二月×日)

 ヘエ、街はクリスマスでございますか。救世軍の慈善鍋(じぜんなべ)も飾り窓の七面鳥も、新聞も雑誌も一斉に街に氾濫(はんらん)して、ビラも広告旗も血まなこになっているようだ。

 暮だ、急行列車だ、あの窓の風があんなに動いている。能率を上げなくてはと、汚れた壁の黒板には、二十人の女工の色塗りの仕上げ高が、毎日毎日数字になって、まるで天気予報みたいに私達をおびやかすようになってきた。規定の三百五十の仕上げが不足の時は、五銭引き、十銭引きと、日給袋にぴらぴらテープのような伝票が張られて来る。
「厭んなっちゃうね……」

 女工はまるで、ササラのように腰を浮かせて御製作なのだ。同じ絵描きでも、これは又あまりにもコッケイな、ドミエの漫画のようではないか。
「まるで人間を芥(ごみ)だと思ってやがる。」

 五時の時計が鳴っても、仕事はドンドン運ばれて来るし、日給袋は中々廻りそうにもない。工場主の小さな子供達を連れて、会計の細君が、四時頃自動車で街へ出掛けて行ったのを、一番小さいお光ちゃんが便所の窓から眺めていて、女工達に報告すると、芝居だろうと云ったり、正月の着物でも買いに行ったのだろうと云ったり、手を働かせながら、女工達の間にはまちまちの論議が噴出した。

 七時半。

 朝から晩まで働いて、六十銭の労働の代償をもらってかえる。土釜を七輪に掛けて、机の上に茶碗と箸(はし)を並べると、つくづく人生とはこんなものだったのかと思った。ごたごた文句を言っている人間の横ッ面をひっぱたいてやりたいと思う。御飯の煮える間に、お母さんへの手紙の中に長い事して貯めていた桃色の五十銭札五枚を入れて封をする。たった今、何と何がなかったら楽しいだろうと空想して来ると、五円の間代が馬鹿らしくなってきた。二畳で五円である。一日働いて米が二升きれて平均六十銭だ。又前のようにカフエーに逆もどりでもしようかしらともおもい、幾度も幾度も、水をくぐって、私と一緒に疲れきっている壁の銘仙の着物を見ていると、全く味気なくなって来る。何も御座無く候だ。あぶないぞ! あぶないぞ! あぶない不精者故、バクレツダンを持たしたら、喜んでそこら辺へ投げつけるだろう。こんな女が一人うじうじ生きているよりも、いっそ早く、真二ツになって死んでしまいたい。熱い御飯の上に、昨夜の秋刀魚を伏兵線にして、ムシャリと頬ばると、生きている事もまんざらではない。沢庵(たくあん)を買った古新聞に、北海道にはまだ何万町歩と云う荒地があると書いてある。ああそう云う未開の地に私達の、ユウトピヤが出来たら愉快だろうと思うなり。鳩ぽっぽ鳩ぽっぽと云う唄が出来るかも知れない。皆で仲よく飛んでこいと云う唄が流行るかも知れない。――風呂屋から帰りがけに、暗い路地口で松田さんに会った。私は沈黙(だま)って通り抜けた。

(十二月×日)
「何も変な風に義理立てをしないで、松田さんが、折角貸して上げると云うのに、あなたも借りたらいいじゃないの、実さい私の家は、あんた達の間代を当にしているんですからねえ。」

 髪毛(かみのけ)の薄い小母さんの顔を見ていると、私はこのままこの家を出てしまいたい程くやしくなってくる。これが出掛けの戦争だ。急いで根津(ねづ)の通りへ出ると、松田さんが酒屋のポストの傍で、ハガキを入れながら私を待っていた。ニコニコして本当に好人物なのに、私はどうしてなのかこのひとにはムカムカして仕様がない。
「何も云わないで借りて下さい。僕はあげてもいいんですが、貴女がこだわると困るから。」

 そう云って、塵紙(ちりがみ)にこまかく包んだ金を松田さんは私の帯の間に挾(はさ)んでくれている。私は肩上げのとってない昔風な羽織を気にしながら、妙にてれくさくなってふりほどいて電車に乗ってしまった。――どこへ行く当もない。正反対の電車に乗ってしまった私は、寒い上野にしょんぼり自分の影をふんで降りた。狂人じみた口入(くちいれ)屋の高い広告燈が、難破船の信号みたように風にゆれていた。
「お望みは……」

 牛太郎(ぎゅうたろう)のような番頭にきかれて、まず私はかたずを呑んで、商品のような求人広告のビラを見上げた。
「辛い事をやるのも一生、楽な事をやるのも一生、姉さん良く考えた方がいいですよ。」

 肩掛もしていない、このみすぼらしい女に、番頭は目を細めて値ぶみを始めたのか、ジロジロ私の様子を見ている。下谷(したや)の寿司屋の女中さんの口に紹介をたのむと、一円の手数料を五十銭にまけてもらって公園に行った。今にも雪の降って来そうな空模様なのに、ベンチの浮浪人達は、朗かな鼾声(いびき)をあげて眠っている。西郷さんの銅像も浪人戦争の遺物だ。貴方(あなた)と私は同じ郷里なのですよ。鹿児島が恋しいとはお思いになりませんか。霧島山が、桜島が、城山が、熱いお茶にカルカンの甘味(おい)しい頃ですね。

 貴方も私も寒そうだ。

 貴方も私も貧乏だ。

 昼から工場に出る。生きるは辛し。

(十二月×日)

 昨夜、机の引き出しに入れてあった松田さんの心づくし。払えばいいのだ、借りておこうかしら、弱き者よ汝(なんじ)の名は貧乏なり。
家にかえる時間となるを

ただ一つ待つことにして

今日も働けり。


 啄木はこんなに楽しそうに家にかえる事を歌っているけれど、私は工場から帰ると棒のようにつっぱった足を二畳いっぱいに延ばして、大きなアクビをしているのだ。それがたった一つの楽しさなのだ。二寸ばかりのキュウピーを一つごまかして来て、茶碗の棚の上にのせて見る。私の描いた眼、私の描いた羽根、私が生んだキュウピーさん、冷飯に味噌汁をザクザクかけてかき込む淋しい夜食です。――松田さんが、妙に大きいセキをしながら窓の下を通ったとおもうと、台所からはいって来て声をかける。
「もう御飯ですか、少し待っていらっしゃい、いま肉を買って来たんですよ。」

 松田さんも私と同じ自炊生活である。仲々しまった人らしい。石油コンロで、ジ……と肉を煮る匂いが、切なく口を濡らす。「済みませんが、この葱(ねぎ)切ってくれませんか。」昨夜、無断で人の部屋の机の引き出しを開けて、金包みを入れておいたくせに、そうして、たった十円ばかりの金を貸して、もう馴々しく、人に葱を刻ませようとしている。こんな人間に図々しくされると一番たまらない……。遠くで餅をつく勇ましい音が聞えている。私は沈黙ってポリポリ大根の塩漬を噛んでいたけれど、台所の方でも侘しそうに、コツコツ葱を刻み出しているようだった。「ああ刻んであげましょう。」沈黙っているにはしのびない悲しさで、障子を開けて、私は松田さんの庖丁(ほうちょう)を取った。
「昨夜はありがとう、五円を小母さんに払って、五円残ってますから、五円お返ししときますわ。」

 松田さんは沈黙って竹の皮から滴るように紅い肉片を取って鍋に入れていた。ふと見上げた歪んだ松田さんの顔に、小さい涙が一滴光っている。奥では弄花(はな)が始まったのか、小母さんの、いつものヒステリー声がビンビン天井をつき抜けて行く。松田さんは沈黙ったまま米を磨(と)ぎ出した。
「アラ、御飯はまだ炊かなかったんですか。」
「ええ貴女が御飯を食べていらっしたから、肉を早く上げようと思って。」

 洋食皿に分けてもらった肉が、どんな思いで私ののどを通ったか。私は色んな人の姿を思い浮べた。そしてみんなくだらなく思えた。松田さんと結婚をしてもいいと思った。夕食のあと、初めて松田さんの部屋へ遊びに行ってみる。

 松田さんは新聞をひろげてゴソゴソさせながら、お正月の餅をそろえて笊へ入れていた。あんなにも、なごやかにくずれていた気持ちが、又前よりもさらに凄(すご)くキリリッと弓をはってしまい、私はそのまま部屋へ帰ってきた。
「寿司屋もつまらないし……」

 外は嵐が吹いている。キュウピーよ、早く鳩ポッポだ。吹き荒(す)さめ、吹き荒さめ、嵐よ吹雪よ。

        *

(四月×日)

 地球よパンパンとまっぷたつに割れてしまえと、呶鳴ったところで私は一匹の烏猫だ。世間様は横目で、お静かにお静かにとおっしゃっている。又いつもの淋しい朝の寝覚めなり。薄い壁に掛った、黒い洋傘(パラソル)をじっと見ていると、その洋傘が色んな形に見えて来る。今日もまたこの男は、ほがらかな桜の小道を、我々同志よなんて、若い女優と手を組んで、芝居のせりふを云いあいながら行く事であろう。私はじっと背中を向けてとなりに寝ている男の髪の毛を見ていた。ああこのまま蒲団の口が締って、出られないようにしたらどんなものだろう……。このひとにピストルを突きつけたら、この男は鼠のようにキリキリ舞いをしてしまうだろう。お前は高が芝居者じゃないか。インテリゲンチャのたいこもちになって、我々同志よもみっともないことである。私はもうあなたにはあいそがつきてしまいました。あなたのその黒い鞄(かばん)には、二千円の貯金帳と、恋文が出たがって、両手を差し出していましたよ。
「俺はもうじき食えなくなる。誰かの一座にでもはいればいいけれど……俺には俺の節操があるし。」

 私は男にはとても甘い女です。

 そんな言葉を聞くと、さめざめと涙をこぼして、では街に出て働いてみましょうかと云ってみるのだ。そして私はこの四五日、働く家をみつけに出掛けては、魚の腸(はらわた)のように疲れて帰って来ていたのに……この嘘つき男メ! 私はいつもあなたが用心をして鍵(かぎ)を掛けているその鞄を、昨夜そっと覗(のぞ)いてみたのですよ。二千円の金額は、あなたが我々プロレタリアと言っているほど少くもないではありませんか。私はあんなに美しい涙を流したのが莫迦(ばか)らしくなっていた。二千円と、若い女優があれば、私だったら当分は長生きが出来る。

(ああ浮世は辛うござりまする。)

 こうして寝ているところは円満な御夫婦である。冷たい接吻はまっぴらなのよ。あなたの体臭は、七年も連れそった女房や、若い女優の匂いでいっぱいだ。あなたはそんな女の情慾を抱いて、お勤めに私の首に手を巻いている。

 ああ淫売婦にでもなった方がどんなにか気づかれがなくて、どんなにいいか知れやしない。私は飛びおきると男の枕を蹴(け)ってやった。嘘つきメ! 男は炭団(たどん)のようにコナゴナに崩れていった。ランマンと花の咲き乱れた四月の明るい空よ、地球の外には、颯々(さつさつ)として熱風が吹きこぼれて、オーイオーイと見えないよび声が四月の空に弾(はじ)けている。飛び出してお出でよッ! 誰も知らない処(ところ)で働きましょう。茫々とした霞(かすみ)の中に私は神様の手を見た。真黒い神様の腕を見た。

(四月×日)
一度はきやすめ二度は嘘

三度のよもやにひかされて……

憎らしい私の煩悩(ぼんのう)よ、私は女でございました。やっぱり切ない涙にくれまする。

鶏の生胆(いきぎも)

花火が散って夜が来た

東西! 東西!

そろそろ男との大詰が近づいて来た。

一刀両断に切りつけた男の腸に

メダカがぴんぴん泳いでいる。

臭い臭い夜で

誰も居なけりゃ泥棒にはいりますぞ!

私は貧乏故男も逃げて行きました。

ああ真暗い頬かぶりの夜だよ。


 土を凝視(みつ)めて歩いていると、しみじみと侘しくなってきて、病犬のように慄(ふる)えて来る。なにくそ! こんな事じゃあいけないね。美しい街の鋪道(ほどう)を今日も私は、私を買ってくれないか、私を売ろう……と野良犬のように彷徨(ほうこう)してみた。引き止めても引き止まらない切れたがるきずなならばこの男ともあっさり別れてしまうより仕方がない……。窓外の名も知らぬ大樹のたわわに咲きこぼれた白い花には、小さい白い蝶々が群れていて、いい匂いがこぼれて来る。夕方、お月様で光っている縁側に出て男の芝居のせりふを聞いていると、少女の日の思い出が、ふっと花の匂いのように横切ってきて、私も大きな声でどっかにいい男はないでしょうかとお月様に呶鳴りたくなってきた。このひとの当り芸は、かつて芸術座の須磨子のやったと云う「剃刀(かみそり)」と云う芝居だった。私は少女の頃、九州の芝居小屋で、このひとの「剃刀」と云う芝居を見た事がある。須磨子のカチュウシャもよかった。あれからもう大分時がたっている。この男も四十近い年だ。「役者には、やっぱり役者のお上(かみ)さんがいいんですよ。」一人稽古をしている灯に写った男の影を見ていると、やっぱりこのひとも可哀想だと思わずにはいられない。紫色のシェードの下に、台本をくっている男の横顔が、絞って行くように、私の目から遠くに去ってしまう。
「旅興行に出ると、俺はあいつと同じ宿をとった、あいつの鞄も持ってやったっけ……でもあいつは俺の目を盗んでは、寝巻のままよその男の宿へ忍んで行っていた。」
「俺はあの女を泣かせる事に興味を覚えていた。あの女を叩くと、まるで護謨(ゴム)のように弾きかえって、体いっぱい力を入れて泣くのが、見ていてとてもいい気持ちだった。」

 二人で縁側に足を投げ出していると、男は灯を消して、七年も連れ添っていた別れた女の話をしている。私は圏外に置き忘れられた、たった一人の登場人物だ、茫然と夜空を見ているとこの男とも駄目だよと誰かが云っている。あまのじゃくがどっかで哄笑(わら)っている、私は悲しくなってくると、足の裏が痒(か)ゆくなるのだ。一人でしゃべっている男のそばで、私はそっと、月に鏡をかたぶけて見た。眉を濃く引いた私の顔が渦のようにぐるぐる廻ってゆく、世界中が月夜のような明るさだったらいいだろう――。
「何だか一人でいたくなったの……もうどうなってもいいから一人で暮したい。」

 男は我にかえったように、太い息を切ると涙をふりちぎって、別れと云う言葉の持つ淋しい言葉に涙を流して私を抱こうとしている。これも他愛のないお芝居なのか、さあこれから忙しくなるぞ、私は男を二階に振り捨てると、動坂(どうざか)の町へ出て行った。誰も彼も握手をしましょう、ワンタンの屋台に首をつっこんで、まず支那酒をかたぶけて、私は味気ない男の旅愁を吐き捨てた。

(四月×日)

 街の四ツ角で、まるで他人よりも冷やかに、私も男も別れてしまった。男は市民座と云う小さい素人劇団をつくっていて、滝ノ川の稽古場に毎日通っているのだ。

 私も今日から通いでお勤めだ。男に食わしてもらう事は、泥を噛んでいるよりも辛いことです。体(てい)のいい仕事よりもと、私のさがした職業は牛屋の女中さん。「ロースあおり一丁願いますッ。」梯子(はしご)段をトントンと上って行くと、しみじみと美しい歌がうたいたくなってくる。広間に群れたどの顔も面白いフイルムのようだ。肉皿を持って、梯子段を上ったり降りたりして、私の前帯の中も、それに並行して少しずつお金でふくらんで来る。どこを貧乏風が吹くかと、部屋の中は甘味(おい)しそうな肉の煮える匂いでいっぱいだ。だけど、上ったり降りたりで、私はいっぺんにへこたれてしまった。「二三日すると、すぐ馴れてしまうわ。」女中頭の髷(まげ)に結ったお杉さんが、物かげで腰を叩いている私を見て慰めてくれたりした。

 十二時になっても、この店は素晴らしい繁昌ぶりで、私は家へ帰るのに気が気ではなかった。私とお満さんをのぞいては、皆住み込みのひとなので、平気で残っていて客にたかっては色々なものをねだっている。
「たあさん、私水菓子ね……」
「あら私かもなんよ……」

 まるで野生の集りだ、笑っては食い、笑っては食い、無限に時間がつぶれて行きそうで私は焦らずにはいられなかった。私がやっと店を出た時は、もう一時近くで、店の時計がおくれていたのか、市電はとっくになかった。神田から田端(たばた)までの路(みち)のりを思うと、私はがっかりして坐ってしまいたい程悲しかった。街の燈はまるで狐火のように一つ一つ消えてゆく。仕方なく歩き出した私の目にも段々心細くうつって来る。上野公園下まで来ると、どうにも動けない程、山下が恐ろしくて、私は棒立ちになってしまった。雨気を含んだ風が吹いていて、日本髪の両鬢(りょうびん)を鳥のように羽ばたかして、私は明滅する仁丹の広告燈にみいっていた。どんな人でもいいから、道連れになってくれる人はないかと私はぼんやり広小路の方を見ていた。

 こんなにも辛い思いをして、私はあのひとに真実をつくさなければならないのだろうか? 不意にハッピを着て自転車に乗った人が、さっと煙のように目の前を過ぎて行った。何もかも投げ出したいような気持ちで走って行きながら、「貴方は八重垣町の方へいらっしゃるんじゃあないですかッ!」と私は大きい声でたずねてみた。
「ええそうです。」
「すみませんが田端まで帰るんですけれど、貴方のお出でになるところまで道連れになって戴(いただ)けませんでしょうか?」

 今は一生懸命である。私は尾を振る犬のように走って行くと、その職人体の男にすがってみた。
「私も使いがおそくなったんですが、もしよかったら自転車にお乗んなさい。」

 もう何でもいい私はポックリの下駄を片手に、裾をはし折ってその人の自転車の後に乗せてもらった。しっかりとハッピのひとの肩に手を掛けて、この奇妙な深夜の自転車乗りの女は、不図(ふと)自分がおかしくなって涙をこぼしている。無事に帰れますようにと私は何かに祈らずにはいられなかった。

 夜目にも白く染物とかいてあるハッピの字を眺めて、吻と安心すると、私はもう元気になって、自然に笑い出したくなっている。根津の町でその職人さんに別れると、又私は飄々(ひょうひょう)と歌を唱(うた)いながら路を急いだ。品物のように冷たい男のそばへ……。

(四月×日)

 国から汐(しお)の香の高い蒲団を送って来た。お陽様に照らされている縁側の上に、送って来た蒲団を干していると、何故(なぜ)だか父様よ母様よと口に出して唱いたくなってくる。

 今晩は市民座の公演会だ。男は早くから化粧箱と着物を持って出かけてしまった。私は長いこと水を貰わない植木鉢のように、干からびた熱情で二階の窓から男のいそいそとした後姿を眺めていた。夕方四谷(よつや)の三輪会館に行ってみると場内はもういっぱいの人で、舞台は例の「剃刀」である。男の弟は目ざとく私を見つけると目をまばたきさせて、姉さんはなぜ楽屋に行かないのかとたずねてくれる。人のいい大工をしているこの弟の方は、兄とは全く別な世界に生きているいい人だった。

 舞台は乱暴な夫婦喧嘩(げんか)の処だった。おおあの女だ。いかにも得意らしくしゃべっているあのひとの相手女優を見ていると、私は初めて女らしい嫉妬(しっと)を感じずにはいられなかった。男はいつも私と着て寝る寝巻を着ていた。今朝二寸程背中がほころびていたけれど私はわざとなおしてはやらなかったのだ。一人よがりの男なんてまっぴらだと思う。

 私はくしゃみを何度も何度もつづけると、ぷいと帰りたくなってきて、詩人の友達二三人と、暖かい戸外へ出ていった。こんなにいい夜は、裸になって、ランニングでもしたらさぞ愉快だろうと思うなり。

(四月×日)
「僕が電報を打ったら、じき帰っておいで。」と云ってくれるけれど、このひとはまだ嘘を云ってるようだ。私はくやしいけれど十五円の金をもらうと、なつかしい停車場へ急いだ。

 汐の香のしみた私の古里へ私は帰ってゆくのだ。ああ何もかも逝(い)ってしまってくれ、私には何にも用はない。男と私は精養軒の白い食卓につくと、日本料理でささやかな別宴を張った。
「私は当分あっちで遊ぶつもりよ。」
「僕はこうして別れたって、きっと君が恋しくなるのはわかっているんだ。只どうにも仕様のない気持ちなんだよ今は、ほんとうにどうせき止めていいかわからない程、呆然とした気持ちなんだよ。」

 汽車に乗ったら私は煙草でも吸ってみようかと思った。駅の売店で、青いバット五ツ六ツも買い込むと私は汽車の窓から、ほんとうに冷たい握手をした。
「さようなら、体を大事にしてね。」
「有難う……御機嫌よう……」

 固く目をとじて、パッと瞼(まぶた)を開けてみると、せき止められていた涙が一時にあふれている。明石(あかし)行きの三等車の隅ッこに、荷物も何もない私は、足を伸び伸びと投げ出して涙の出るにまかせていた。途中で面白そうな土地があったら降りてみようかしらとも思っている。私は頭の上にぶらさがった鉄道地図を、じっと見上げて駅の名を一つ一つ読んでいた。新らしい土地へ降りてみたいなと思うなり。静岡にしようか、名古屋にしようか、だけど何だかそれも不安で仕方がない。暗い窓に凭(もた)れて、走っている人家の灯を見ていると、暗い窓にふっと私の顔が鏡を見ているようにはっきり写っている。
男とも別れだ!

私の胸で子供達が赤い旗を振っている

そんなによろこんでくれるか

もう私はどこへも行かず

皆と旗を振って暮らそう。

皆そうして飛び出しておくれ、

そして石を積んでくれ

そして私を胴上げして

石の城の上に乗せておくれ。

さあ男とも別れだ泣かないぞ!

しっかりしっかり旗を振ってくれ

貧乏な女王様のお帰りだ。


 外は真暗闇だ。切れては走る窓の風景に、私は目も鼻も口も硝子(ガラス)窓に押しつけて、塩辛い干物のように張りついて泣いていた。

 私は、これからいったい何処(どこ)へ行こうとしているのかしら……駅々の物売りの声を聞くたびに、おびえた心で私は目を開けている。ああ生きる事がこんなにむずかしいものならば、いっそ乞食にでもなって、いろんな土地土地を流浪して歩いたら面白いだろうと思う。子供らしい空想にひたっては泣いたり笑ったり、おどけたり、ふと窓を見ると、これは又奇妙な私の百面相だ。ああこんなに面白い生き方もあったのかと、私は固いクッションの上に坐りなおすと、飽きる事もなく、なつかしくいじらしい自分の百面相に凝視(みい)ってしまった。

        *

(五月×日)
私はお釈迦様に恋をしました

(ほの)かに冷たい唇に接吻すれば

おおもったいない程の

(しび)れ心になりまする。

もったいなさに

なだらかな血潮が

逆流しまする。

心憎いまでに落ちつきはらった

その男振りに

すっかり私の魂はつられてしまいました。

お釈迦様!

あんまりつれないではござりませぬか

(はち)の巣のようにこわれた

私の心臓の中に

お釈迦様

ナムアミダブツの無常を悟すのが

能でもありますまいに

その男振りで

炎のような私の胸に

飛びこんで下さりませ

俗世に汚れた

この女の首を

死ぬ程抱きしめて下さりませ

ナムアミダブツのお釈迦様!


 妙に侘しい日だ。気の狂いそうな日だ。天気のせいかも知れない。朝から、降りどおしだった雨が、夜になると風をまじえて、身も心も、突きさしそうに実によく降っている。こんな詩を書いて、壁に張りつけてみたものの私の心はすこしも愉しくはない。

 ――スグコイカネイルカ

 蒼(あお)ぶくれのした電報用紙が、ヒラヒラと私の頭に浮かんで来るのは妙だ。

 馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿を千も万も叫びたいほど、いまは切ない私である。高松の宿屋で、あのひとの電報を本当に受取った私は、嬉し涙を流していた。そうして、はち切れそうな土産物を抱いて、いま、この田端の家へ帰って来たはずだのに――。半月もたたないうちに又別居だとはどうした事なのだろう。私は男に二カ月分の間代を払ってもらうと、体(てい)のいい居残りのままだったし、男は金魚のように尾をヒラヒラさせて、本郷の下宿に越して行ってしまった。昨日も出来上った洗濯物を一ぱい抱えて、私はまるで恋人に会いにでも行くようにいそいそと男の下宿の広い梯子段を上って行ったのだ。ああ私はその時から、飛行船が欲しくなりました。灯のつき始めたすがすがしい部屋に、私の胸に泣きすがったあのひとが、桃割れに結ったあの女優とたった二人で、魚の様にもつれあっているのを見たのです。暗い廊下に出て、私は眼にいっぱい涙をためていました。顔いっぱいが、いいえ体いっぱいが、針金でつくった人形みたいに固くなってしまって、切なかったけれども……。
「やあ……」私は子供のように天真に哄笑(こうしょう)して、切ない眼を、始終机の足の方に向けていた。あれから今日へ掛けての私は、もう無茶苦茶な世界へのかけ足だ。「十五銭で接吻しておくれよ!」と、酒場で駄々をこねたのも胸に残っている。

 男と云う男はみんなくだらないじゃあないの! 蹴散(けち)らして、踏みたくってやりたい怒りに燃えて、ウイスキーも日本酒もちゃんぽんに呑み散らした私の情けない姿が、こうしていまは静かに雨の音を聞きながら床の中にじっとしている。今頃は、風でいっぱいふくらんだ蚊帳の中で、あのひとは女優の首を抱えていることだろう……そんな事を思うと、私は飛行船にでも乗って、バクレツダンでも投げてやりたい気持ちなのです。

 私は宿酔(ふつかよ)いと空腹で、ヒョロヒョロしている体を立たせて、ありったけの米を土釜に入れて井戸端に出て行った。階下の人達は皆風呂に出ていたので私はきがねもなく、大きい音をたてて米をサクサク洗ってみたのです。雨に濡れながら、只一筋にはけて行く白い水の手ざわりを一人で楽しんでいる。

(六月×日)

 朝。

 ほがらかな、よいお天気なり。雨戸を繰ると白い蝶々が雪のように群れていて、男性的な季節の匂いが私を驚かす。雲があんなに、白や青い色をして流れている。ほんとにいい仕事をしなくちゃいけないと思う。火鉢にいっぱい散らかっていた煙草の吸殻を捨てると、屋根裏の女の一人住いも仲々いいものだと思った。朦朧(もうろう)とした気持ちも、この朝の青々とした新鮮な空気を吸うと、ほんとうに元気になって来る。だけど楽しみの郵便が、質屋の流れを知らせて来たのにはうんざりしてしまった。四円四十銭の利子なんか抹殺(まっさつ)してしまえだ。私は縞の着物に黄いろい帯を締めると、日傘を廻して幸福な娘のような姿で街へ出てみた。例の通り古本屋への日参だ。
「小父さん、今日は少し高く買って頂戴ね。少し遠くまで行くんだから……」この動坂の古本屋の爺さんは、いつものように人のいい笑顔を皺(しわ)の中に隠して、私の出した本を、そっと両の手でかかえて見ている。
「一番今流行(はや)る本なの、じき売れてよ。」
「へえ……スチルネルの自我経ですか、一円で戴きましょう。」

 私は二枚の五十銭銀貨を手のひらに載せると、両方の袂(たもと)に一ツずつそれを入れて、まぶしい外に出た。そしていつものように飯屋へ行った。

 本当にいつになったら、世間のひとのように、こぢんまりした食卓をかこんで、呑気(のんき)に御飯が食べられる身分になるのかしらと思う。一ツ二ツの童話位では満足に食ってはゆけないし、と云ってカフエーなんかで働く事は、よれよれに荒(すさ)んで来るようだし、男に食わせてもらう事は切ないし、やっぱり本を売っては、瞬間瞬間(そのときどき)の私でしかないのであろう。夕方風呂から帰って爪をきっていたら、画学生の吉田さんが一人で遊びにやって来た。写生に行ったんだと云って、十号の風景画をさげて、絵の具の匂いをぷんぷんただよわせている。詩人の相川さんの紹介で知ったきりで、別に好きでも嫌いでもなかったけれど、一度、二度、三度と来るのが重なると、一寸(ちょっと)重荷のような気がしないでもない。紫色のシェードの下に、疲れたと云って寝ころんでいた吉田さんは、ころりと起きあがると、
瞼、瞼、薄ら瞑(つぶ)った瞼を突いて、

きゅっと抉(えぐ)って両眼をあける。

長崎の、長崎の

人形つくりはおそろしや!

「こんな唄を知っでいますか、白秋の詩ですよ。貴女を見ると、この詩を思い出すんです。」

 風鈴が、そっと私の心をなぶっていた。涼しい縁端に足を投げ出していた私は、灯のそばにいざりよって男の胸に顔を寄せた。悲しいような動悸(どうき)を聞いた。悩ましい胸の哀れなひびきの中に、しばし私はうっとりしていた。切ない悲しさだ。女の業(ごう)なのだと思う。私の動脈はこんなひとにも噴水の様なしぶきをあげて来る。吉田さんは慄えて沈黙っていた。私は油絵具の中にひそむ、油の匂いをこの時程悲しく思った事はなかった。長い事、私達は情熱の克服に努めていた。やがて、背の高い吉田さんの影が門から消えて行くと、私は蚊帳を胸に抱いたまま泣き出していた。ああ私には別れた男の思い出の方が生々しかったもの……私は別れた男の名を呼ぶと、まるで手におえない我まま娘のようにワッと声を上げて泣いているのだ。

(六月×日)

 今日は隣の八畳の部屋に別れた男の友達の、五十里(いそり)さんが越して来る日だ。私は何故か、あの男の魂胆がありそうな気がして不安だった。――飯屋へ行く路、お地蔵様へ線香を買って上げる。帰って髪を洗い、さっぱりした気持ちで団子坂の静栄さんの下宿へ行ってみた。「二人」と云う私達の詩のパンフレットが出ている筈だったので元気で坂をかけ上った。窓の青いカーテンをめくって、いつものように窓へ凭(もた)れて静栄さんと話をした。この人はいつ見ても若い。房々した断髪をかしげて、しめっぽい瞳(ひとみ)を輝かしている。夕方、静栄さんと印刷屋へパンフレットを取りに行った。たった八頁だけれど、まるで果物のように新鮮で好ましかった。帰りに南天堂によって、皆に一部ずつ送る。働いてこのパンフレットを長くつづかせたいものだと思う。冷たいコーヒーを飲んでいる肩を叩いて、辻(つじ)さんが鉢巻をゆるめながら、讃辞(さんじ)をあびせてくれた。「とてもいいものを出しましたね。お続けなさいよ。」飄々たる辻潤の酔態に微笑を送り、私も静栄さんも幸福な気持ちで外へ出た。

(六月×日)

 種まく人たちが、今度文芸戦線と云う雑誌を出すからと云うので、私はセルロイド玩具(がんぐ)の色塗りに通っていた小さな工場の事を詩にして、「工女の唄える」と云うのを出しておいた。今日は都新聞に別れた男への私の詩が載っている。もうこんな詩なんか止(や)めましょう。くだらない。もっと勉強して立派な詩を書こうと思う。夕方から銀座の松月と云うカフエーへ行った。ドンの詩の展覧会がここであるからだ。私の下手な字が麗々しく先頭をかざっている。橋爪氏に会う。

(六月×日)

 雨が細かな音をたてて降っている。
陽春二三月  楊柳斉作レ花

春風一夜入二閨闥一 楊花飄蕩落二南家一

含レ情出レ戸脚無レ力 拾二得楊花一涙沾レ臆

秋去春来双燕子 願銜二楊花一入 裏一


 灯の下に横坐りになりながら、白花を恋した霊太后(れいたいごう)の詩を読んでいると、つくづく旅が恋しくなってきた。五十里さんは引っ越して来てからいつも帰りは夜更けの一時過ぎなり。階下の人は勤め人なので九時頃には寝てしまう。時々田端の駅を通過する電車や汽車の音が汐鳴りのように聞えるだけで、この辺は山住いのような静かさだった。つくづく一人が淋しくなった。楊白花のように美しいひとが欲しくなった。本を伏せていると、焦々(いらいら)して来て私は階下に降りて行くのだ。
「今頃どこへゆくの?」階下の小母さんは裁縫の手を休めて私を見ている。
「割引なのよ。」
「元気がいいのね……」

 蛇の目の傘を拡げると、動坂の活動小屋に行ってみた。看板はヤングラジャと云うのである。私は割引のヤングラジャに恋心を感じた。太湖船の東洋的なオーケストラも雨の降る日だったので嬉しかった。だけど所詮(しょせん)はどこへ行っても淋しい一人身なり。小屋が閉まると、私は又溝鼠(どぶねずみ)のように部屋へ帰って来る。「誰かお客さんのようでしたが……」小母さんの寝ぼけた声を背中に、疲れて上って来ると、吉田さんが紙を円めながらポッケットへ入れている処だった。
「おそく上って済みません。」
「いいえ、私活動へ行って来たのよ。」
「あんまりおそいんで、置手紙をしてたとこなんです。」

 別に話もない赤の他人なのだけれど、吉田さんは私に甘えてこようとしている。鴨居(かもい)につかえそうに背の高い吉田さんを見ていると、私は何か圧されそうなものを感じている。
「随分雨が降るのね……」

 これ位白ばくれておかなければ、今夜こそどうにか爆発しそうで恐ろしかった。壁に背を凭せて、かの人はじっと私の顔を凝視(みつ)めて来た。私はこの男が好きで好きでたまらなくなりそうに思えて困ってしまう。だけど、私はもう色々なものにこりこりしているのだ。私は温(おと)なしく両手を机の上にのせて、灯の光りに眼を走らせていた。私の両の手先きが小さく、慄えている。一本の棒を二人で一生懸命に押しあっている気持ちなり。
「貴女は私を嬲(なぶ)っているんじゃないんですか?」
「どうして?」

 何と云う間の抜けた受太刀だろう。私の生々しい感傷の中へ巻き込まれていらっしゃるきりではありませんか……私は口の内につぶやきながら、このひとをこのままこさせなくするのも一寸淋しい気がしていた。ああ友達が欲しい。こうした優しさを持ったお友達が欲しいのだけれども……私は何時(いつ)か涙があふれていた。

 いっその事、ひと思いに死にたいとも思う。かの人は私を睨(にら)み殺すのかも知れない。生唾が舌の上を走った。私は自分がみじめに思えて仕方がなかった。別れた男との幾月かを送ったこの部屋の中に、色々な夢がまだ泳いでいて私を苦しくしているのだ。――引っ越さなくてはとてもたまらないと思う。私は机に伏さったまま郊外のさわやかな夏景色を頭に描いていた。雨の情熱はいっそう高まって来て、苦しくて仕方がない。「僕を愛して下さい。だまって僕を愛して下さい!」「だからだまって、私も愛しているではありませんか……」せめて手を握る事によってこの青年の胸が癒(いや)されるならば……。私はもう男に迷うことは恐ろしいのだ。貞操のない私の体だけども、まだどこかに私の一生を託す男が出てこないとも限らないもの。でもこの人は新鮮な血の匂いを持っている。厚い胸、青い眉、太陽のような眼。ああ私は激流のような激しさで泣いているのだ。

(六月×日)

 淋しく候。くだらなく候。金が欲しく候。北海道あたりの、アカシヤの香る並樹道を一人できままに歩いてみたいものなり。
「もう起きましたか……」

 珍らしく五十里さんの声が障子の外でしている。
「ええ起きていますよ。」

 日曜なので五十里さんと静栄さんと三人で久しぶりに、吉祥寺(きちじょうじ)の宮崎光男さんのアメチョコハウスに遊びに行ってみる。夕方ポーチで犬と遊んでいたら、上野山と云う洋画を描く人が遊びに来た。私はこの人と会うのは二度目だ。私がおさない頃、近松さんの家に女中にはいっていた時、この人は茫々としたむさくるしい姿で、牛の画を売りに来たことがあった。子供さんがジフテリヤで、大変侘し気な風采(ふうさい)だったのをおぼえている。靴をそろえる時、まるで河馬(かば)の口みたいに靴の底が離れていたものだった。私は小さい釘(くぎ)を持って来ると、そっと止めておいてあげた事がある。きっとこの人は気がつかなかったかも知れない。上野山さんは飄々と酒を呑みよく話している。夜、上野山氏は一人で帰って行った。
地球の廻転椅子に腰を掛けて

ガタンとひとまわりすれば

引きずる赤いスリッパが

片っ方飛んでしまった。

淋しいな……

オーイと呼んでも

誰も私のスリッパを取ってはくれぬ

度胸をきめて

廻転椅子から飛び降り

飛んだスリッパを取りに行こうか。

臆病な私の手はしっかり

廻転椅子にすがっている

オーイ誰でもいい

思い切り私の横面を

はりとばしてくれ

そしてはいているスリッパも飛ばしてくれ

私はゆっくり眠りたいのだ。


 落ちつかない寝床の中で、私はこんな詩を頭に描いた。下で三時の鳩時計が鳴っている。

        *

(六月×日)

 世界は星と人とより成る。エミイル・ヴェルハアレンの「世界」と云う詩を読んでいるとこんな事が書いてあった。何もかもあくびばかりの世の中である。私はこの小心者の詩人をケイベツしてやりましょう。人よ、攀(よ)じ難いあの山がいかに高いとても、飛躍の念さえ切ならば、恐れるなかれ不可能の、金の駿馬(しゅんめ)をせめたてよ。――実につまらない詩だけれども、才子と見えて実に巧(うま)い言葉を知っている。金の駿馬をせめたてよか……窓を横ぎって紅い風船が飛んで行く。呆然たり、呆然たり、呆然たりか……。何と住みにくい浮世でございましょう。

 故郷より手紙が来る。

 ――現金主義になって、自分の口すぎ位はこっちに心配をかけないでくれ。才と云うものに自惚(うぬぼ)れてはならない。お母さんも、大分衰えている。一度帰っておいで、お前のブラブラ主義には不賛成です。――父より五円の為替。私は五円の為替を膝(ひざ)において、おありがとうござります。私はなさけなくなって、遠い故郷へ舌を出した。

(六月×日)

 前の屍室(ししつ)には、今夜は青い灯がついている。又兵隊が一人死んだのだろう。青い窓の灯を横ぎって通夜をする兵隊の影が二ツぼんやりうつっている。
「あら! 螢(ほたる)が飛んどる。」

 井戸端で黒島伝治(でんじ)さんの細君がぼんやり空を見上げていた。
「ほんとう?」

 寝そべっていた私も縁端に出てみたけれど、もう螢も何も見えなかった。

 夜。隣の壺井夫婦、黒島夫婦遊びに見える。

 壺井さん曰(いわ)く。
「今日はとても面白かったよ。黒島君と二人で市場へ盥(たらい)を買いに行ったら、金も払わないのに、三円いくらのつり銭と盥をくれて一寸ドキッとしたぜ。」
「まあ! それはうらやましい、たしか、クヌウト・ハムスンの『飢え』と云う小説の中にも蝋燭(ろうそく)を買いに行って、五クローネルのつり銭と蝋燭をただでもらって来るところがありましたね。」

 私も夫も、壺井さんの話は一寸うらやましかった。――泥沼に浮いた船のように、何と淋しい私達の長屋だろう。兵営の屍室と墓地と病院と、安カフエーに囲まれたこの太子堂の暗い家もあきあきしてしまった。
「時に、明日はたけのこ飯にしないかね。」
「たけのこ盗みに行くか……」

 三人の男たちは路の向うの竹藪(たけやぶ)を背戸に持っている、床屋の二階の飯田さんをさそって、裏の丘へたけのこを盗みに出掛けて行った。女達は久しぶりに街の灯を見たかったけれども、あきらめて太子堂の縁日を歩いてみた。竹藪の小路に出した露店のカンテラの灯が噴水のように薫じていた。

(六月×日)

 美しい透きとおった空なので、丘の上の緑を見たいと云って、久し振りに貧しい私達は散歩に出る話をした。鍵(かぎ)を締めて、一足おそく出て行ってみると、どっちへ行ったものか、夫の蔭はその辺に見えなかった。焦々して陽照りのはげしい丘の路を行ったり来たりしてみたけれど随分おかしな話である。待ちぼけを食ったと怒ってしまった夫は、私の背をはげしく突き飛ばすと閉ざした家へはいってしまった。又おこっている。私は泥棒猫のように台所から部屋へはいると、夫はいきなり束子(たわし)や茶碗を私の胸に投げつけて来た。ああ、この剽軽(ひょうきん)な粗忽(そこつ)者をそんなにも貴方は憎いと云うのですか……私は井戸端に立って蒼(あお)い雲を見ていた。右へ行く路が、左へまちがっていたからと云っても、「馬鹿だねえ」と云う一言ですむではありませんか。私は自分の淋しい影を見ていると、小学生時代に、自分の影を見ては空を見ると、その影が、空にもうつっていたあの不思議な世界のあった頃を思い出してくるのだ。青くて高い空を私はいつまでも見上げていた。子供のように涙が湧(わ)きあふれて来て、私は地べたへしゃがんでしまうと、カイロの水売りのような郷愁の唄をうたいたくなった。

 ああ全世界はお父さんとお母さんでいっぱいなのだ。お父さんとお母さんの愛情が、唯一のものであると云う事を、私は生活にかまけて忘れておりました。白い前垂を掛けたまま、竹藪や、小川や洋館の横を通って、だらだらと丘を降りると、蒸汽船のような工場の音がしていた。ああ尾道(おのみち)の海! 私は海近いような錯覚をおこして、子供のように丘をかけ降りて行った。そこは交番の横の工場のモーターが唸(うな)っているきりで、がらんとした原っぱだった。三宿(みしゅく)の停留場に、しばらく私は電車に乗る人か何かのように立ってはいたけれど、お腹(なか)がすいてめがまいそうだった。
「貴女! 随分さっきから立っていらっしゃいますが、何か心配ごとでもあるのではありませんか。」

 今さきから、じろじろ私を見ていた二人の老婆が、馴々しく近よって来ると私の身体(からだ)をじろじろ眺めている。笑いながら涙をふりほどいている私を連れて、この親切なお婆さんは、ゆるゆる歩きだしながら信仰の強さで足の曲った人が歩けるようになったことだとか、悩みある人が、神の子として、元気に生活に楽しさを感じるようになったとか、色々と天理教の話をしてくれるのであった。

 川添いのその天理教の本部は、いかにも涼しそうに庭に水が打ってあって、楓(かえで)の青葉が、爽かに塀(へい)の外にふきこぼれていた。二人の婆さんは広い神前に額(ぬか)ずくと、やがて両手を拡げて、異様な踊を始めだした。
「お国はどちらでいらっしゃいますか?」

 白い着物を着た中年の神主が、私にアンパンと茶をすすめながら、私の侘しい姿を見てたずねた。
「別に国と云って定まったところはありませんけれど、原籍は鹿児島県東桜島です。」
「ホウ……随分遠いんですなあ……」

 私はもうたまらなくなって、うまそうなアンパンを一つ摘(つま)んで食べた。一口噛(か)むと案外固くって粉がボロボロ膝にこぼれ落ちている。――何もない。何も考える必要はない。私はつと立って神前に額ずくと、そのまま下駄をはいて表へ出てしまった。パン屑(くず)が虫歯の洞穴の中で、ドンドンむれていってもいい。只口に味覚があればいいのだ。――家の前へ行くと、あの男と同じように固く玄関は口をつぐんでいる。私は壺井さんの家へ行くと、ゆっくりと足を投げ出してそこへ寝かしてもらった。
「お宅に少しばかりお米はありませんか?」

 人のいい壺井さんの細君も、自分達の生活にへこたれてしまっているのか、私のそばに横になると、一握の米を茶碗に入れたのを持ってきて、生きる事が厭(いや)になってしまったわと云う話におちてしまっている。
「たい子さんとこは、信州から米が来たって云っていたから、あそこへ行って見ましょうか。」
「そりゃあ、ええなあ……」

 そばにいた伝治さんの細君は、両手を打って子供のように喜んでいる。ほんとうに素直な人だ。

(六月×日)

 久し振りに東京へ出て行った。新潮社で加藤武雄さんに会う。文章倶楽部(クラブ)の詩の稿料を六円戴く。いつも目をつぶって通る神楽坂(かぐらざか)も、今日は素敵に楽しい街になって、店の一ツ一ツを私は愉しみに覗いて通った。
隣人とか

肉親とか

恋人とか

それが何であろう

生活の中の食うと云う事が満足でなかったら

描いた愛らしい花はしぼんでしまう

快活に働きたいと思っても

悪口雑言の中に

私はいじらしい程小さくしゃがんでいる。

両手を高くさしあげてもみるが

こんなにも可愛い女を裏切って行く人間ばかりなのか

いつまでも人形を抱いて沈黙(だま)っている私ではない

お腹がすいても

職がなくっても

ウオオ! と叫んではならないのですよ

幸福な方が眉をおひそめになる。

血をふいて悶死(もんし)したって

ビクともする大地ではないのです

陳列箱に

ふかしたてのパンがあるけれど

私の知らない世間は何とまあ

ピヤノのように軽やかに美しいのでしょう。

そこで初めて

神様コンチクショウと呶鳴りたくなります。


 長いあいだ電車にゆられていると、私は又何の慰めもない家へ帰らなければならないのがつまらなくなってきた。詩を書く事がたった一つのよき慰めなり。夜、飯田さんとたい子さんが唄いながら遊びに見えた。
俺んとこの

あの美しい

ケッコ ケッコ鳴くのが

ほしんだろう……。


 二人はそんな唄をうたっている。

 壺井さんのとこで、青い豆御飯を貰った。

(六月×日)

 今夜は太子堂のおまつりで、家の縁側から、前の広場の相撲場がよく見えるので、皆背のびをして集まって見る。「西! 前田河ア」と云う行司の呼び声に、縁側へ爪先立っていた私たちはドッと吹き出して哄笑した。知った人の名前なんかが呼ばれるととてもおかしくて堪(たま)らない。貧乏をしていると、皆友情以上に、自分をさらけ出して一つになってしまうものとみえる。みんなはよく話をした。怪談なんかに話が飛ぶと、たい子さんも千葉の海岸で見た人魂(ひとだま)の話をした。この人は山国の生れなのか非常に美しい肌をもっている。やっぱり男に苦労をしている人なり。夜更け一時過ぎまで花弄(はなあそび)をする。

(六月×日)

 萩原さんが遊びにみえる。

 酒は呑みたし金はなしで、敷蒲団を一枚屑屋に一円五十銭で売って焼酎(しょうちゅう)を買うなり。お米が足りなかったのでうどんの玉を買ってみんなで食べた。
平手もて

吹雪にぬれし顔を拭く

友共産を主義とせりけり。

酒呑めば鬼のごとくに青かりし

大いなる顔よ

かなしき顔よ。


 ああ若い私達よ、いいじゃありませんか、いいじゃないか、唄を知らない人達は、啄木を高唱してうどんをつつき焼酎を呑んでいる。その夜、萩原さんを皆と一緒におくって行って、夫が帰って来ると蚊帳がないので私達は部屋を締め切って蚊取り線香をつけて寝につくと、
「オーイ起きろ起きろ!」と大勢の足音がして、麦ふみのように地ひびきが頭にひびく。
「寝たふりをするなよオ……」
「起きているんだろう。」
「起きないと火をつけるぞ!」
「オイ! 大根を抜いて来たんだよ、うまいよ、起きないかい……」

 飯田さんと萩原さんの声が入りまじって聞えている。私は笑いながら沈黙っていた。

(七月×日)

 朝、寝床の中ですばらしい新聞を読んだ。

 本野(もとの)子爵夫人が、不良少年少女の救済をされると云うので、円満な写真が大きく新聞に載っていた。ああこんな人にでもすがってみたならば、何とか、どうにか、自分の行く道が開けはしないかしら、私も少しは不良じみているし、まだ二十三だもの、私は元気を出して飛びおきると、新聞に載っている本野夫人の住所を切り抜いて麻布(あざぶ)のそのお邸へ出掛けて行ってみた。

 折目がついていても浴衣は浴衣なのだ。私は浴衣を着て、空想で胸をいっぱいふくらませて歩いている。
「パンをおつくりになる、あの林さんでいらっしゃいましょうか?」

 女中さんがそんな事を私にきいた。どういたしまして、パンを戴きに上りました林ですと心につぶやきながら、
「一寸(ちょっと)お目にかかりたいと思いまして……」と云ってみる。
「そうですか、今愛国婦人会の方へ行っていらっしゃいますけれど、すぐお帰りですから。」

 女中さんに案内をされて、六角のように突き出た窓ぎわのソファに私は腰をかけて、美しい幽雅な庭に見いっていた。青いカーテンを透かして、風までがすずやかにふくらんではいって来る。
「どう云う御用で……」

 やがてずんぐりした夫人は、蝉(せみ)のように薄い黒羽織を着て応接間にはいって来た。
「あのお先きにお風呂をお召しになりませんか……」

 女中が夫人にたずねている。私は不良少女だと云う事が厭(いや)になってきて、夫が肺病で困っていますから少し不良少年少女をお助けになるおあまりを戴きたいと云ってみた。
「新聞で何か書いたようでしたが、ほんのそう云う事業に手助けをしているきりで、お困りのようでしたら、九段の婦人会の方へでもいらっして、仕事をなさってはいかがですか……」

 私は程よく埃(ほこり)のように外に出されてしまったけれど、――彼女が眉をさかだててなぜあの様な者を上へ上げましたと、いまごろは女中を叱っているであろう事をおもい浮べて、ツバキをひっかけてやりたいような気持ちだった。ヘエー何が慈善だよ、何が公共事業だよだ。夕方になると、朝から何も食べていない二人は、暗い部屋にうずくまって当(あて)のない原稿を書いた。
「ねえ、洋食を食べない?」
「ヘエ?」
「カレーライス、カツライス、それともビフテキ?」
「金があるのかい?」
「うん、だって背に腹はかえられないでしょう、だから晩に洋食を取れば、明日の朝までは金を取りにこないでしょう。」

 洋食をとって、初めて肉の匂いをかぎ、ずるずるした油をなめていると、めまいがしそうに嬉しくなってくる。一口位は残しておかなくちゃ変よ。腹が少し豊かになると、生きかえったように私達は私達の思想に青い芽を萌(も)やす。全く鼠も出ない有様なのだから仕方もない――。

 私は蜜柑(みかん)箱の机に凭(もた)れて童話のようなものをかき始める。外は雨の音なり。玉川の方で、絶え間なく鉄砲を打つ音がしている。深夜だと云うのに、元気のいい事だ。だが、いつまでこんな虫みたいな生活が続くのだろうか、うつむいて子供の無邪気な物語を書いていると、つい目頭が熱くなって来るのだ。

 イビツな男とニンシキフソクの女では、一生たったとて白い御飯が食えそうにもありません。

        *

(七月×日)

 胸に凍(しみ)るような侘(わび)しさだ。夕方、頭の禿(は)げた男の云う事には、「俺はこれから女郎買いに行くのだが、でもお前さんが好きになったよ、どうだい?」私は白いエプロンをくしゃくしゃに円めて、涙を口にくくんでいた。
「お母アさん! お母アさん!」

 何もかも厭になってしまって、二階の女給部屋の隅に寝ころんでいる。鼠が群をなして走っている。暗さが眼に馴れてくると、雑然と風呂敷包みが石塊のように四囲に転がっていて、寝巻や帯が、海草のように壁に乱れていた。煮えくり返るようなそうぞうしい階下の雑音の上に、おばけでも出て来そうに、女給部屋は淋しいのだ。ドクドクと流れ落ちる涙と、ガスのように抜けて行く悲しみの氾濫(はんらん)、何か正しい生活にありつきたいと思うなり。そうして落ちついて本を読みたいものだ。
しゅうねく強く

家の貧苦、酒の癖、遊怠(あそび)の癖、

みなそれだ。

ああ、ああ、ああ

切りつけろそれらに

とんでのけろ、はねとばせ

私が何べん叫びよばった事か、苦しい、

血を吐くように芸術を吐き出して狂人のように踊りよろこぼう。


 槐多(かいた)はかくも叫びつづけている。こんなうらぶれた思いの日、チエホフよ、アルツイバアセフよ、シュニッツラア、私の心の古里を読みたいものだと思う。働くと云う事を辛いと思った事は一度もないけれど、今日こそ安息がほしいと思う。だが今はみんなお伽話(とぎばなし)のようなことだ。

 薄暗い部屋の中に、私は直哉(なおや)の「和解」を思い出していた。こんなカフエーの雑音に巻かれていると、日記をつける事さえおっくうになって来ている。――まず雀が鳴いているところ、朗かな朝陽が長閑(のどか)に光っているところ、陽にあたって青葉の音が色が雨のように薫じているところ、槐多ではないけれど、狂人のように、一人居の住居が恋しくなりました。

 十方空(むな)しく御座候だ。暗いので、私は只じっと眼をとじているなり。
「オイ! ゆみちゃんはどこへ行ったんだい?」

 階下でお上さんが呼んでいる。
「ゆみちゃん居るの? お上さんが呼んでてよ。」
「歯が痛いから寝てるって云って下さい。」

 八重ちゃんが乱暴に階下へ降りて行くと、漠々とした当のない痛い気持ちが、いっそ死んでしもうたならと唄い出したくなっている。メフィストフェレスがそろそろ踊り出して来たぞ! 昔おえらいルナチャルスキイとなん申します方が、――生活とは何ぞや? 生ける有機体とは何ぞや? と云っている。ルナチャルスキイならずとも、生活とは何ぞや? 生ける有機体とは何ぞやである。落ちたるマグダラのマリヤよ、自己保存の能力を叩きこわしてしまうのだ。私は頭の下に両手を入れると、死ぬる空想をしていた。毒薬を呑む空想をした。「お女郎を買いに行くより、お前が好きになった。」何と人生とはくだらなく朗かである事だろう。どうせ故郷もない私、だが一人の母のことを考えると切なくなって来る。泥棒になってしまおうかしら、女馬賊になってしまおうかしら……。別れた男の顔が、熱い瞼(まぶた)に押して来る。
「オイ! ゆみちゃん、ひとが足りない事はよく知ってんだろう、少々位は我慢して階下へ降りて働いておくれよ。」

 お上さんが、声を尖(とが)らせて梯子(はしご)段を上って来た。ああ何もかも一切合財が煙だ砂だ泥だ。私はエプロンの紐(ひも)を締めなおすと、陽気に唄を唄いながら、海底のような階下の雑沓(ざっとう)の中へ降りて行った。

(七月×日)

 朝から雨なり。

 造ったばかりのコートを貸してやった女は、とうとう帰って来なかった。一夜の足留りと、コートを借りて、蛾(が)のように女は他の足留りへ行ってしまった。
「あんたは人がいいのよ、昔から人を見れば泥棒と思えって言葉があるじゃないの。」

 八重ちゃんが白いくるぶしを掻(か)きながら私を嘲笑(あざわら)っている。
「ヘエ! そんな言葉があったのかね。じゃ私も八重ちゃんの洋傘でも盗んで逃げて行こうかしら。」

 私がこんなことを云うと、寝ころんでいた由ちゃんが、
「世の中が泥棒ばかりだったら痛快だわ……」と云っている。由ちゃんは十九で、サガレンで生れたのだと白い肌が自慢だった。八重ちゃんが肌を抜いでいる栗色の皮膚に、窓ガラスの青い雨の影が、細かく写っている。
「人間ってつまらないわね。」
「でも、木の方がよっぽどつまらないわ。」
「火事が来たって、大水が来たって、木だったら逃げられないわよ……」
「馬鹿ね!」
「ふふふふ誰だって馬鹿じゃないの――」

 女達のおしゃべりは夏の青空のように朗かである。ああ私も鳥か何かに生れて来るとよかった。電気をつけて、みんなで阿弥陀(あみだ)を引いた。私は四銭。女達はアスパラガスのように、ドロドロと白粉(おしろい)をつけかけたまま皆だらしなく寝そべって蜜豆(みつまめ)を食べている。雨がカラリと晴れて、窓から涼しい風が吹きこんでくる。
「ゆみちゃん、あんたいい人があるんじゃない? 私そう睨(にら)んだわ。」
「あったんだけれど遠くへ行っちゃったのよ。」
「素敵ね!」
「あら、なぜ?」
「私は別れたくっても、別れてくんないんですもの。」

 八重ちゃんは空になったスプーンを嘗(な)めながら、今の男と別れたいわと云っている。どんな男のひとと一緒になってみても同じ事だろうと私が云うと、
「そんな筈ないわ、石鹸(せっけん)だって、十銭のと五十銭のじゃ随分品が違ってよ。」と云うなり。

 夜。酒を呑む。酒に溺(おぼ)れる。もらいは二円四十銭、アリガタヤ、カタジケナヤ。

(七月×日)

 心が留守になっているとつまずきが多いものだ。激しい雨の中を、私の自動車は八王子街道を走っている。

 もっと早く!

 もっと早く!

 たまに自動車に乗るといい気持ちなり。雨の町に燈火がつきそめている。
「どこへ行く?」
「どこだっていいわ、ガソリンが切れるまで走ってよ。」

 運転台の松さんの頭が少し禿げかけている。若禿げかしら。――午後からの公休日を所在なく消していると、自分で車を持っている運転手の松さんが、自動車に乗せてやろうと云ってくれる。田無(たなし)と云う処まで来ると、赤土へ自動車がこね上ってしまって、雨の降る櫟(くぬぎ)林の小道に、自動車はピタリと止ってしまった。遠くの、眉程の山裾に、灯がついているきりで、ざんざ降りの雨にまじって、地鳴りのように雷鳴がして稲妻が光りだした。雷が鳴るとせいせいしていい気持ちだけれど、シボレーの古自動車なので、雨がガラス窓に叩かれるたび、霧のようなしぶきが車室にはいってくる。そのたそがれた櫟の小道を、自動車が一台通ったきりで、雨の怒号と、雷と稲妻。
「こんな雨じゃア道へ出る事も出来ないわね。」

 松つぁんは沈黙って煙草を吸っている。こんな善良そうな男に、芝居もどきのコンタンはあり得ない。雨は冷たくていい気持ちだった。雷も雨も破れるような響きをしている。自動車は雨に打たれたまま夜の櫟林にとまってしまった。

 私は何かせっぱつまったものを感じた。機械油くさい松さんの菜っぱ服をみていると、私はおかしくもない笑いがこみ上げて来て仕方がない。十七八の娘ではないもの。私は逃げる道なんか上手に心得ている。

 私がつくろって言った事は、「あんたは、まだ私を愛してるとも云わないじゃないの……暴力で来る愛情なんて、私は大嫌いよ。私が可愛かったら、もっとおとなしくならなくちゃア厭!」

 私は男の腕に狼(おおかみ)のような歯形を当てた。涙に胸がむせた。負けてなるものか。雨の夜がしらみかけた頃、男は汚れたままの顔をゆるめて眠っている。

 遠くで青空(れいめい)をつげる鶏の声がしている。朗かな夏の朝なり。昨夜の汚ない男の情熱なんかケロリとしたように、風が絹のように音をたてて流れてくる。この男があの人だったら……コッケイな男の顔を自動車に振り捨てたまま、私は泥んこの道に降り歩いた。紙一重の昨夜のつかれに、腫(は)れぼったい瞼を風に吹かせて、久し振りに私は晴々と郊外の路を歩いていた。――私はケイベツすべき女でございます! 荒(すさ)みきった私だと思う。走って櫟林を抜けると、ふと松さんがいじらしく気の毒に思えてくる。疲れて子供のように自動車に寝ている松さんの事を考えると、走って帰っておこしてあげようかとも思う。でも恥かしがるかもしれない。私は松さんが落ちついて、運転台で煙草を吸っていた事を考えると、やっぱり厭な男に思え、ああよかったと晴々するなり。誰か、私をいとしがってくれる人はないものかしら……遠くへ去った男が思い出されたけれども、ああ七月の空に流離の雲が流れている。あれは私の姿だ。野花を摘み摘み、プロヴァンスの唄でもうたいましょう。

(八月×日)

 女給達に手紙を書いてやる。

 秋田から来たばかりの、おみきさんが鉛筆を嘗めながら眠りこんでいる。酒場ではお上さんが、一本のキング・オブ・キングスを清水で七本に利殖しているのだ。埃と、むし暑さ、氷を沢山呑むと、髪の毛が抜けると云うけれど、氷を飲まない由ちゃんも、冷蔵庫から氷の塊を盗んで来ては、一人でハリハリ噛んでいる。
「一寸! ラヴレーターって、どんな書出しがいいの……」

 八重ちゃんが真黒な眼をクルクルさせて赤い唇を鳴らしている。秋田とサガレンと、鹿児島と千葉の田舎女達が、店のテーブルを囲んで、遠い古里に手紙を書いているのだ。

 今日は街に出てメリンスの帯を一本買うなり。一円二銭――八尺求める――。何か落ちつける職業はないものかと、新聞の案内欄を見てみるけれどいい処もない。いつもの医専の学生の群がはいって来る。ハツラツとした男の体臭が汐(しお)のように部屋に流れて来て、学生好きの、八重ちゃんは、書きかけのラヴレーターをしまって、両手で乳をおさえてしなをつくっている。

 二階では由ちゃんが、サガレン時代の業(ごう)だと云って、私に見られたはずかしさに、プンプン匂う薬をしまってゴロリと寝ころんでいた。
「世の中は面白くないね。」
「ちっともね……」

 私はお由さんの白い肌を見ていると、妙に悩ましい気持ちだった。
「私は、これでも子供を二人も産んだのよ。」

 お由さんはハルピンのホテルの地下室で生れたのを振り出しに、色んなところを歩いて来たらしい。子供は朝鮮のお母さんにあずけて、新らしい男と東京へ流れて来ると、お由さんはおきまりの男を養うためのカフエー生活だそうだ。
「着物が一二枚出来たら、銀座へ乗り出そうかしらと思っているのよ。」
「こんなこと、いつまでもやる仕事じゃないわね、体がチャチになってよ。」

 春夫の東窓残月の記を読んでいると、何だか、何もかも夢のようにと一言眼を射た優しい柔かい言葉があった。何もかも夢のように……、落ちついてみたいものなり。キハツで紫の衿(えり)をふきながら、「ゆみちゃん! どこへ行ってもたよりは頂戴ね。」と、由ちゃんが涙っぽく私へこんなことを云っている。何でもかでも夢のようにね……。
「そんなほん面白いの。」
「うん、ちっとも。」
「いいほんじゃないの……私高橋おでんの小説読んだわ。」
「こんなほんなんか、自分が憂鬱になるきりよ。」

(八月×日)

 よそへ行って外のカフエーでも探してみようかと思う日もある。まるでアヘンでも吸っているように、ずるずるとこの仕事に溺れて行く事が悲しい。毎日雨が降っている。

 ――ここに吾等は芸術の二ツの道、二ツの理解を見出す。人間が如何(いか)なる道によって進むか。夢想! 美の小さなオアシスの探求の道によってか、それとも能動的に創造の道によってかは、勿論(もちろん)、一部分理想の高さに関係する。理想が低ければ低いほど、それだけ人間は実際的であり、この理想と現実との間の深淵(しんえん)が彼にはより少く絶望的に思われる。けれども主として、それは人間の力の分量に、エネルギイの蓄積に、彼の有機体が処理しつつある栄養の緊張力に関係する。緊張せる生活はその自然的な補いとして創造、争闘の緊張、翹望(ぎょうぼう)を持つ――女達が風呂に出はらった後の昼間の女給部屋で、ルナチャルスキイの「実証美学の基礎」を読んでいると、こんな事が書いてあった。――ああどうにも動きのとれない今の生活と、感情の落ちつきなさが、私を苦しめるなり。私は暗くなってしまう。勉強をしたいと思うあとから、とてつもなくだらしのない不道徳な野性が、私の体中を駈(はし)りまわっている。みきわめのつかない生活、死ぬるか生きるかの二ツの道……。夜になれば、白人国に買われた土人のような淋しさで埓(らち)もない唄をうたっている。メリンスの着物は汗で裾にまきつくと、すぐピリッと破けてしまう。実もフタもないこの暑さでは、涼しくなるまで、何もかもおあずけで生きているより仕方もない。

 何の条件もなく、一カ月三十円もくれる人があったら、私は満々としたいい生活が出来るだろうと思う。

        *

(十月×日)

 一尺四方の四角な天窓を眺めて、初めて紫色に澄んだ空を見たのだ。秋が来た。コック部屋で御飯を食べながら、私は遠い田舎の秋をどんなにか恋しく懐しく思った。秋はいいな。今日も一人の女が来ている。マシマロのように白っぽい一寸面白そうな女なり。ああ厭になってしまう、なぜか人が恋しい。――どの客の顔も一つの商品に見えて、どの客の顔も疲れている。なんでもいい私は雑誌を読む真似をして、じっと色んな事を考えていた。やり切れない。なんとかしなくては、全く自分で自分を朽ちさせてしまうようなものだ。

(十月×日)

 広い食堂(ホール)の中を片づけてしまって初めて自分の体になったような気がした。真実(ほんとう)にどうにかしなければならぬ。それは毎日毎晩思いながら、考えながら、部屋に帰るのだけれども、一日中立ってばかりいるので、疲れて夢も見ずにすぐ寝てしまうのだ。淋しい。ほんとにつまらない。住み込みは辛いと思う。その内、通いにするように部屋を探したいと思うけれども何分出る事も出来ない。夜、寝てしまうのがおしくて、暗い部屋の中でじっと眼を開けていると、溝(どぶ)の処だろう虫が鳴いている。

 冷たい涙が腑甲斐(ふがい)なく流れて、泣くまいと思ってもせぐりあげる涙をどうする事も出来ない。何とかしなくてはと思いながら、古い蚊帳の中に、樺太(からふと)の女や、金沢の女達と三人枕を並べているのが、私には何だか小店に曝(さら)された茄子(なす)のようで侘しかった。
「虫が鳴いてるわよ。」そっと私が隣のお秋さんにつぶやくと、「ほんとにこんな晩は酒でも呑んで寝たいわね。」とお秋さんが云う。

 梯子段の下に枕をしていたお俊さんまでが、「へん、あの人でも思い出したかい……」と云った。――皆淋しいお山の閑古鳥(かんこどり)だ。うすら寒い秋の風が蚊帳の裾を吹いた。十二時だ。

(十月×日)

 少しばかりのお小遣いが貯(たま)ったので、久し振りに日本髪に結ってみる。日本髪はいいな。キリリと元結を締めてもらうと眉毛が引きしまって。たっぷりと水を含ませた鬢出(びんだ)しで前髪をかき上げると、ふっさりと前髪は額に垂れて、違った人のように私も美しくなっている。鏡に色目をつかったって、鏡が惚(ほ)れてくれるばかり。こんなに綺麗に髪が結えた日には、何処(どこ)かへ行きたいと思う。汽車に乗って遠くへ遠くへ行ってみたいと思う。

 隣の本屋で銀貨を一円札に替えてもらって田舎へ出す手紙の中に入れておいた。喜ぶだろうと思う。手紙の中からお札が出て来る事は私でも嬉しいもの。

 ドラ焼を買って皆と食べた。

 今日はひどい嵐なり。雨がとてもよく降っている。こんな日は淋しい。足が石のように固く冷える。

(十月×日)

 静かな晩だ。
「お前どこだね国は?」

 金庫の前に寝ている年取った主人が、この間来た俊ちゃんに話しかけていた。寝ながら他人の話を聞くのも面白いものだ。
「私でしか……樺太です。豊原(とよはら)って御存知でしか?」
「へえ、樺太から? お前一人で来たのかね?」
「ええ……」
「あれまあ、お前はきつい女だねえ。」
「長い事、函館の青柳町にもいた事があります。」
「いい所に居たんだね、俺も北海道だよ。」
「そうでしょうと思いました。言葉にあちらの訛(なまり)がありますもの。」

 啄木の歌を思い出して私は俊ちゃんが好きになった。
函館の青柳町こそ悲しけれ

友の恋歌

矢車の花。


 いい歌だと思う。生きている事も愉しいではありませんか。真実(ほんとう)に何だか人生も楽しいもののように思えて来た。皆いい人達ばかりである。初秋だ、うすら冷たい風が吹いている。侘しいなりにも何だか生きたい情熱が燃えて来るなり。

(十月×日)

 お母さんが例のリュウマチで、体具合が悪いと云って来た。もらいがちっとも無い。

 客の切れ間に童話を書いた。題「魚になった子供の話」十一枚。何とかして国へ送ってあげよう。老いて金もなく頼る者もない事は、どんなに悲惨な事だろう。可哀想なお母さん、ちっとも金を無心して下さらないので余計どうしていらっしゃるかと心配しています。

 と思う。
「その内お前さん、俺んとこへ遊びに行かないか、田舎はいいよ。」

 三年もこの家で女給をしているお計ちゃんが男のような口のききかたで私をさそってくれた。
「ええ……行きますとも、何時(いつ)でも泊めてくれて?」

 私はそれまで少し金を貯めようと思う。こんな処の女達の方がよっぽど親切で思いやりがあるのだ。
「私はねえ、もう愛だの恋だの、貴郎(あなた)に惚れました、一生捨てないでねなんて馬鹿らしい事は真平だよ。こんな世の中でお前さん、そんな約束なんて何もなりはしないよ。私をこんなにした男はねえ、代議士なんてやってるけれど、私に子供を生ませるとぷいさ。私達が私生児を生めば皆そいつがモダンガールだよ、いい面の皮さ……馬鹿馬鹿しい浮世じゃないの? 今の世は真心なんてものは薬にしたくもないのよ。私がこうして三年もこんな仕事をしてるのは、私の子供が可愛いからなのさ……」

 お計さんの話を聞いていると、焦々した気持ちが、急に明るくなってくる。素敵にいい人だ。

(十月×日)

 ガラス窓を眺めていると、雨が電車のように過ぎて行った。今日は少しかせいだ。俊ちゃんは不景気だってこぼしている。でも扇風器の台に腰を掛けて、憂鬱そうに身の上話をしていたが、正直な人と思った。浅草の大きなカフエーに居て、友達にいじめられて出て来たんたけれど、浅草の占師に見てもらったら、神田の小川町あたりがいいって云ったので来たのだと云っていた。

 お計さんが、「おい、ここは錦町になってるんだよ。」と云ったら、「あらそうかしら……」とつまらなそうな顔をしていた。この家では一番美しくて、一番正直で、一番面白い話を持っていた。

(十月×日)

 仕事を終ってから湯にはいるとせいせいする気持ちだ。広い食堂を片づけている間に、コックや皿洗い達が洗湯をつかって、二階の広座敷へ寝てしまうと、私達はいつまでも風呂を楽しむ事が出来た。湯につかっていると、朝から一寸も腰掛けられない私達は、皆疲れているのでうっとりとしてしまう。秋ちゃんが唄い出すと、私は茣蓙(ござ)の上にゴロリと寝そべって、皆が湯から上ってしまうまで、聞きとれているのだ。――貴方一人に身も世も捨てた、私しゃ初恋しぼんだ花よ。――何だか真実(ほんとう)に可愛がってくれる人が欲しくなった。だけど、男の人は嘘つきが多いな。金を貯めて呑気な旅でもしましょう。

 この秋ちゃんについては面白い話がある。

 秋ちゃんは大変言葉が美しいので、昼間の三十銭の定食組の大学生達は、マーガレットのように秋ちゃんをカンゲイした。秋ちゃんは十九で処女で大学生が好きなのだ。私は皆の後から秋ちゃんのたくみに動く眼を見ていたけれど、眼の縁の黒ずんだ、そして生活に疲れた衿首の皺(しわ)を見ていると、けっして十九の女の持つ若さではないと思える。

 その来た晩に、皆で風呂にはいる時だった、秋ちゃんは侘しそうにしょんぼり廊下の隅に何時までも立っていた。
「おい! 秋ちゃん、風呂へはいって汗を流さないと体がくさってしまうよ。」

 お計さんは歯ブラシを使いながら大声で呼びたてると、やがて秋ちゃんは手拭で胸を隠しながら、そっと二坪ばかりの風呂へはいって来た。
「お前さんは、赤ん坊を生んだ事があるんだろう?」お計ちゃんがそんな事を訊(き)いている。

 庭は一面に真白だ!

 お前忘れやしないだろうね。ルューバ? ほら、あの長い並木道が、まるで延ばした帯皮のように、何処までも真直ぐに長く続いて、月夜の晩にはキラキラ光る。

 お前覚えているだろう? 忘れやしないだろう?

 …………

 そうだよ。この桜の園まで借金のかたに売られてしまうのだからね、どうも不思議だと云って見た処で仕方がない……。と、桜の園のガーエフの独白を、別れたあのひとはよく云っていたものだ。私は何だか塩っぽい追憶に耽(ふけ)っていて、歪(ゆが)んだガラス窓の大きい月を見ていた。お計さんが甲高い声で何か云っていた。
「ええ私ね、二ツになる男の子があるのよ。」

 秋ちゃんは何のためらいもなく、乳房を開いて勢いよく湯煙をあげて風呂へはいった。
「うふ、私、処女よもおかしなものさね。私しゃお前さんが来た時から睨んでいたのよ。だがお前さんだって何か悲しい事情があって来たんだろうに、亭主はどうしたの。」
「肺が悪くて、赤ん坊と家にいるのよ。」

 不幸な女が、あそこにもここにもうろうろしている。
「あら! 私も子供を持った事があるのよ。」

 肥ってモデルのようにしなしなした手足を洗っていた俊ちゃんがトンキョウに叫んだ。
「私のは三月目でおろしてしまったのよ。だって癪(しゃく)にさわるったらないの。私は豊原の町中でも誰も知らない者がないほど華美な暮しをしていたのよ。私がお嫁に行った家は地主だったけど、とてもひらけていて、私にピヤノをならわせてくれたのよ。ピヤノの教師っても東京から流れて来たピヤノ弾き。そいつにすっかり欺(だま)されてしまって、私子供を孕(はら)んでしまったの。そいつの子供だってことは、ちゃんと判っていたから云ってやったわ。そしたら、そいつの言い分がいいじゃないの――旦那さんの子にしときなさい――だってさ、だから私口惜(くや)しくて、そんな奴の子供なんか産んじゃ大変だと思って辛子(からし)を茶碗一杯といて呑んだわよふふふ、どこまで逃げたって追っかけて行って、人の前でツバを引っかけてやるつもりよ。」
「まあ……」
「えらいね、あんたは……」

 仲間らしい讃辞がしばし止(や)まなかった。お計さんは飛び上って風呂水を何度も何度も、俊ちゃんの背中にかけてやっていた。私は息づまるような切なさで感心している。弱い私、弱い私……私はツバを引っかけてやるべき裏切った男の頭を考えていた。お話にならない大馬鹿者は私だ! 人のいいって云う事が何の気安めになるだろうか――。

(十月×日)

 偶(ふ)と目を覚ますと、俊ちゃんはもう支度をしていた。
「寝すぎたよ、早くしないと駄目だわよ。」

 湯殿に二人の荷物を運ぶと、私はホッとしたのだ。博多帯を音のしないように締めて、髪をつくろうと、私は二人分の下駄を店の土間からもって来た。朝の七時だと云うのに、料理場は鼠がチロチロしていて、人のいい主人の鼾(いびき)も平らだ。お計さんは子供の病気で昨夜千葉へ帰って留守だった。――私達は学生や定食の客ばかりではどうする事も出来なかった。止めたい止めたいと俊ちゃんと二人でひそひそ語りあったものの、みすみす忙がしい昼間の学生連と、少い女給の事を思うと、やっぱり弱気の二人は我慢しなければならなかったのだ。金が這入(はい)らなくて道楽にこんな仕事も出来ない私達は、逃げるより外に方法もない。朝の誰もいない広々とした食堂の中は恐ろしく深閑としていて、食堂のセメントの池には、赤い金魚が泳いでいる。部屋には灰色に汚れた空気がよどんでいた。路地口の窓を開けて、俊ちゃんは男のようにピョイと地面へ飛び降りると、湯殿の高窓から降した信玄袋を取りに行った。私は二三冊の本と化粧道具を包んだ小さな包みきりだった。
「まあこんなにあるの……」

 俊ちゃんはお上りさんのような恰好で、蛇の目の傘と空色のパラソルを持ってくる。それに樽(たる)のような信玄袋を持っていて、これはまるで切実な一つの漫画のようだった。小川町の停留所で四五台の電車を待ったけれど、登校時間だったせいか来る電車はどれも学生で満員だった。往来の人に笑われながら、朝のすがすがしい光りをあびていると顔も洗わない昨夜からの私達は、薄汚く見えただろう。たまりかねて、私達二人はそばやに飛び込むと初めてつっぱった足を延ばした。そば屋の出前持ちの親切で、円タクを一台頼んでもらうと、二人は約束しておいた新宿の八百屋の二階へ越して行った。自動車に乗っていると、全く生きる事に自信が持てなかった。ぺしゃんこに疲れ果ててしまって、水がやけに飲みたかった。
「大丈夫よ! あんな家なんか出て来た方がいいのよ。自分の意志通りに動けば私は後悔なんてしない事よ。」
「元気を出して働くわねえ。あんたは一生懸命勉強するといいわ……」

 私は目を伏せていると、涙があふれて仕方がなかった。たとえ俊ちゃんの言った事が、センチメンタルな少女らしい夢のようなことであったとしても、今のたよりない身には只わけもなく嬉しかった。ああ! 国へ帰りましょう。……お母さんの胸の中へ走って帰りましょう……自動車の窓から朝の健康な青空を見上げた。走って行く屋根を見ていた。鉄色にさびた街路樹の梢(こずえ)に雀の飛んでいるのを私は見ていた。
うらぶれて異土のかたいとなろうとも

古里は遠きにありて思うもの……


 かつてこんな詩を何かで読んで感心した事があった。

(十月×日)

 秋風が吹くようになった。俊ちゃんは先の御亭主に連れられて樺太に帰ってしまった。
「寒くなるから……」と云って、八端(はったん)のドテラをかたみに置いて俊ちゃんは東京をたってしまった。私は朝から何も食べない。童話や詩を三ツ四ツ売ってみた所で白い御飯が一カ月のどへ通るわけでもなかった。お腹がすくと一緒に、頭がモウロウとして来て、私は私の思想にもカビを生やしてしまうのだ。ああ私の頭にはプロレタリアもブルジュアもない。たった一握りの白い握り飯が食べたいのだ。
「飯を食わせて下さい。」

 眉をひそめる人達の事を思うと、いっそ荒海のはげしいただなかへ身を投げましょうか。夕方になると、世俗の一切を集めて茶碗のカチカチと云う音が階下から聞えて来る。グウグウ鳴る腹の音を聞くと、私は子供のように悲しくなって来て、遠く明るい廓(くるわ)の女達がふっと羨(うらや)ましくなってきた。私はいま飢えているのだ。沢山の本も今はもう二三冊になってしまって、ビール箱には、善蔵の「子を連れて」だの、「労働者セイリョフ」、直哉の「和解」がささくれているきりなり。
「又、料理店でも行ってかせぐかな。」

 切なくあきらめてしまった私は、おきゃがりこぼしのだるまのように、変にフラフラした体を起して、歯ブラシや石鹸や手拭を袖に入れると、私は風の吹く夕べの街へ出て行った――。女給入用のビラの出ていそうなカフエーを次から次へ野良犬のように尋ねて、只食う為(た)めに、何よりもかによりも私の胃の腑(ふ)は何か固形物を欲しがっているのだ。ああどんなにしても私は食わなければならない。街中が美味(おい)しそうな食物で埋っているではないか! 明日は雨かも知れない。重たい風が飄々と吹く度に、興奮した私の鼻穴に、すがすがしい秋の果実店からあんなに芳烈な匂いがしてくる。

        *

(十月×日)

 焼栗の声がなつかしい頃になった。廓を流して行く焼栗屋のにぶい声を聞いていると、妙に淋しくなってしまって、暗い部屋の中に私は一人でじっと窓を見ている。私は小さい時から、冬になりかけるとよく歯が痛んだものだ。まだ母親に甘えている時は、畳にごろごろして泣き叫び、ビタビタと梅干を顔一杯塗って貰っては、しゃっくりをして泣いている私だった。だが、ようやく人生も半ば近くに達し、旅の空の、こうした侘しいカフエーの二階に、歯を病んで寝ていると、じき故郷の野や山や海や、別れた人達の顔を思い出してくる。

 水っぽい眼を向けてお話をする神様は、歪んだ窓外の飄々としたあのお月様ばかりだ……。
「まだ痛む?」

 そっと上って来たお君さんの大きいひさし髪が、月の光りで、くらく私の上におおいかぶさる。今朝から何も食べない私の鼻穴に、プンと海苔(のり)の香をただよわせて、お君さんは枕元に寿司皿を置いた。そして黙って、私の目を見ていた。優しい心づかいだと思う。わけもなく、涙がにじんできて、薄い蒲団の下から財布を出すと、君ちゃんは、「馬鹿ね!」と、厚紙でも叩くような軽い痛さで、お君さんは、ポンと私の手を打った。そして、蒲団の裾をジタジタとおさえて、そっと又、裏梯子を降りて行くのだ。ああなつかしい世界である。

(十月×日)

 風が吹いている。

 夜明近く水色の細い蛇が、スイスイと地を這(は)っている夢を見た。それにとき色の腰紐が結ばれていて、妙に起るときから胸さわぎがして仕方がない。素敵に楽しい事があるような気がする。朝の掃除がすんで、じっと鏡を見ていると、蒼(あお)くむくんだ顔は、生活に疲れ荒(す)さんで、私はああと長い溜息(ためいき)をついた。壁の中にでもはいってしまいたかった。今朝も泥のような味噌汁と残り飯かと思うと、支那そばでも食べたいなあと思う。私は何も塗らないぼんやりとした自分の顔を見ていると、急に焦々(いらいら)してきて、唇に紅々(あかあか)とべにを引いてみた。――あの人はどうしているかしら、切れ掛った鎖をそっと掴(つか)もうとしたけれども、お前達はやっぱり風景の中の並樹だよ……神経衰弱になったのか、何枚も皿を持つ事が恐ろしくなっている。

 のれん越しにすがすがしい三和土(たたき)の上の盛塩を見ていると、女学生の群に蹴飛(けと)ばされて、さっと散っては山がずるずるとひくくなって行っている。私がこの家に来て丁度二週間になる。もらいはかなりあるのだ。朋輩(ほうばい)が二人。お初ちゃんと言う女は、名のように初々しくて、銀杏返(いちょうがえし)のよく似合うほんとに可愛い娘だった。
「私は四谷で生れたのだけれど、十二の時、よその小父さんに連れられて、満洲(まんしゅう)にさらわれて行ったのよ。私芸者屋にじき売られたから、その小父さんの顔もじき忘れっちまったけれど……私そこの桃千代と云う娘と、広いつるつるした廊下を、よくすべりっこしたわ、まるで鏡みたいだったの。内地から芝居が来ると、毛布をかぶって、長靴をはいて見にいったのよ。土が凍ってしまうと下駄で歩けるの。だけどお風呂から上ると、鬢(びん)の毛がピンとして、とてもおかしいわよ。私六年ばかりいたけど、満洲の新聞社の人に連れて帰ってもらったの。」

 客が飲み食いして行った後の、こぼれた酒で、テーブルに字を書きながら、可愛らしいお初ちゃんは、重たい口で、こんな事を云った。もう一人私より一日早くはいったお君さんは背の高い母性的な、気立のいい女だった。廓の出口にあるこの店は、案外しっとり落ちついていて、私は二人の女達ともじき仲よくなれた。こんな処に働いている女達は、初めはどんなに意地悪くコチコチに用心しあっていても、仲よくなんぞなってくれなくっても、一度何かのはずみで真心を見せ合うと、他愛もなくすぐまいってしまって、十年の知己のように、姉妹以上になってしまうのだ。客が途絶えてくると、私達はよくかたつむりのようにまあるくなって話した。

(十一月×日)

 どんよりとした空である。君ちゃんとさしむかいで、じっとしていると、むかあしどこかでかいだ事のある花の匂いがする。夕方、電車通りの風呂から帰って来ると、いつも呑んだくれの大学生の水野さんが、初ちゃんに酒をつがして呑んでいた。「あんたはとうとう裸を見られたんですってよ。」お初ちゃんが笑いながら鬢窓に櫛(くし)を入れている私の顔を鏡越しに覗(のぞ)いてこう云った。
「あんたが風呂に行くとすぐ水野さんが来て、あんたの事訊いたから、風呂って云ったの。」

 呑んだくれの大学生は、風のように細い手を振りながら、頭をトントン叩いていた。
「嘘だよ!」
「アラ! 今そう言ったじゃないの……水野さんてば、電車通りへいそいで行ったから、どうしたのかと思ってたら、帰って来て、水野さんてば、女湯をあけたんですって、そしたら番台でこっちは女湯ですよッ……て言ったってさ、そしたら、ああ病院とまちがえましたってじっとしてたら丁度あんたが、裸になった処だって、水野さんそれゃあ大喜びなの……」
「へん! 随分助平な話ね。」

 私はやけに頬紅を刷くと、大学生は薄い蒟蒻(こんにゃく)のような手を合せて、「怒った? かんにんしてね!」と云っている。何云ってるの、裸が見たけりゃ、お天陽(てんとう)様の下で真裸になって見せますよ! 私は大きな声で呶鳴(どな)ってやりたかった。一晩中気分が重っくるしくって、私はうで卵を七ツ八ツ卓子へぶっつけて破(わ)った。

(十一月×日)

 秋刀魚(さんま)を焼く匂いは季節の呼び声だ。夕方になると、廓の中は今日も秋刀魚の臭い、お女郎は毎日秋刀魚ばかりたべさせられて、体中にうろこが浮いてくるだろう。夜霧が白い。電信柱の細いかげが針のような影を引いている。のれんの外に出て、走って行く電車を見ていると、なぜか電車に乗っているひとがうらやましくなってきて鼻の中が熱くなった。生きる事が実際退屈になった。こんな処で働いていると、荒さんで、荒さんで、私は万引でもしたくなる。女馬賊にでもなりたくなる。
若い姉さんなぜ泣くの

薄情男が恋しいの……。


 誰も彼も、誰も彼も、私を笑っている。
「キング・オブ・キングスを十杯飲んでごらん、十円のかけだ!」

 どっかの呑気坊主が、厭に頭髪を光らせて、いれずみのような十円札を、卓子にのせた。
「何でもない事だわ。」私はあさましい姿を白々と電気の下に晒(さら)して、そのウイスキーを十杯けろりと呑み干してしまった。キンキラ坊主は呆然と私を見ていたけれども、負けおしみくさい笑いを浮べて、おうように消えてしまった。喜んだのはカフエーの主人ばかりだ。へえへえ、一杯一円のキング・オブを十杯もあの娘が呑んでくれたんですからね……ペッペッペッと吐きだしそうになってくる。――眼が燃える。誰も彼も憎らしい奴ばかりなり。ああ私は貞操のない女でございます。一ツ裸踊りでもしてお目にかけましょうか、お上品なお方達よ、眉をひそめて、星よ月よ花よか! 私は野そだち、誰にも世話にならないで生きて行こうと思えば、オイオイ泣いてはいられない。男から食わしてもらおうと思えば、私はその何十倍か働かねばならないじゃないの。真実同志よと叫ぶ友達でさえ嘲笑っている。
歌うをきけば梅川よ

しばし情(なさけ)を捨てよかし

いずこも恋にたわぶれて

それ忠兵衛の夢がたり


 詩をうたって、いい気持ちで、私は窓硝子(ガラス)を開けて夜霧をいっぱい吸った。あんな安っぽい安ウイスキー十杯で酔うなんて……あああの夜空を見上げて御覧なさい、絢爛(けんらん)な、虹(にじ)がかかった。君ちゃんが、大きい目をして、それでいいのか、それで胸が痛まないのか、貴女の心をいためはせぬかと、私をグイグイ掴んで二階へ上って行った。
やさしや年もうら若く

まだ初恋のまじりなく

手に手をとりて行く人よ

なにを隠るるその姿


 好きな歌なり。ほれぼれと涙に溺れて、私の体と心は遠い遠い地の果てにずッとあとしざりしだした。そろそろ時計のねじがゆるみ出すと、例の月はおぼろに白魚の声色屋のこまちゃくれた子供が来て、「ねえ旦那! おぼしめしで……ねえ旦那おぼしめしで……」とねだっている。

 もうそんな影のうすい不具者なんか出してしまいなさい! 何だかそんな可憐(かれん)な子供達のささくれた白粉の濃い顔を見ていると、たまらない程、私も誰かにすがりつきたくなる。

(十一月×日)

 奥で三度御飯を食べると、主人のきげんが悪いし、と云って客におごらせる事は大きらいだ。二時がカンバンだって云っても、遊廓(ゆうかく)がえりの客がたてこむと、夜明けまでも知らん顔をして主人はのれんを引っこめようともしない。コンクリートのゆかが、妙にビンビンして動脈がみんな凍ってしまいそうに肌が粟立(あわだ)ってくる。酸っぱい酒の匂いが臭くて焦々する。
「厭になってしまうわ。……」

 初ちゃんは袖をビールでビタビタにしたのを絞りながら、呆然とつっ立っていた。
「ビール!」

 もう四時も過ぎて、ほんとになつかしく、遠くの方で鶏の鳴く声がしている。新宿駅の汽車の汽笛が鳴ると、一番最後に、私の番で銀流しみたいな男がはいって来た。
「ビールだ!」

 仕方なしに、私はビールを抜いて、コップになみなみとついだ。厭にトゲトゲと天井ばかりみていた男は、その一杯のビールをグイと呑み干すと、いかにも空々しく、「何だ! えびすか、気に喰わねえ。」と、捨ぜりふを残すと、いかにもあっさりと、霧の濃い鋪道(ほどう)へ出て行ってしまった。唖然(あぜん)とした私は、急にムカムカしてくると、残りのビールびんをさげて、その男の後を追って行った。銀行の横を曲ろうとしたその男の黒い影へ私は思い切りビールびんをハッシと投げつけた。
「ビールが呑みたきゃ、ほら呑まして上げるよッ。」

 けたたましい音をたてて、ビールびんは、思い切りよく、こなごなにこわれて、しぶきが飛んだ。
「何を!」
「馬鹿ッ!」
「俺はテロリストだよ。」
「へえ、そんなテロリストがあるの……案外つまんないテロリストだね。」

 心配して走って来たお君ちゃんや、二三人の自動車の運転手達が来ると、面白いテロリストはあわてて路地の中へ消えて行ってしまった。こんな商売なんて止めてしまいたいと思う……。それでも、北海道から来たお父さんの手紙には、今は帰る旅費もないから、少しでもよい送ってくれと云う長い手紙だ。寒さには耐えられないお父さん、どうしても四五十円は送ってあげなければならぬ。少し働いたら、私も北海道へ渡って、お父さん達といっそ行商してまわってみようかしらとも思う。おでん屋の屋台に首を突っ込んで、箸(はし)につみれを突きさした初ちゃんが店の灯を消して一生懸命茶飯をたべていた。私も興奮した後のふるえを鎮めながら、エプロンを君ちゃんにはずしてもらうと、おでんを肴(さかな)に、酒を一本つけて貰った。

        *

(十二月×日)

 浅章はいい処だ。

 浅草はいつ来てもよいところだ……。テンポの早い灯の中をグルリ、グルリ、私は放浪のカチュウシャです。長いことクリームを塗らない顔は瀬戸物のように固くなって、安酒に酔った私は誰もおそろしいものがない。ああ一人の酔いどれ女でございます。酒に酔えば泣きじょうこ、痺(しび)れて手も足もばらばらになってしまいそうなこの気持ちのすさまじさ……酒でも呑まなければあんまり世間は馬鹿らしくて、まともな顔をしては通れない。あの人が外に女が出来たと云って、それがいったい何でしょう。真実(ほんとう)は悲しいのだけれど、酒は広い世間を知らんと云う。町の灯がふっと切れて暗くなると、活動小屋の壁に歪(ゆが)んだ顔をくっつけて、荒さんだ顔を見ていると、あああすから私は勉強をしようと思う。夢の中からでも聞えて来るような小屋の中の楽隊。あんまり自分が若すぎて、私はなぜかやけくそにあいそがつきて腹をたててしまうのだ。

 早く年をとって、年をとる事はいいじゃないの。酒に酔いつぶれている自分をふいと反省すると、大道の猿芝居じゃないけれど全く頬かぶりをして歩きたくなってくる。

 浅草は酒を呑むによいところ。浅草は酒にさめてもよいところだ。一杯五銭の甘酒、一杯五銭のしる粉、一串(くし)二銭の焼鳥は何と肩のはらない御馳走だろう。金魚のように風に吹かれている芝居小屋の旗をみていると、その旗の中にはかつて私を愛した男の名もさらされている。わっは、わっは、あのいつもの声で私を嘲笑(ちょうしょう)している。さあ皆さん御きげんよう。何年ぶりかで見上げる夜空の寒いこと、私の肩掛は人絹がまじっているのでございます。他人が肩に手をかけたように、スイスイと肌に風が通りますのよ。

(十二月×日)

 朝の寝床の中でまず煙草をくゆらす事は淋しがりやの女にとってはこの上もないなぐさめなのです。ゆらりゆらり輪を描いて浮いてゆくむらさき色のけむりは愉しい。お天陽様の光りを頭いっぱい浴びて、さて今日はいい事がありますように……。赤だの黒だの桃色だの黄いろだのの、疲れた着物を三畳の部屋いっぱいぬぎちらして、女一人のきやすさに、うつらうつら私はひだまりの亀の子のようだ。カフエーだの、牛屋だの、めんどくさい事よりも、いっそ屋台でも出しておでん屋でもしようかと思う。誰が笑おうと彼が悪口を云おうと、赤い尻からげで、あら、えっさっさだ! 一ツ屋台でも出して何とかこの年のけじめをつけてみたいものだ。コンニャク、がんもどき、竹輪につみれ、辛子のひりりッとしたのに、口にふくむような酒をつかって、青々としたほうれん草のひたしですか、元気を出しましょう。だが、あるところまで来ると私はペッチャンコに崩れてしまう。たとえそれがつまらない事であっても、そんな事の空想は、子供のようにうれしくなるものだ。

 貧乏な父や母にはすがるわけにもゆかないし、と云って転々と働いたところで、月に本が一二冊買えるきりだ。わけもなく飲んで食ってそれで通ってしまう。三畳の部屋をかりて最小限度の生活はしても貯えもかぼそくなってしまった。こんなに生活方針(くらしむき)がたたなく真暗闇になると、ほんとうに泥棒にでもはいりたくなってくる。だが目が近いのでいっぺんにつかまってしまう事を思うと、ふいとおかしくなってしまって、冷たい壁に私の嗤(わら)いがはねかえる。何とかして金がほしい。私の濁った錯覚は、他愛もなく夢に溺(おぼ)れていて、夕方までぐっすり眠ってしまった。

(十二月×日)

 お君さんが誘いに来て、二人は又何かいい商売をみつけようと、小さい新聞の切抜きをもって横浜行きの省線に乗った。今まで働いていたカフエーが寂(さび)れると、お君さんも一緒にそこを止めてしまって、お君さんは、長い事板橋の御亭主のとこへ帰っていたのだ。お君さんの御亭主はお君さんより三十あまりも年が上で、初めて板橋のその家へたずねて行った時、私はその男のひとをお君さんのお父さんなのかと間違えてしまっていた。お君さんの養母やお君さんの子供や、何だかごたごたしたその家庭は、めんどくさがりやの私にはちょいと判りかねる。お君さんもそんな事はだまって別に話もしない。私もそんな事を訊くのは胸が痛くなるのだ。二人共だまって、電車から降りると、青い海を見はらしながら丘へ出てみた。
「久し振りよ、海を見るのは……」
「寒いけれど、いいわね海は……」
「いいとも、こんなに男らしい海を見ていると、裸になって飛びこんでみたいわね。まるで青い色がとけてるようじゃないの。」
「ほんと! おっかないわ……」

 ネクタイをひらひらさせた二人の西洋人が雁木(がんぎ)に腰をかけて波の荒い景色にみいっていた。
「ホテルってあすこよ!」

 目のはやい君ちゃんがみつけたのは、白い家鴨(あひる)の小屋のような小さな酒場だった。二階の歪んだ窓には汚点(しみ)だらけな毛布が太陽にてらされている。
「かえりましょうよ!」
「ホテルってこんなの……」

 朱色の着物を着た可愛らしい女が、ホテルのポーチで黒い犬をあやして一人でキャッキャッと笑っていた。
「がっかりした……」

 二人共又押し沈黙って向うの寒い茫漠とした海を見ている。烏になりたい。小さいカバンでもさげて旅をするといいだろうと思う。君ちゃんの日本風なひさし髪が風に吹かれていて、雪の降る日の柳のようにいじらしく見えた。

(十二月×日)
風が鳴る白い空だ!

冬のステキに冷たい海だ

狂人だってキリキリ舞いをして

目のさめそうな大海原だ

四国まで一本筋の航路だ。

毛布が二十銭お菓子が十銭

三等客室はくたばりかけたどじょう鍋(なべ)のように

ものすごいフットウだ。

しぶきだ雨のようなしぶきだ

みはるかす白い空を眺め

十一銭在中の財布を握っていた。

ああバットでも吸いたい

オオ! と叫んでも

風が吹き消して行くよ。

白い大空に

私に酢を呑ませた男の顔が

あんなに大きく、あんなに大きく

ああやっぱり淋しい一人旅だ!


 腹の底をゆすぶるように、遠くで蒸汽の音が鳴っている。鉛色によどんだ小さな渦巻が幾つか海のあなたに一ツ一ツ消えて行って、唸(うな)りをふくんだ冷たい十二月の風が、乱れた私の銀杏返しの鬢(びん)を頬っぺたにくっつけるように吹いてゆく。八ツ口に両手を入れて、じっと柔かい自分の乳房をおさえていると、冷たい乳首の感触が、わけもなく甘酸っぱく涙をさそってくる。――ああ、何もかもに負けてしまった。東京を遠く離れて、青い海の上をつっぱしっていると、色々に交渉のあった男や女の顔が、一ツ一ツ白い雲の間からもやもやと覗いて来るようだ。

 あんまり昨日の空が青かったので、久し振りに、古里が恋しく、私は無理矢理に汽車に乗ってしまった。そうして今朝はもう鳴門(なると)の沖なのだ。
「お客さん! 御飯ぞなッ!」

 誰もいない夜明けのデッキの上に、ささけた私の空想はやっぱり古里へ背いて都へ走っている。旅の古里ゆえ、別に錦を飾って帰る必要もないのだけれども、なぜか侘しい気持ちがいっぱいだった。穴倉のように暗い三等船室に帰って、自分の毛布の上に坐っていると丹塗(にぬ)りのはげた膳の上にはヒジキの煮たのや味噌汁があじきなく並んでいた。薄暗い燈火の下には大勢の旅役者やおへんろさんや、子供を連れた漁師の上さんの中に混って、私も何だか愁々として旅心を感じている。私が銀杏返しに結っているので、「どこからおいでました?」と尋ねるお婆さんもあれば「どこまで行きゃはりますウ?」と問う若い男もあった。二ツ位の赤ん坊に添い寝をしていた若い母親が、小さい声で旅の古里でかつて聞いた事のある子守唄をうたっていた。
ねんねころ市

おやすみなんしょ

朝もとうからおきなされ

よいの浜風ア身にしみますで

夜サは早よからおやすみよ。


 あの濁った都会の片隅で疲れているよりも、こんなにさっぱりした海の上で、自由にのびのびと息を吸える事は、ああやっぱり生きている事もいいものだと思う。

(十二月×日)

 真黄いろに煤(すす)けた障子を開けて、消えかけては降っている雪をじっと見ていると、何もかも一切忘れてしまう。
「お母さん! 今年は随分雪が早いね。」
「ああ。」
「お父さんも寒いから難儀しているでしょうね。」

 父が北海道へ行ってから、もう四カ月あまりになる、遠くに走りすぎて商売も思うようになく、四国へ帰るのは来春だと云う父のたよりが来て、こちらも随分寒くなった。屋並の低い徳島の町も、寒くなるにつれて、うどん屋のだしを取る匂いが濃くなって、町を流れる川の水がうっすらと湯気を吐くようになった。泊る客もだんだん少くなると、母は店の行燈(あんどん)へ灯を入れるのを渋ったりしている。
「寒うなると人が動かんけんのう……」

 しっかりした故郷と云うものをもたない私達親子三人が、最近に落ちついたのがこの徳島だった。女の美しい、川の綺麗(きれい)なこの町隅に、古ぼけた旅人宿を始め出して、私は徳島での始めての春秋を迎えたけれど、だけどそれも小さかった時の私である。今はもうこの旅人宿も荒れほうだいに荒れて、いまは母一人の内職仕事になってしまった。父を捨て、母を捨て、東京に疲れて帰ってきた私にも、昔のたどたどしい恋文や、ひさし髪の大きかった写真を古ぼけた箪笥(たんす)の底にひっくり返してみると懐しい昔の夢が段々蘇(よみがえ)って来る。長崎の黄いろいちゃんぽんうどんや、尾道の千光寺の桜や、ニユ川で覚えた城ヶ島の唄やああみんななつかしい。絵をならい始めていた頃の、まずいデッサンの幾枚かが、茶色にやけていて、納戸(なんど)の奥から出て来るとまるで別な世界だった私を見る。夜、炬燵(こたつ)にあたっていると、店の間を借りている月琴(げっきん)ひきの夫婦が飄々(ひょうひょう)と淋しい唄をうたっては月琴をひびかせていた。外は音をたててみぞれまじりの雪が降っている。

(十二月×日)

 久し振りに海辺らしいお天気なり。二三日前から泊りこんでいる浪花節(なにわぶし)語りの夫婦が、二人共黒いしかん巻を首にまいて朝早く出て行くと、煤けた広い台所には鰯(いわし)を焼いている母と私と二人きりになってしまう。ああ田舎にも退屈してしまった。
「お前もいいかげんで、遠くへ行くのを止めてこっちで身をかためてはどうかい。お前をもらいたいと云う人があるぞな……」
「へえ……どんなひとですか?」
「実家は京都の聖護院(しょうごいん)の煎餅(せんべい)屋でな、あととりやけど、今こっちい来て市役所へ勤めておるがな……いい男や。」
「…………」
「どやろ?」
「会うてみようかしら、面白いなア……」

 何もかもが子供っぽくゆかいだった。田舎娘になって、初々しく顔を赤めてお茶を召し上れか、車井戸のつるべを上げたり下げたりしていると、私も娘のように心がはずんで来る。ああ情熱の毛虫、私は一人の男の血をいたちのように吸いつくしてみたいような気がする。男の肌は寒くなると蒲団のように恋しくなるものだ。

 東京へ行きましょう。夕方の散歩に、いつの間にか足が向くのは駅への道だ。駅の時間表を見ていると涙がにじんで来て仕方がない。

(十二月×日)

 赤靴のひもをといてその男が座敷へ上って来ると、妙に胃が悪くなりそうで、私は真正面から眉をひそめてしまった。
「あんたいくつ?」
「僕ですか、二十二です。」
「ホウ……じゃ私の方が上だわ。」

 げじげじ眉で、唇の厚いその顔は、私は何故(なぜ)か見覚えがあるようであったが、考え出せなかった。ふと、私は明るくなって、口笛でも吹きたくなった。

 月のいい夜だ、星が高く光っている。
「そこまでおくってゆきましょうか……」

 この男は妙によゆうのある風景だ。入れ忘れてしまった国旗の下をくぐって、月の明るい町に出てゆくと、濁った息をフッと一時に吐く事が出来た。一丁歩いても二丁歩いても二人共だまって歩いている。川の水が妙に悲しく胸に来て私自身が浅ましくなってきた。男なんて皆火を焚(た)いて焼いてしまえだ。私はお釈迦(しゃか)様にでも恋をしましょう。ナムアミダブツのお釈迦様は、妙に色ッぽい目をして、私のこの頃の夢にしのんでいらっしゃる。
「じゃアさよなら、あなたいいお嫁さんおもちなさいね。」
「ハア?」

 いとしい男よ、田舎の人は素朴でいい。私の言葉がわかったのかわからないのか、長い月の影をひいて隣の町へ行ってしまった。明日こそ荷づくりをして旅立ちましょう……。久し振りに家の前の燈火のついたお泊宿の行燈を見ていると、不意に頭をなぐられたように母がいとしくなってきて、私はかたぶいた梟(ふくろう)の眼のような行燈をみつめていた。
「寒いのう……酒でも呑まんかいや。」

 茶の間で母と差しむかいで一合の酒にいい気持ちになっている。親子はいいものだと思う、こだわりのない気安さで母の顔を見た。鼠の多い煤けた天井の下に、又母を置いて去るのは、いじらしく可哀想になってしまう。
「あんなひとは厭だわねえ。」
「気立はいい男らしいがな……」

 淋しい喜劇である。ああ、東京の友達がみんな懐しがってくれるような手紙をいっぱい書こう。

        *

(一月×日)
海は真白でした

東京へ旅立つその日

青い蜜柑(みかん)の初なりを籠いっぱい入れて

四国の浜辺から天神丸に乗りました。

海は気むずかしく荒れていましたが、

空は鏡のように光って

人参(にんじん)燈台の紅色が眼にしみる程あかいのです。

島での悲しみは

すっぱり捨ててしまおうと

私は冷たい汐風(しおかぜ)をうけて

遠く走る帆船をみました。

一月の白い海と

初なりの蜜柑の匂いは

その日の私を

売られて行く女のようにさぶしくしました。


(一月×日)

 暗い雪空だった。朝の膳の上には白い味噌汁に高野豆腐に黒豆がならんでいる。何もかも水っぽい舌ざわりだ。東京は悲しい思い出ばかりなり。いっそ京都か大阪で暮してみようかと思う……。天保山(てんぽうざん)の安宿の二階で、何時(いつ)までも鳴いている猫の声を寂しく聞きながら、私は呆(ぼ)んやり寝そべっていた。ああこんなにも生きる事はむずかしいものなのか……私は身も心も困憊(こんぱい)しきっている。潮臭い蒲団はまるで、魚の腸のようにズルズルに汚れていた。風が海を叩いて、波音が高い。

 からっぽの女は私でございます。……生きてゆく才もなければ、生きてゆく富もなければ、生きてゆく美しさもない。さて残ったものは血の気の多い体ばかりだ。私は退屈すると、片方の足を曲げて、鶴のようにキリキリと座敷の中をまわってみる。長い事文字に親しまない目には、御一泊一円よりと壁に張られた文句をひろい読みするばかりだった。

 夕方から雪が降って来た。あっちをむいても、こっちをむいても旅の空なり。もいちど四国の古里へ逆もどりしようかとも思う。とても淋しい宿だ。「古創(ふるきず)や恋のマントにむかい酒」お酒でも愉しんでじっとしていたい晩なり。たった一枚のハガキをみつめて、いつからか覚えた俳句をかきなぐりながら、東京の沢山の友達を思い浮べていた。皆どのひとも自分に忙がしい人ばかりの顔だ。

 汽笛の音を聞いていると、私は窓を引きあけて雪の夜の沈んだ港をながめている。青い灯をともした船がいくつもねむっている。お前も私もヴァガボンド。雪が降っている。考えても見た事のない、遠くに去った初恋の男が急に恋しくなって来た。こんな夜だった。あの男は城ヶ島の唄をうたっていた。沈鐘の唄もうたった。なつかしい尾道の海はこんなに波が荒くなかった。二人でかぶったマントの中で、マッチをすりあわして、お互に見あった顔、あっけない別離だった。一直線に墜落した女よ! と云う最後のたよりを受取ってもう七年にもなる。あの男は、ピカソの画を論じ、槐多の詩を愛していた。私は頭を殴りつけている強い手の痛さを感じた。どっかで三味線の音がしている。私は呆然と坐り、いつまでも口笛を吹いていた。

(一月×日)

 さあ! 素手でなにもかもやりなおしだ。市の職業紹介所の門を出ると、天満(てんま)行きの電車に乗った。紹介された先は毛布の問屋で、私は女学校卒業の女事務員です。どんより走る街並を眺めながら私は大阪も面白いと思った。誰も知らない土地で働く事もいいだろう。枯れた河岸の柳の木が、腰をもみながら大風にゆれている。

 毛布問屋は案外大きい店だった。奥行の深い、間口の広いその店は、何だか貝殻のように暗くて、働いている七八人の店員達は病的に蒼(あお)い顔をして忙がしく立ち働いていた。随分長い廊下だった。何もかもピカピカと手入れの行きとどいた、大阪人らしいこのみのこぢんまりした座敷に、私は初めて老いた女主人と向きあって坐った。
「東京からどうしてこっちへお出やしたん?」

 出鱈目(でたらめ)の原籍を東京にしてしまった私は、一寸(ちょっと)どう云っていいのかわからなかった。
「姉がいますから……」

 こんな事を云ってしまった私は、又いつものめんどくさい気持ちになってしまい、断られたら断られたまでの事だと思った。女中が、美しい菓子皿とお茶を運んで来た。久しくお茶にも縁が無く、甘いものも口にしたことがない。世間にはこうしたなごやかな家もあるなり。
「一郎さん!」

 女主人が静かに呼ぶと、隣の部屋から息子らしい落ちつきのある二十五六の男が、棒のようにはいって来た。
「この人が来ておくれやしたんやけど……」

 役者のように細々としたその若主人は光った目で私を見た。

 私はなぜか恥をかきに来たような気がして、手足が痺(しび)れて来るおもいだった。あまりに縁遠い世界だ。私は早く引きあげたい気持ちでいっぱいになる。――天保山の船宿へ帰った時は、もう日が暮れて、船が沢山はいっていた。東京のお君ちゃんからのハガキが来ている。

 ――何をくずぐずしていますか、早くいらっしゃい。面白い商売があります。――どんなに不幸な目にあっていても、あの人は元気がいい。久し振りに私もハツラツとなる。

(一月×日)

 駄目だと思っていた毛布問屋にいよいよ勤めることになった。

 五日振りに天保山の安宿をひきあげて、バスケット一つの飄々とした私は、もらわれて行く犬の仔(こ)のように、毛布問屋へ住み込む事になった。

 昼でも奥の間には、音をたててガスの燈火がついている。広いオフィスの中で、沢山の封筒を書きながら、私はよくわけのわからない夢を見た。そして何度もしくじっては自分の顔を叩いた。ああ幽霊にでもなりそうだ。青いガスの燈火の下でじっと両手をそろえてみていると爪の一ツ一ツが黄色に染って、私の十本の指は蚕のように透きとおって見える。三時になるとお茶が出て、八ツ橋が山盛店へ運ばれて来る。店員は皆で九人いた。その中で小僧が六人、配達に出て行くので、誰が誰やらまだ私にはわからない。女中は下働きのお国さんと上女中のお糸さんの二人きりである。お糸さんは昔の御殿女中みたいに、眠ったような顔をしていた。関西の女は物ごしが柔かで、何を考えているのだかさっぱり判らない。
「遠くからお出やして、こんなとこしんきだっしゃろ?」

 お糸さんは引きつめた桃割れをかしげて、キュキュと糸をしごきながら、見た事もないようなきれいな布を縫っていた。若主人の一郎さんには、十九になるお嫁さんがある事もお糸さんが教えてくれた。そのお嫁さんは市岡の別宅の方にお産をしに行っているとかで、家はなにか気が抜けたように静かだった。――夜の八時にはもう大戸を閉めてしまって、九人の番頭や小僧達が皆どこへ引っこむのか一人一人いなくなってしまう。のりのよくきいた固い蒲団に、伸び伸びといたわるように両足をのばして天井を見上げていると、自分がしみじみあわれにみすぼらしくなって来る。お糸さんとお国さんの一緒の寝床に高下駄のような感じの黒い箱枕がちゃんと二ツならんで、お糸さんの赤い胴抜きのしてある長襦袢(ながじゅばん)が、蒲団の上に投げ出されてあった。私はまるで男のような気持ちで、その赤い長襦袢をいつまでも見ていた。しまい湯をつかっている二人の若い女は笑い声一つたてないでピチャピチャ湯音をたてている。あの白い生毛のあるお糸さんの美しい手にふれてみたい気がする。私はすっかり男になりきった気持ちで、赤い長襦袢を着たお糸さんを愛していた。沈黙(だま)った女は花のようにやさしい匂いを遠くまで運んで来るものだ、泪(なみだ)のにじんだ目をとじて、まぶしい燈火に私は顔をそむけた。

(一月×日)

 毎朝の芋がゆにも私は馴れてしまった。

 東京で吸う赤い味噌汁はなつかしい。里芋のコロコロしたのを薄く切って、小松菜を一緒にたいた味噌汁はいいものだ。新巻き鮭(ざけ)の一片一片を身をはがして食べるのも甘味(うま)い。

 大根の切り口みたいな大阪のお天陽様ばかりを見ていると、塩辛いおかずでもそえて、甘味い茶漬けでも食べて見たいと、事務を取っている私の空想は、何もかも淡々しく子供っぽくなって来る。

 雪の頃になると、いつも私は足指に霜やけが出来て困った。――夕方、沢山荷箱を積んである蔭(かげ)で、私は人に隠れて思い切り足を掻(か)いていた。指が赤くほてって、コロコロにふくれあがると、針でも突きさしてやりたい程切なくて仕様がなかった。
「ホウえらい霜やけやなあ。」

 番頭の兼吉さんが驚いたように覗いた。
「霜やけやったら煙管(きせる)でさすったら一番や。」

 若い番頭さんは元気よくすぽんと煙草入れの筒を抜くと、何度もスパスパ吸っては火ぶくれしたような赤い私の足指を煙管の頭でさすってくれた。銭勘定の話ばかりしているこんな人達の間にもこんな親切がある。

(二月×日)
「お前は金の性で金は金でも、金屏風(びょうぶ)の金だから小綺麗な仕事をしなけりゃ駄目だよ。」

 よく母がこんな事を云っていたけれど、こんなお上品な仕事はじきに退屈してしまう。あきっぽくて、気が小さくて、じき人にまいってしまって、ひとになじめない私の性格がいやになってくる。ああ誰もいないところで、ワアッ! と叫びあがりたいほど焦々するなり。

 只一冊のワイルド・プロフォンディスにも愉しみをかけて読むなり。

 ――私は灰色の十一月の雨の中を嘲(あざけ)り笑うモッブにとり囲まれていた。

 ――獄中にある人々にとっては涙は日常の経験の一部分である。人が獄中にあって泣かない日は、その人の心が堅くなっている日で、その人の心が幸福である日ではない。――夜々の私の心はこんな文字を見ると、まことに痛んでしまう。お友達よ! 肉親よ! 隣人よ! わけのわからない悲しみで正直に私を嘲笑う友人が恋しくなった。お糸さんの恋愛にも祝福あれ。夜、風呂にはいってじっと天窓を見ていると、沢山星がこぼれていた。忘れかけたものをふっと思い出すように、つくづく一人ぽっちで星を見上げている。

 老いぼれたような私の心に反比例して、この肉体の若さよ。赤くなった腕をさしのべて風呂いっぱいに体を伸ばすと、ふいと女らしくなって来る。結婚をしようと思う。

 私はしみじみと白粉(おしろい)の匂いをかいだ。眉をひき、唇紅(くちべに)も濃くぬって、私は柱鏡のなかの姿にあどけない笑顔をこしらえてみる。青貝色の櫛(くし)もさして、桃色のてがらもかけて髷(まげ)も結んでみたい。弱きものよ汝(なんじ)の名は女なり、しょせんは世に汚れた私でございます。美しい男はないものか……。なつかしのプロヴァンスの唄でもうたいましょうか、胸の燃えるような思いで私は風呂桶(おけ)の中の魚のようにやわらかくくねってみた。

(二月×日)

 街は春の売出しで赤い旗がいっぱいひらひらしている。――女学校時代のお夏さんの手紙をもらって、私は何もかも投げ出して京都へ行きたくなっていた。

 ――随分苦労なすったんでしょう……という手紙を見ると、いいえどういたしまして、優しいお嬢さんのたよりは男でなくてもいいものだと思う。妙に乳くさくて、何かぷんぷんいい匂いがしている。これが一緒に学校を出たお夏さんのたよりだ。八年間の年月に、二人の間は何百里もへだたってしまっているはずだのに、お嫁に行かないで、じっと日本画家のお父さんのいい助手をして孝行をしているお夏さん、泪の出るようないい手紙だった。ちっとでも親しい人のそばに行って色々の話をしたいと思う。

 お店から一日ひまをもらうと、寒い風に吹かれて京都へ発って行った。――午後六時二十分京都着。お夏さんは黒いフクフクとした肩掛に蒼白い顔を埋めてむかえに出てくれていた。
「わかった?」
「ふん。」

 二人は沈黙って冷たい手を握りあった。

 私にはお夏さんの姿は意外だった。まるで未亡人か何かのように、何もかも黒っぽい色で、唇だけがぐいと強く私の目を射た。

 椿(つばき)の花のように素敵にいい唇だ。二人は子供のようにしっかり手をつなぎあって、霧の多い京都の街を、わけのわからない事を話しあって歩いた。京極(きょうごく)は昔のままだった。京極の何とかと云う店には、かつて私達の胸をさわがした美しい封筒が飾窓に出ている。だらだらと京極の街を降りると、横に切れた路地の中に、菊水と云ううどんやを見つけて私達は久し振りに明るい灯の下に顔を見合せた。私は一人立ちしていても貧乏だし、お夏さんは親のすねかじりで勿論(もちろん)お小遺いもそんなにないので、二人は財布を見せあいながら、狐うどんを食べた。女学生らしいあけっぱなしの気持ちで、二人は帯をゆるめてはお替りをして食べた。
「貴女ぐらい住所の変る人はないわね、私の住所録を汚して行くのはあんた一人よ。」

 お夏さんは黒い大きな目をまたたきもさせないで私を見ている。甘えたい気持ちでいっぱいなり。

 円山公園の噴水のそばを二人はまるで恋人のようによりそって歩いた。
「秋の鳥辺山(とりべやま)はよかったわね。落葉がしていて、ほら二人でおしゅん伝兵衛の墓にお参りした事があったわね……」
「行ってみましょうか!」

 お夏さんは驚いたように眼をみはった。
「貴女はそれだから苦労するのよ。」

 京都はいい街だ。夜霧がいっぱいたちこめた向うの立樹のところで、夜鳥が鳴いている。――下加茂のお夏さんの家の前が丁度交番になっていて、赤い燈火がついていた。門の吊燈籠(つりどうろう)の下をくぐって、そっと二階へ上ると、遠くの寺でゆっくり鐘を打つのが響いて来る。メンドウな話をくどくどするより沈黙っていましょう……お夏さんが火を取りに階下に降りて行くと、私は窓に凭(もた)れて、しみじみと大きいあくびをした。

        *

(七月×日)
丘の上に松の木が一本

その松の木の下で

じっと空を見ていた私です。

真蒼い空に老松の葉が

針のように光っていました

ああ何と云う生きる事のむずかしさ

食べる事のむずかしさ。

そこで私は

貧しい袂(たもと)を胸にあわせて

古里にいた頃の

あのなつかしい童心で

コトコト松の幹を叩いてみました。


 この老松の詩をふっと思い出すと、とても淋しくて、黒ずんだ緑の木立ちの間を、私はむやみに歩くのだ。――久し振りに、私の胸にエプロンもない。白粉もうすい。日傘をくるくる廻しながら、私は古里を思い出し、丘のあの老松の木を思い浮べた。――下宿にかえってくると、男の部屋には、大きな本箱が置いてあった。女房をカフエーに働かして、自分はこんな本箱を買っている。いつものように二十円ばかりの金を、原稿用紙の下に入れておくと、誰もいないきやすさに、くつろいだ気持ちで、押入れの汚れものを探してみる。
「あの、お手紙でございます。」そう云って、下宿の女中が手紙を持って来た。六銭切手をはったかなり厚い女の封書である。私は妙な気持ちで爪を噛(か)みながら、只ならぬ淋しさに、胸がときめいてしまった。私は自分を嘲笑(ちょうしょう)しながら、押入れの隅に隠してあった、かなり厚い女の手紙の束をみつけ出したのだ。

 ――やっぱり温泉がいいわね、とか。

 ――あなたの紗和子より、とか。

 ――あの夜泊ってからの私は、とか。

 私は歯の浮くような甘い手紙に震えながらつっ立ってしまった。――温泉行きの手紙では、私もお金を用意しますけれども貴方も少しつくって下さいと書いてあるのを見ると、私はその手紙を部屋中にばらまいてやりたくなっている。原稿用紙の下にした二十円の金を袂に入れると、私はそのまま戸外に出てしまった。

 あの男は、私に会うたびに、お前は薄情だとか、雑誌にかく詩や小説は、あんなに私を叩きつけたものばかりではなかったか……。私は肺病で狂人じみている、その不幸な男の為めに、あのランタンの下で、「貴方一人に身も世も捨てた……」と、唄わなくてはならなかったのだ。夕暮れの涼しい風をうけて、若松町の通りを歩いていると、新宿のカフエーにかえる気もしなかった。ヘエ! 使い果して二分(にぶ)残るか、ふっとこんな言葉が思い出されるなり。
「貴方、私と一緒に温泉に行かない。」

 私があんまり酔っぱらっているので、その夜時ちゃんは淋しい眼をして私を見ていた。

(七月×日)

 ああ人生いたるところに青山ありだよ、男から詫(わ)びの手紙が来る。

 夜。

 時ちゃんのお母さんが裏口へ来ている。時ちゃんに五円貸すなり。チュウインガムを噛むより味気ない世の中、何もかもが吸殻のようになってしまった。貯金でもして、久し振りに母の顔でもみてこようかしらと思う。私はコック場へ行くついでにウイスキーを盗んで呑んだ。

(七月×日)

 魚屋の魚のように淋しい寝ざめなり。四人の女は、ドロドロに崩れた白い液体のように、一切を休めて眠っている。私は枕元の煙草をくゆらしながら、投げ出された時ちゃんの腕を見ていた。まだ十七で肌が桃色だ。――お母さんは雑色(ぞうしき)で氷屋をしていたが、お父つぁんが病気なので、二三日おきに時ちゃんのところへ裏口から金を取りに来た。カーテンもない青い空を映した窓ガラスを見ると、西洋支那料理の赤い旗が、まるで私のように、ヘラヘラ風に膨らんでいる。カフエーに勤めるようになると、男に抱いていたイリュウジョンが夢のように消えてしまって、皆一山いくらに品がさがってみえる。別にもうあの男に稼(かせ)いでやる必要もない故、久し振りに古里の汐っぱい風を浴びようかしら。ああ、でも可哀想なあの人よ。
それはどろどろの街路であった

こわれた自動車のように私はつっ立っている

今度こそ身売りをして金をこしらえ

皆を喜ばせてやろうと

今朝はるばると幾十日目で又東京へ帰って来たのではないか。

どこをさがしたって買ってくれる人もないし

俺は活動を見て五十銭のうな丼(どん)を食べたらもう死んでもいいと云った

今朝の男の言葉を思い出して

私はさめざめと涙をこぼしました。

男は下宿だし

私が居れば宿料がかさむし

私は豚のように臭みをかぎながら

カフエーからカフエーを歩きまわった。

愛情とか肉親とか世間とか夫とか

脳のくさりかけた私には

みんな縁遠いような気がします。

叫ぶ勇気もない故

死にたいと思ってもその元気もない

私の裾にまつわってじゃれていた小猫のオテクサンはどうしたろう

時計屋のかざり窓に私は女泥棒になった目つきをしてみようと思いました。

何とうわべばかりの人間がうろうろしている事よ!

肺病は馬の糞汁(ふんじゅう)を呑むとなおるって

辛い辛い男に呑ませるのは

心中ってどんなものだろう

金だ金だ金が必要なのだ!

金は天下のまわりものだって云うけど

私は働いても働いてもまわってこない。

何とかキセキはあらわれないものか

何とかどうにか出来ないものか

私が働いている金はどこへ逃げて行くのだろう

そして結局は薄情者になり

ボロカス女になり

死ぬまでカフエーだの女中だのボロカス女になり果てる

私は働き死にしなければならないのだろうか!

病にひがんだ男は、

お前は赤い豚だと云います。

矢でも鉄砲でも飛んでこい

胸くその悪い男や女の前に

芙美子さんの腸(はらわた)を見せてやりたい。


 かつて、貴方があんまり私を邪慳(じゃけん)にするので、私はこんな詩を雑誌にかいて貴方にむくいた事がある。浮いた稼ぎなので、あなたは私に焦々しているのだと善意にカイシャクしていた大馬鹿者の私です。そうだ、帰れる位はあるのだから、汽車に乗ってみましょう。あの快速船のしぶきもいいじゃないの、人参燈台の朱色や、青い海、ツツンツンだ。夜汽車、夜汽車、誰も見送りのない私は、お葬式のような悲しさで、何度も不幸な目に逢って乗る東海道線に乗った。

(七月×日)
「神戸にでも降りてみようかしら、何か面白い仕事が転がっていやしないかな……」

 明石行きの三等車は、神戸で降りてしまう人たちばかりだった。私もバスケットを降ろしたり、食べ残りのお弁当を大切にしまったりして何だか気がかりな気持ちで神戸駅に降りてしまった。
「これで又仕事がなくて食えなきぁ、ヒンケルマンじゃないけれど、汚れた世界の罪だよ。」

 暑い陽ざしだった。だが私には、アイスクリームも、氷も買えない。ホームでさっぱりと顔を洗うと、生ぬるい水を腹いっぱい呑んで、黄いろい汚れた鏡に、みずひき草のように淋しい自分の顔を写して見た。さあ矢でも鉄砲でも飛んで来いだ。別に当もない私は、途中下車の切符を大事にしまうと、楠公(なんこう)さんの方へブラブラ歩いて行ってみた。

 古ぼけたバスケットひとつ。

 骨の折れた日傘。

 煙草の吸殻よりも味気ない女。

 私の捨身の戦闘準備はたったこれだけなのでございます。

 砂ぼこりのなかの楠公さんの境内は、おきまりの鳩と絵ハガキ屋が出ている。私は水の涸(か)れた六角型の噴水の石に腰を降ろして、日傘で風を呼びながら、晴れた青い空を見ていた。あんまりお天陽様が強いので、何もかもむき出しにぐんにゃりしている。

 何年昔になるだろう――十五位の時だったかしら、私はトルコ人の楽器屋に奉公をしていたのを思い出した。ニイーナという二ツになる女の子のお守りで黒いゴム輪の腰高な乳母車に、よくその子供を乗っけてはメリケン波止場の方を歩いたものだった。――鳩が足元近く寄って来ている。人生鳩に生れるべし。私は、東京の生活を思い出して涙があふれた。

 一生たったとて、いったい何時の日には、私が何千円、何百円、何十円、たった一人のお母さんに送ってあげる事が出来るのだろうか……、私を可愛がって下さる、行商をしてお母さんを養っている気の毒なお義父(とう)さんを慰めてあげる事が出来るのだろうか……、何も満足に出来ない私である。ああ全く考えてみれば、頭が痛くなる話だ。「もし、あんたはん! 暑うおまっしゃろ、こっちゃいおはいりな……」噴水の横の鳩の豆を売るお婆さんが、豚小屋のような店から声をかけてくれた。私は人なつっこい笑顔で、お婆さんの親切に報いるべく、頭のつかえそうな、アンペラ張りの店へはいって行った。文字通り、それは小屋のような処(ところ)で、バスケットに腰をかけると、豆くさいけれども、それでも涼しかった。ふやけた大豆が石油鑵(かん)の中につけてあった。ガラスの蓋をした二ツの箱には、おみくじや、固い昆布(こんぶ)がはいっていて、それらの品物がいっぱいほこりをかぶっている。
「お婆さん、その豆一皿くださいな。」

 五銭の白銅を置くと、しなびた手でお婆さんは私の手をはらいのけた。
「ぜぜなぞほっときや。」

 このお婆さんにいくつですと聞くと、七十六だと云っていた。虫の食ったおヒナ様のようにしおらしい。
「東京はもう地震はなおりましたかいな。」

 歯のないお婆さんはきんちゃくをしぼったような口をして、優しい表情をする。
「お婆さんお上りなさいな。」

 私がバスケットからお弁当を出すと、お婆さんはニコニコして、口をふくらまして私の玉子焼を食べた。
「お婆さん、暑うおまんなあ。」

 お婆さんの友達らしく、腰のしゃんとしたみすぼらしい老婆が店の前にしゃがむと、
「お婆はん、何ぞええ、仕事ありまへんやろかな、でもな、あんまりぶらぶらしてますよって会長はんも、ええ顔しやはらへんのでなあ、なんぞ思うてまんねえ……」
「そうやなあ、栄町の宿屋はんやけど、蒲団の洗濯があるというてましたけんど、なんぼう二十銭も出すやろか……」
「そりゃええなあ、二枚洗うてもわて食えますがな……」

 こだわりのない二人のお婆さんを見ていると、こんなところにもこんな世界があるのかと、淋しくなった。

 とうとう夜になってしまった。港の灯のつきそめる頃はどこにも行きばのない気持ちになってしまう。朝から汗でしめっている着物の私は、ワッと泣きたい程切なかった。これでもへこたれないか! これでもか! 何かが頭をおさえつけているようで、私はまだまだへこたれるものかと口につぶやきながら、当もなく軒をひらって歩いていると、バスケット姿が、オイチニイの薬屋よりもはかなく思えた。お婆さんに聞いた商人宿はじきにわかった。全く国へ帰っても仕様のない私なのだ。お婆さんが御飯炊きならあると云ったけれど。海岸通りに出ると、チッチッと舌を鳴らして行く船員の群が多かった。

 船乗りは意気で勇ましくていいものだ。私は商人宿とかいてある行燈をみつけると、耳朶(みみたぶ)を熱くしながら、宿代を聞きにはいった。親切そうなお上さんが帳場にいて、泊りだけなら六十銭でいいと、旅心をいたわるように、「おあがりやす」と云ってくれた。三畳の壁の青いのが変に淋しかったが、朝からの着物を浴衣にきかえると、私は宿のお上さんに教わって近所の銭湯に行った。旅と云うものはおそろしいようでいて肩のはらないものだ。女達はまるで蓮の花のように小さい湯漕(ゆぶね)を囲んで、珍らしい言葉でしゃべっている。旅の銭湯にはいって、元気な顔はしているのだけれど、あの青い壁に押されて寝る今夜の夢を思うと、私はふっと悲しくなってきた。

(七月×日)

 坊さん簪(かんざし)買うと云うた……窓の下を人夫たちが土佐節を唄いながら通って行く。爽かな朝風に、波のように蚊帳が吹き上っていて、まことに楽しみな朝の寝ざめなり。郷愁をおびた土佐節を聞いていると、高松のあの港が恋しくなってきた。私の思い出に何の汚れもない四国の古里よ。やっぱり帰りたいと思う……。ああ御飯炊きになっていたとこで仕様もないではありませんか。

 別れて来た男のバリゾウゴンを、私は唄のように天井に投げとばして、せいいっぱい息を吸った。「オーイ、オーイ」と船員達が窓の下で呼びあっている。私は宿のお上さんに頼んで、岡山行きの途中下車の切符を除虫菊の仲買の人に一円で買ってもらうと、私は兵庫から高松行きの船に乗る事にした。

 元気を出して、どんな場合にでも、弱ってしまってはならない。小さな店屋で、瓦煎餅(かわらせんべい)を一箱買うと、私は古ぼけた兵庫の船宿で高松行きの切符を買った。やっぱり国へかえりましょう。――透徹した青空に、お母さんの情熱が一本の電線となって、早く帰っておいでと私を呼んでいる。私は不幸な娘でございます。汚れたハンカチーフに、氷のカチ割りを包んで、私は頬に押し当てていた。子供らしく子供らしく、すべては天真ランマンに世間を渡りましょう。

        *

(十月×日)

 呆然として梯子(はしご)段の上の汚れた地図を見ていると、夕暮れの日射しのなかに、地図の上は落莫とした秋であった。寝ころんで煙草を吸っていると、訳もなく涙がにじんで、何か侘しくなる。地図の上ではたった二三寸の間なのに、可哀想なお母さんは四国の海辺で、朝も夜も私の事を考えて暮らしているのでしょう――。風呂から帰って来たのか、階下で女達の姦(かしま)しい声がする。妙に頭が痛い。用もない日暮れだ。
寂しければ海中にさんらんと入ろうよ、

さんらんと飛び込めば海が胸につかえる泳げば流るる

力いっぱい踏んばれ岩の上の男。


 秋の空気があんまり青いので、私は白秋のこんな唄を思い出した。ああこの世の中は、たったこれだけの楽しみであったのだろうか、ヒイフウ……私は指を折って、ささやかな可哀想な自分の年齢を考えてみた。「おゆみさん! 電気つけておくれッ。」お上さんの癇高(かんだか)い声がする。おゆみさんか、おゆみとはよくつけたものなり。私の母さんは阿波(あわ)の徳島十郎兵衛。夕御飯のおかずは、いつもの通りに、するめの煮たのに、コンニャク、そばでは、出前のカツレツが物々しい示威運動で黄いろく揚っている。私の食慾はもう立派な機械になりきってしまって、するめがそしゃくされないうちに、私は水でそれをゴクゴク咽喉(のど)へ流し込むのだ。二十五円の蓄音器は、今晩もずいずいずっころばし、ごまみそずいだ。公休日で朝から遊びに出ていた十子が帰って来る。
「とても面白かったわ、新宿の待合室で四人も私を待っていたわよ、私は知らん顔をして見ててやったの……」

 その頃女給達の仲間には、何人もの客に一日の公休日を共にする約束をしては一つ場所に集合をさせてすっぽかす事が流行(はや)っていた。
「私、今日は妹を連れて映画を見たのよ、自腹だから、スッテンテンになってしまったわ、かせがなくちゃ場銭も払えない。」

 十子は汚れたエプロンを胸にかけて、皆にお土産の甘納豆をふるまっている。

 今日は月の病気。胸くるしくって、立っている事が辛い。

(十月×日)

 折れた鉛筆のように、女達は皆ゴロゴロ眠っている、雑記帳のはじにこんな手紙をかいてみる。――生きのびるまで生きて来たという気持ちです。随分長い事会いませんね、神田でお別れしたきりですもの……。もう、しゃにむに淋しくてならない、広い世の中に可愛がってくれる人がなくなったと思うと泣きたくなります。いつも一人ぼっちのくせに、他人の優しい言葉をほしがっています。そして一寸でも優しくされると嬉し涙がこぼれます。大きな声で深夜の街を唄でもうたって歩きたい。夏から秋にかけて、異状体になる私は働きたくっても働けなくなって弱っています故、自然と食べる事が困難です。金が欲しい。白い御飯にサクサクと歯切れのいい沢庵(たくあん)でもそえて食べたら云う事はありませんのに、貧乏をすると赤ん坊のようになります。明日はとても嬉しいんですよ。少しばかりの稿料がはいります。それで私は行けるところまで行ってみたいと思います。地図ばかり見ているんですが、ほんとに、何の楽しさもないこのカフエーの二階で、私を空想家にするのは梯子段の上の汚れた地図ばかりなのです。ひょっとしたら、裏日本の市振(いちぶり)と云う処へ行くかも知れません。生きるか死ぬるか、とにかく旅へ出たいと思っております。

 弱き者よの言葉は、そっくり私に頂戴出来るんですけれど、それでいいと思います。野生的で行儀作法を知らない私は、自然へ身を投げかけてゆくより仕方がありません。このままの状態では、国への仕送りも出来ないし、私の人に対して済まない事だらけです。私はがまん強く笑って来ました。旅へ出たら、当分田舎の空や土から、健康な息を吹きかえすまで、働いて来るつもりです。体が悪いのが、何より私を困らせます。それに又、あの人も病気ですし、厭(いや)になってしまう。金がほしいと思います。伊香保の方へ下働きの女中にでもと談判をしたのですが、一年間の前借百円也ではあんまりだと思います。――何のために旅をするとお思いでしょうけれど、とにかく、このままの状態では、私はハレツしてしまいますよ。人々の思いやりのない悪口雑言の中に生きて来ましたが、もう何と言われたっていいと思います。私はへこたれてしまいました。冬になったら、十人力に強くなってお目にかかりましょう。とにかく行くところまで行きます。私の妻であり夫であるたった一ツの真黄な詩稿を持って、裏日本へ行って来ます。お体を大切に、さようなら――。

 フッツリ御無沙汰をしていてすみません。

 お体は相変らずですか、神経がトゲトゲしているあなたにこんな手紙を差し上げるとあなたは、ひねくれた笑いをなさるでしょう。私、実さい涙がこぼれるのです。いくら別れたと云っても、病気のあなたのことを考えると、侘しくなります。困った事や、嬉しかった思い出も、あなたのひねくれた仕打ちを考えると、恨めしく味気なくなります。一円札二枚入れて置きました。怒らないで何かにつかって下さい。あの女と一緒にいないんですってね、私が大きく考え過ぎたのでしょうか。秋になりました。私の唇も冷たく凍ってゆきます。あなたとお別れしてから……。たいさんも裏で働いています。

 ――オカアサン。

 オカネ、オクレテ、スミマセン。

 アキニ、ナッテ、イロイロ、モノイリガ、シテオクレマシタ。

 カラダハ、ゲンキデショウカ。ワタシモ、ゲンキデス。コノアイダ、オクッテ、クダサッタ、ハナノクスリ、オツイデノトキニ、スコシオクッテクダサイ。センジテノムト、ノボセガ、ナオッテ、カオリガヨロシイ。

 オカネハ、イツモノヨウニ、ハンヲ、オシテ、アリマスカラ、コノママキョクヘ、トリニユキナサイ。

 オトウサンノ、タヨリアリマスカ、ナニゴトモ、トキノクルマデ、ノンキニシテイナサイ、ワタシモ、コトシハ、アクネンユエ、タダジットシテイマス。

 ナニヨリモ、カラダヲ、タイセツニ、イノリマス。フウトウヲ、イレテオキマス、ヘンジヲクダサイ。

 私は顔中を涙でぬらしてしまった。せぐりあげても、せぐりあげても泣き声が止まない。こうして一人になって、こんな荒(す)さんだカフエーの二階で手紙を書いていると、一番胸に来るのは、老いた母のことばかりである。私がどうにかなるまで死なないでいて下さい。このままであの海辺で死なせるのはみじめすぎると思う。あした局へ行って一番に送ってあげよう。帯芯(おびしん)の中には、ささけた一円札が六七枚もたまっている。貯金帳は出たりはいったりでいくらもない。木枕に頭をふせているとくるわの二時の拍子木がカチカチ鳴っていた。

(十月×日)

 窓外は愁々とした秋景色である。小さなバスケット一つに一切をたくして、私は興津(おきつ)行きの汽車に乗っている。土気(とけ)を過ぎると小さなトンネルがあった。
サンプロンむかしロオマの巡礼の

知らざる穴を出でて南す。


 私の好きな万里(ばんり)の歌である。サンプロンは、世界最長のトンネルだと聞いていたけれど、一人のこうした当のない旅でのトンネルは、なぜかしんみりとした気持ちになる。海へ行く事がおそろしくなった。あの人の顔や、お母さんの思いが、私をいたわっている。海まで走る事がこわくなった。――三門(みかど)で下車する。燈火がつきそめて駅の前は桑畑。チラリホラリ藁(わら)屋根が目についてくる。私はバスケットをさげたままぼんやり駅に立っていた。
「ここに宿屋がありますでしょうか?」
「この先の長者町までいらっしゃるとあります。」

 私は日在浜(ひありはま)を一直線に歩いていた。十月の外房州の海は黒くもりあがっていて、海のおそろしいまでな情熱が私をコウフンさせてしまった。只海と空と砂浜ばかりだ。それもあたりは暮れそめている。この大自然を見ていると、なんと人間の力のちっぽけな事よと思うなり。遠くから、犬の吠える声がする。かすりの半纏(はんてん)を着た娘が、一匹の黒犬を連れて、歌いながら急いで来た。波が大きくしぶきすると犬はおびえたようにキリッと首をもちあげて海へ向って吠えた。遠雷のような海の音と、黒犬の唸(うな)り声は何かこわい感じだ。
「この辺に宿屋はありませんか?」

 この砂浜にたった一人の人間であるこの可憐(かれん)な少女に私は呼びかけてみた。
「私のうちは宿屋ではないけれど、よかったらお泊りなさい。」

 何の不安もなく、その娘は私を案内してくれた。うすむらさきのなぎなたほおずきを、器用に鳴らしながら、娘は私を連れて家へ引返してくれた。

 日在浜のはずれで、丁度長者町にかかった砂浜の小さな破船のような茶屋である。この茶屋の老夫婦は、気持ちよく風呂をわかしてくれたりした。こんな伸々と自然のままな姿で生きていられる世界もある。私は、都会のあの荒れた酒場の空気を思い出すさえおそろしく思った。天井には、何の魚なのか、魚の尻尾(しっぽ)の乾いたのが張りつけてある。

 この部屋の電気も暗ければこの旅の女の心も暗い。あんなに憧憬(あこが)れていた裏日本の秋は見る事が出来なかったけれども、この外房州は裏日本よりも豪快な景色である。市振から親不知(おやしらず)へかけての民家の屋根には、沢庵石のようなのが沢山置いてあった。線路の上まで白いしぶきのかかるあの蒼茫(そうぼう)たる町、崩れた崖(がけ)の上にとげとげと咲いていたあざみの花、皆、何年か前のなつかしい思い出である。私は磯臭い蒲団にもぐり込むと、バスケットから、コロロホルムのびんを出して一二滴ハンカチに落した。このまま消えてなくなりたい今の心に、じっと色々な思いにむせている事がたまらなくなって、私は厭なコロロホルムの匂いを押し花のように鼻におし当てていた。

(十一月×日)

 遠雷のような汐鳴(しおな)りの音と、窓を打つ瀟々(しょうしょう)たる雨の音に、私がぼんやり目を覚ましたのは十時頃だったろうか、コロロホルムの酢のような匂いが、まだ部屋中に流れているようで、私はそっと窓を開けた。入江になった渚(なぎさ)には蒼く染ったような雨が煙っていた。しっとりとした朝である。母屋でメザシを焼く匂いがする。――昼からあんまり頭が痛むので、娘と二人で黒犬を連れて、日在浜の方へ散歩に出て見た。渚近い漁師の家では、女や子供たちが三々五々群れていて、生鰯(なまいわし)を竹串(たけぐし)につきさしていた。竹串にさされた生鰯が、むしろの上にならんで、雨あがりの薄陽がその上に銀を散らしている。娘はバケツにいっぱい生鰯を入れてもらうとその辺の雑草を引き抜いてかぶせた。
「これで十銭ですよ。」帰り道、娘は重そうにバケツを私の前に出してこう云った。

 夜は生鰯の三バイ酢に、海草の煮つけに生玉子の御馳走だった。娘はお信さんと云って、お天気のいい日は千葉から木更津にかけて魚の干物の行商に歩くのだそうである。店で茶をすすりながら、老夫婦にお信さんと雑談をしていると、水色の蟹(かに)が敷居の上をゴソゴソ這(は)って行く。生活に疲れ切った私は、石ころのように動かないこの人達の生活を見ていると、何となく羨(うらや)ましくなって来る。風が出たのか、雨戸が難破船のようにゆれて、チエホフの小説にでもありそうな古風な浜辺の宿なり。十一月にはいると、このへんではもう足の裏がつめたい。

(十一月×日)
富士を見た

富士山を見た

赤い雪でも降らねば

富士をいい山だと賞めるには当らない

あんな山なんかに負けてなるものか

汽車の窓から何度も思った回想

(とが)った山の心は

私の破れた生活を脅かし

私の眼を寒々と見下ろす。

富士を見た

富士山を見た

烏よ

あの山の尾根から頂上へと飛び越えて行け

真紅(まっか)な口でひとつ嘲笑(あざわら)ってやれ

風よ!

富士は雪の大悲殿だ

ビュン、ビュン吹きまくれ

富士山は日本のイメージイだ

スフィンクスだ

夢の濃いノスタルジヤだ

魔の住む大悲殿だ。

富士を見ろ

富士山を見ろ

北斎(ほくさい)の描いたかつてのお前の姿の中に

若々しいお前の火花を見たけれど

今は老い朽ちた土まんじゅう

ギロギロした眼をいつも空にむけているお前

なぜ不透明な雪の中に逃避しているのだ

烏よ風よ

あの白々とさえかえった

富士山の肩を叩いてやれ

あれは銀の城ではない

不幸のひそむ雪の大悲殿だ

富士山よ!

お前に頭をさげない女がここにひとり立っている

お前を嘲笑(ちょうしょう)している女がここにいる。

富士山よ富士よ

颯々(さっさつ)としたお前の火のような情熱が

ビュンビュン唸って

ゴオジョウなこの女の首を叩き返すまで

私はユカイに口笛を吹いて待っていよう。


 私はまた元のもくあみだ。胸にエプロンをかけながら二階の窓をあけに行くと、遠い向うに薄い富士山が見えた。あああの山の下を私は幾度か不幸な思いをして行き返りした事である。でもたとえ小さな旅でも、二日の外房州のあの寥々(りょうりょう)たる風景は、私の魂も体も汚れのとれた美しいものにしてくれた。野中の一本杉の私は、せめてこんな楽しみでもなければやりきれない。明日から紅葉デーで、私達は狂人のような真紅な着物のおそろいだそうである。都会の人間はあとからあとから、よくもこんなはずかしくもない、コッケイな趣向を思いつくものだと思う。又新らしい女が来ている。今晩もお面のように白粉(おしろい)をつけて、二重な笑いでごまかしか……うきよとはよくも云い当てしものかな――。留守中、母から、さらしの襦袢が二枚送って来ていた。

        *

(一月×日)

 カフエーで酔客にもらった指輪が思いがけなく役立って、十三円で質に入れると私と時ちゃんは、千駄木の町通りを買物しながら歩いた。古道具屋で箱火鉢と小さい茶ブ台を買ったり、沢庵や茶碗や、茶呑道具まで揃(そろ)えると、あとは半月分あまりの間代を入れるのがせいいっぱいだった。十三円の金の他愛なさよ。

 寒い息を吐きながら、二人が重い荷物を両方から引っぱって帰った時は、丁度十時近かった。
「一寸! 前のうちねえ、小唄の師匠さんよ、ホラ……いいわね。」
傘さして

かざすや廓(くるわ)の花吹雪

この鉢巻は過ぎしころ

紫におう江戸の春


 目と鼻の路地向うの二階屋から、沈んだ三味線の音〆(ねじめ)がきこえている。細目にあけた雨戸の蔭には、お隣の灯の明るい障子のこまかいサンが見える。
「お風呂は明日にして寝ましょう、上蒲団は借りたのかしら?」

 時ちゃんはピシャリと障子を締めた。――敷蒲団はたいさんと私と一緒の時代のがたいさんが小堀さんのところへお嫁に行ったので残っていた。あの人は鍋(なべ)も庖丁(ほうちょう)も敷蒲団も置いて行ってしまった。一番なつかしく、一番厭な思い出の残った本郷の酒屋の二階を私は思い出していた。同居の軍人上りや二階でおしめを洗ったその細君や、人のいい酒屋の夫婦や。用が片づいたら、あの頃の日記でも出して読みましょう。
「どうしたかしら、たい子さん?」
「あのひとも、今度こそは幸福になったでしょう。小堀さん、とても、ガンジョウないい人だそうだから、誰が来ても負けないわ……」
「いつか遊びに連れて行ってね。」

 二人は、階下の小母さんから借りた上蒲団をかぶって寝た。日記をつける。
一、拾参円の内より

 茶ブ台 壱円。

 箱火鉢 壱円

 シクラメン一鉢 参拾五銭。

 飯茶わん 弐拾銭。 二個。

 吸物わん 参拾銭。 二個。

 ワサビヅケ 五銭。

 沢庵 拾壱銭。

 箸(はし) 五銭。 五人前。

 茶呑道具 盆つき 壱円拾銭。

 桃太郎の蓋物 拾五銭。

 皿 弐拾銭。 二枚。

 間代日割り 六円。(三畳九円)

 火箸 拾銭。

 餅網 拾弐銭。

 ニュームのつゆ杓子(しゃくし) 拾銭。

 御飯杓子 参銭。

 鼻紙一束 弐拾銭。

 肌色美顔水 弐拾八銭。

 御神酒 弐拾五銭。 一合。

 引越し蕎麦(そば) 参拾銭。 階下へ。

一、壱円拾六銭 残金

「たったこれだけじゃ、心細いわねえ……」

 私は鉛筆のしんで頬っぺたを突つきながら、つんと鼻の高い時ちゃんの顔をこっちに向けて日記をつけた。
「炭はあるの?」
「炭は、階下の小母さんが取りつけの所から月末払いで取ってやるって云ったわ。」

 時ちゃんは安心したように、銀杏(いちょう)がえしのびんを細い指で持ち上げて、私の背中に凭(もた)れている。
「大丈夫ってばさ、明日からうんと働くから元気を出して勉強してね。浅草を止(や)めて、日比谷あたりのカフエーなら通いでいいだろうと思うの、酒の客が多いんだって、あの辺は……」
「通いだと二人とも楽しみよねえ、一人じゃ御飯もおいしくないじゃないの。」

 私は煩雑だった今日の日を思った。――萩原さんとこのお節ちゃんに、お米も二升もらったり、画描の溝口(みぞぐち)さんは、折角北海道から送って来たと云う餅を、風呂敷に分けてくれたり、指輪を質屋へ持って行ってくれたりした。
「当分二人で一生懸命働こうね、ほんとに元気を出して……」
「雑色のお母さんのところへは、月に三十円も送ればいいんだから。」
「私も少し位は原稿料がはいるんだから、沈黙(だま)って働けばいいのよ。」

 雪の音かしら、窓に何かササササと当っている音がしている。
「シクラメンって厭な匂いだ。」

 時ちゃんは、枕元の紅いシクラメンの鉢をそっと押しやると、簪(かんざし)も櫛(くし)も枕元へ抜いて、「さあ寝んねしましょう。」と云った。暗い部屋の中では、花の匂いだけが強く私達をなやませた。

(二月×日)
積る淡雪積ると見れば

消えてあとなき儚(はか)なさよ

柳なよかに揺れぬれど

春は心のかわたれに……。


 時ちゃんの唄声でふっと目を覚ますと、枕元に白い素足がならんでいた。
「あら、もう起きたの。」
「雪が降ってるのよ。」

 起きると湯もわいていて、窓外の板の上で、御飯がグツグツ白く吹きこぼれていた。
「炭はもう来たのかしら?」
「階下の小母さんに借りたのよ。」

 いつも台所をした事のない時ちゃんが、珍らしそうに、茶碗をふいていた。久し振りに猫の額程の茶ブ台の上で、幾年にもない長閑(のどか)なお茶を呑むなり。
「やまと館の人達や、当分誰にもところを知らさないでおきましょうね。」

 時ちゃんはコックリをして、小さな火鉢に手をかざしている。
「こんなに雪が降っても出掛ける?」
「うん。」
「じゃあ私も時事新聞の白木さんに会ってこよう。童話が行ってるから。」
「もらえたら、熱いものをこしらえといて、あっちこっち行って見るから、私はおそくなることよ。」

 初めて、隣の六畳の古着屋さん夫婦にもあいさつをする。鳶(とび)の頭(かしら)をしていると云う階下のお上さんの旦那にも会う。皆、歯ぎれがよくて下町人らしい人達だ。
「この家も前は道路に面していたんですよ。でも火事があってねえ、こんなとこへ引っこんじゃって……うちの前はお妾(めかけ)さん、路地のつきあたりは清元でこれは男の師匠でしてね、やかましいには、やかましゅうござんすがね……」

 私はおはぐろで歯をそめているお上さんを珍らしく見ていた。
「お妾さんか、道理で一寸見たけどいい女だったわよ。」
「でも階下の小母さんがあんたの事を、この近所には一寸居ない、いい娘ですってさ。」

 二人は同じような銀杏返しをならべて雪の町へ出て行った。雪はまるで、気の抜けた泡(あわ)のように、目も鼻もおおい隠そうとする程、やみくもに降っている。
「金もうけは辛いね。」雪よドンドン降ってくれ、私が埋まる程、私はえこじに傘をクルクルまわして歩いた。どの窓にも灯のついている八重洲(やえす)の大通りは、紫や、紅のコートを着た勤めがえりの女の人達が、雪にさからって歩いている。コートも着ない私の袖は、ぐっしょり濡れてしまって、みじめなヒキ蛙(がえる)のようだ。――白木さんはお帰りになった後か、そうれ見ろ! これだから、やっぱりカフエーで働くと云うのに、時ちゃんは勉強をしろと云うなり。新聞社の広い受付に、このみじめな女は、かすれた文字をつらねて困っておりますからとおきまりの置手紙を書いた。

 だが時事のドアは面白いな。クルリクルリ、まるで水車のようだ。クルリと二度押すと、前へ逆もどりしている。郵便屋が笑っていた。何と小さな人間たちよ。ビルディングを見上げると、お前なんか一人生きてたって、死んだって同じじゃないかと云っているようだ。だけど、あのビルディングを売ったら、お米も間代も一生はらえて、古里に長い電報が打てるだろう。成金になるなんて云ってやったら邪けんな親類も、冷たい友人もみんな、驚くことだろう。あさましや芙美子よ、消えてしまえ。時ちゃんは、かじかんでこの雪の中を野良犬のように歩いているんだろうに――。

(二月×日)

 ああ今晩も待ち呆(ぼう)け。箱火鉢で茶をあたためて時間はずれの御飯をたべる。もう一時すぎなのに――。昨夜は二時、おとといは一時半、いつも十二時半にはきちんと帰っていた人が、時ちゃんに限ってそんな事もないだろうけれど……。茶ブ台の上には書きかけの原稿が二三枚散らばっている。もう家には十一銭しかないのだ。

 きちんきちんと、私にしまわせていた十円たらずのお金を、いつの間にか持って出てしまって、昨日も聞きそこなってしまったけれど、いったいどうしたのかしらと思う。

 蒸してはおろし蒸してはおろしするので、うむし釜の御飯はビチャビチャしていた。蛤鍋(はまぐりなべ)の味噌も固くなってしまった。私は原稿も書けないので、机を鏡台のそばに押しやって、淋しく床をのべる。ああ髪結さんにも行きたいものだ。もう十日あまりも銀杏返しをもたせているので、頭の地がかゆくて仕方がない。帰って来る人が淋しいだろうと、電気をつけて、紫の布をかけておく。

 三時。

 下のお上さんのブツブツ云う声に目を覚ますと、時ちゃんが酔っぱらったような大きな跫音(あしおと)で上って来た。酔っぱらっているらしい。
「すみません!」

 蒼(あお)ざめた顔に髪を乱して、紫のコートを着た時ちゃんが、蒲団の裾にくず折れると、まるで駄々ッ子のように泣き出してしまった。私は言葉をあんなに用意してまっていたのだけれど、一言も云えなくなってしまって沈黙っていた。
「さようならア時ちゃん!」

 若々しい男の声が窓の下で消えると、路地口で間抜けた自動車の警笛が鳴っていた。

(二月×日)

 二人共面伏せな気持ちで御飯をたべた。
「この頃は少しなまけているから、あなたは梯子段を拭いてね、私は洗濯をするから……」
「ええ私するから、ここほっといていいよ。」

 寝ぶそくなはれぼったい時ちゃんの瞼(まぶた)を見ていると、たまらなくいじらしくなって来る。
「時ちゃん、その指輪はどうして?」

 かぼそい薬指に、白い石が光って台はプラチナだった。
「その紫のコートはどうしたのよ?」
「…………」
「時ちゃんは貧乏がいやになってしまったのねえ?」

 私は階下の小母さんに顔を合せる事は肌が痛いようだった。
「姉さん! 時坊は少しどうかしてますよ。」

 水道の水と一緒に、小父さんの言葉が痛く胸に来た。
「近所のてまえがありまさあね、夜中に自動車をブウブウやられちゃあね、町内の頭(かしら)なんだから、一寸でも風評が立つと、うるさくてね……」

 ああ御もっとも様で、洗いものをしている背中にビンビン言葉が当って来る。

(二月×日)

 時ちゃんが帰らなくなって今日で五日である。ひたすら時ちゃんのたよりを待っている。彼女はあんな指輪や紫のコートに負けてしまっているのだ。生きてゆくめあてのないあの女の落ちて行く道かも知れないとも思う。あんなに、貧乏はけっして恥じゃあないと云ってあるのに……十八の彼女は紅も紫も欲しかったのだろう。私は五銭あった銅銭で駄菓子を五ツ買って来ると、床の中で古雑誌を読みながらたべた。貧乏は恥じゃあないと云ったもののあと五ツの駄菓子は、しょせん私の胃袋をさいどしてはくれぬ。手を延ばして押入れをあけて見る。白菜の残りをつまみ、白い御飯の舌ざわりを空想するなり。

 何もないのだ。涙がにじんで来る。電気でもつけましょう……。駄菓子ではつまらないと見えて腹がグウグウ辛気(しんき)に鳴っている。隣の古着屋さんの部屋では、秋刀魚(さんま)を焼く強烈な匂いがしている。

 食慾と性慾! 時ちゃんじゃないが、せめて一碗のめしにありつこうかしら。

 食慾と性慾! 私は泣きたい気持ちで、この言葉を噛んでいた。

(二月×日)
何にも云わないでかんにんして下さい。指輪をもらった人に脅迫されて、浅草の待合に居ります。このひとにはおくさんがあるんですけれど、それは出してもいいって云うんです。笑わないで下さいね。その人は請負師で、今四十二のひとです。

着物も沢山こしらえてくれましたの、貴女の事も話したら、四十円位は毎月出してあげると云っていました。私嬉しいんです。


 読むにたえない時ちゃんの手紙の上に私はこんな筈ではなかったと涙が火のように溢(あふ)れていた。歯が金物のようにガチガチ鳴った。私がそんな事をいつたのんだのだ! 馬鹿、馬鹿、こんなにも、こんなにも、あの十八の女はもろかったのかしら……目が円くふくれ上って、何も見えなくなる程泣きじゃくっていた私は、時ちゃんへ向って心で呼んで見た。

 所を知らせないで。浅草の待合なんて何なのよッ。

 四十二の男なんて!

 きもの、きもの。

 指輸もきものもなんだろう。信念のない女よ!

 ああ、でも、野百合のように可憐であったあの可愛い姿、きめの柔かい桃色の肌、黒髪、あの女はまだ処女だったのに。何だって、最初のベエゼをそんな浮世のボオフラのような男にくれてしまったのだろう……。愛らしい首を曲げて、春は心のかわたれに……私に唄ってくれたあの少女が、四十二の男よ呪(のろ)われてあれだ!
「林さん書留ですよッ!」

 珍らしく元気のいい小母さんの声に、梯子段に置いてある封筒をとり上げると、時事の白木さんからの書留だった。金二十三円也! 童話の稿料だった。当分ひもじいめをしないでもすむ。胸がはずむ、ああうれしい。神さま、あんまり幸福なせいか、かえって淋しくて仕様がない。神様神様、嬉しがってくれる相棒が四十二の男に抱かれているなんて……。

 白木さんのいつものやさしい手紙がはいっている。いつも云う事ですが、元気で御奮闘御精励を祈りまつる。――私は窓をいっぱいあけて、上野の鐘を聞いた。晩はおいしい寿司でも食べましょう。





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