ランボオ詩集 中原中也訳



 やさしい姉妹


若者、その眼は輝き、その皮膚は褐色(かちいろ)、

裸かにしてもみまほしきその体躯(からだ)

月の下にて崇めらる、ペルシャの国の、

或る知られざる神の持つ、銅(あかがね)に縁(ふち)どられたる額して、

慓悍((へうかん))なれども童貞の悲観的なるやさしさをもち

おのが秀れた執心に誇りを感じ、

若々し海かはた、ダイアモンドの地層の上に

きららめく真夏の夜々の涙かや、

此の若者、現世(うつしよ)の醜悪の前に、

心の底よりゾツとして、いたく苛立ち、

癒しがたなき傷手を負ひてそれよりは、

やさしき妹(いも)のありもせばやと、思ひはじめぬ。

さあれ、女よ、臓腑の塊り、憐憫の情持てるもの、

汝、女にあればとて、吾(あ)の謂ふやさしき妹(いも)にはあらじ!

黒き眼眸(まなざし)、茶色めく影睡る腹持たざれば、

軽やかの指、ふくよかの胸持たざれば。

目覚ます術(すべ)なき大いなる眸子(ひとみ)をもてる盲目(めくら)の女よ、

わが如何なる抱擁もつひに汝(なれ)には訝かしさのみ、

我等に附纏(いつきまと)ふのはいつでも汝(おまへ)、乳房の運び手、

我等おまへを接唇(くちづけ)る、穏やかに人魅する情熱(パシオン)よ。

汝(な)が憎しみ、汝(な)が失神、汝が絶望を、

即ち甞ていためられたるかの獣性を、

月々に流されるかの血液の過剰の如く、

汝(なれ)は我等に返報(むく)ゆなり、おゝ汝、悪意なき夜よ。

     ★

一度女がかの恐惶((きようくわう))、愛の神、

生の呼び声、行為の歌に駆り立てられるや、

緑の美神(ミューズ)と正義の神は顕れて

そが厳めしき制縛もて彼を引裂くのであつた!

絶えず/\壮観と、静謐((せいひつ))に渇する彼は、

かの執念の姉妹(あねいもと)には見棄てられ、

やさしさ籠めて愚痴を呟き、巧者にも

花咲く自然に血の出る額を彼は与へるのであつた。

だが冷厳の錬金術、神学的な研鑚は

傷付いた彼、この倨傲なる学徒には不向きであつた。

狂暴な孤独はかくて彼の上をのそりのそりと歩き廻つた。

かゝる時、まこと爽かに、いつかは彼も験(な)めるべき

死の忌はしさの影だになく、真理の夜々の空にみる

かの夢とかの壮麗な逍遥は、彼の想ひに現れて、

その魂に病む四肢に、呼び覚まされるは

神秘な死、それよやさしき妹(いも)なるよ!





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