ランボオ詩集 中原中也訳



 渇の喜劇


     

   祖先(みおや)

私(わし)達はおまへの祖先(みおや)だ、

  祖先(みおや)だよ!

月や青物の

冷(ひや)こい汁にしとど濡れ。

私達(わしたち)の粗末なお酒は心を持つてゐましたぞ!

お日様に向つて嘘偽(うそいつはり)のないためには

人間何が必要か? 飲むこつてす。

小生。――野花の上にて息絶ゆること。

私(わし)達はおまへの祖先(みおや)だ、

  田園に棲む。

ごらん、柳のむかふを水は、

湿つたお城のぐるりをめぐつて

ずうつと流れてゐるでせう。

さ、酒倉へ行きますよ、

林檎酒(シイドル)もあればお乳もあります。

小生。――牝牛等呑んでる所(とこ)へゆく。

私(わし)達はおまへの祖先(みおや)。

  さ、持つといで

戸棚の中の色んなお酒。

上等の紅茶、上等の珈琲、

薬鑵の中で鳴つてます。

――絵をごらん、花をごらん。

私(わし)達は墓の中から甦(かへ)つて来ますよ。

小生。――骨甕をみんな、割つちやへばよい。

     

   精神

永遠無窮な水精(みづはめ)は、

  きめこまやかな水分割(わか)て。

ニュス、蒼天の妹は、

  きれいな浪に情けを含((こ))めよ。

ノルヱーの彷徨ふ猶太人((ユダヤじん))等は、

  雪について語つてくれよ。

追放されたる古代人等は、

  海のことを語つてくれよ。

小生。――きれいなお魚(さかな)はもう沢山、

     水入れた、コップに漬ける造花だの、

   絵のない昔噺は

     もう沢山。

   小唄作者よ、おまへの名附け子、

     水※(ヒイドル)[#「虫+息」、118-8]こそは私の渇望(かわき)、

   憂ひに沈み衰耗し果てる

     口なき馴染みのかの水※(ヒイドル)[#「虫+息」、118-10]。

     

   仲間

おい、酒は浜辺に

  浪をなし!

ピリツとくる奴、苦味酒(ビットル)は

  山の上から流れ出す!

どうだい、手に入れようではないか、

緑柱めでたきかのアプサン宮(きう)……

小生。――なにがなにやらもう分らんぞ。

   ひどく酔つたが、勘免(ママ)しろい。

   俺は好きだぞ、随分好きだ、

   池に漬つて腐るのは、

   あの気味悪い苔水の下

   漂ふ丸太のそのそばで。

     

   哀れな空想

恐らくはとある夕べが俺を待つ

或る古都で。

その時こそは徐((しづ))かに飲まう

満足をして死んでもゆかう、

たゞそれまでの辛抱だ!

もしも俺の不運も終焉(をは)り、

お金が手に入ることでもあつたら、

その時はどつちにしたものだらう?

北か、それとも葡萄の国か?……

――まあまあ今からそんなこと、

空想したつてはじまらぬ。

仮りに俺がだ、昔流儀の

旅行家様になつたところで、

あの緑色の旅籠屋が

今時(いまどき)あらうわけもない。

     

   結論

青野にわななく鳩(ふたこゑどり)、

追ひまはされる禽獣(とりけもの)、

水に棲むどち、家畜どち、

瀕死の蝶さへ渇望(かわき)はもつ。

さば雲もろとも融けること、

――すがすがしさにうべなはれ、

曙(あけぼの)が、森に満たするみづみづし

菫の上に息絶ゆること!





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