ランボオ詩集 中原中也訳



 オフェリア


     

星眠る暗く静かな浪の上、

蒼白のオフェリア漂ふ、大百合か、

漂ふ、いともゆるやかに長き面(かつぎ)に横たはり。

近くの森では鳴つてます鹿遂詰めし合図の笛。

以来千年以上です真白の真白の妖怪の

哀しい哀しいオフェリアが、其処な流れを過ぎてから。

以来千年以上ですその恋ゆゑの狂(くる)ひ女(め)が

そのロマンスを夕風に、呟いてから。

風は彼女の胸を撫で、水にしづかにゆらめける

彼女の大きい面(かほぎぬ)を花冠(くわくわん)のやうにひろげます。

柳は慄へてその肩に熱い涙を落とします。

夢みる大きな額の上に蘆((あし))が傾きかかります。

傷つけられた睡蓮たちは彼女を囲繞(とりま)き溜息します。

彼女は時々覚まします、睡つてゐる榛(はんのき)の

中の何かの塒(ねぐら)をば、すると小さな羽ばたきがそこから逃れて出てゆきます。

不思議な一つの歌声が金の星から堕ちてきます。

     

雪の如くも美しい、おゝ蒼ざめたオフェリアよ、

さうだ、おまへは死んだのだ、暗い流れに運ばれて!

それといふのもノルヱーの高い山から吹く風が

おまへの耳にひそひそと酷(むご)い自由を吹込んだため。

それといふのもおまへの髪毛に、押寄せた風の一吹が、

おまへの夢みる心には、ただならぬ音とも聞こえたがため、

それといふのも樹の嘆かひに、夜毎の闇の吐く溜息に、

おまへの心は天地の声を、聞き落(もら)すこともなかつたゆゑに。

それといふのも潮(うしほ)の音(おと)が、さても巨いな残喘((ざんぜん))のごと、

情けにあつい子供のやうな、おまへの胸を痛めたがため。

それといふのも四月の朝に、美々(びゝ)しい一人の蒼ざめた騎手、

哀れな狂者がおまへの膝に、黙つて坐りにやつて来たため。

何たる夢想ぞ、狂ひし女よ、天国、愛恋、自由とや、おゝ!

おまへは雪の火に於るがごと、彼に心も打靡かせた。

おまへの見事な幻想はおまへの誓ひを責めさいなんだ。

――そして無残な無限の奴は、おまへの瞳を震駭(びつくり)させた。

     

扨((さて))詩人奴(め)が云ふことに、星の光をたよりにて、

嘗ておまへの摘んだ花を、夜毎おまへは探しに来ると。

又彼は云ふ、流れの上に、長い面(かつぎ)に横たはり、

真(ま)ツ白白(しろしろ)のオフェリアが、大きな百合かと漂つてゐたと。

〔一八七〇、六月〕




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