ランボオ詩集 中原中也訳



 蹲踞


やがてして、兄貴カロチュス、胃に不愉快を覚ゆるに、

軒窗に一眼(いちがん)ありて其れよりぞ

磨かれし大鍋ごとき陽の光

偏頭痛さへ惹起(ひきおこ)し、眼(まなこ)どろんとさせるにぞ、

そのでぶでぶのお腹(なか)をば布団の中にと運びます。

ごそごそと、灰色の布団の中で大騒ぎ、

獲物(えもの)啖((く))つたる年寄さながら驚いて、

ぼてぼての腹に膝をば当てまする。

なぜかなら、拳(こぶし)を壺の柄と枉((ま))げて、

肌着をばたつぷり腰までまくるため!

ところで彼氏蹲(しやが)みます、寒がつて、足の指をば

ちぢかめて、麺麭((パン))の黄を薄い硝子に被(き)せかける

明るい日向にかぢかむで。

扨((さて))お人好し氏の鼻こそは仮漆(ラツク)と光り、

肉出来の珊瑚樹かとも、射し入る陽光(ひかり)を厭ひます。

     ★

お人好し氏は漫火(とろび)にあたる。腕拱み合せ、下唇を

だらりと垂らし。彼氏今にも火中に滑り、

ズボンを焦し、パイプは消ゆると感ずなり。

何か小鳥のやうなるものは、少しく動く

そのうららかなお腹(なか)でもつて、ちよいと臓物みたいなふうに!

四辺(あたり)では、使ひ古るした家具等の睡り。

垢じみた襤褸(ぼろ)の中にて、穢(けが)らはし壁の前にて、

腰掛や奇妙な寝椅子等、暗い四隅(よすみ)に

蹲((うづく))まる。食器戸棚はあくどい慾に

満ちた睡気をのぞかせる歌手(うたひて)達の口を有((も))つ

いやな熱気は手狭(てぜま)な部屋を立ち罩(こ)める。

お人好し氏の頭の中は、襤褸布(ぼろきれ)で一杯で、

硬毛(こはげ)は湿つた皮膚の中にて、突つ張るやうで、

時あつて、猛烈可笑((をか))しい嚏((くさめ))も出れば、

がたがたの彼氏の寝椅子はゆれまする……

     ★

その宵、彼氏のお臀(しり)のまはりに、月光が

光で出来た鋳物の接合線(つぎめ)を作る時、よく見れば

入り組んだ影こそ蹲(しやが)んだ彼氏にて、薔薇色の

雪の配景のその前に、たち葵((あふひ))かと……

面白や、空の奥まで、面(つら)はヴィーナス追つかける。





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