坐つた奴等
肉瘤(こぶ)で黒くて痘瘡(あばた)あり、緑(あを)い指環を嵌めたよなその眼(まなこ)、
すくむだ指は腰骨のあたりにしよむぼりちぢかむで、
古壁に、漲る瘡蓋(かさぶた)模様のやうに、前頭部には、
ぼんやりとした、気六ヶ敷さを貼り付けて。
恐ろしく夢中な恋のその時に、彼等は可笑しな体躯(からだ)をば、
彼等の椅子の、黒い大きい骨組に接木(つぎき)したのでありました。
枉がつた木杭さながらの彼等の足は、夜(よる)となく
昼となく組み合はされてはをりまする!
これら老爺(ぢぢい)は何時もかも、椅子に腰掛け編物し、
強い日射しがチクチクと皮膚を刺すのを感じます、
そんな時、雪が硝子にしぼむよな、彼等のお眼(めめ)は
蟇(ひきがへる)の、いたはし顫動(ふるへ)にふるひます。
さてその椅子は、彼等に甚だ親切で、褐(かち)に燻(いぶ)され、
詰藁は、彼等のお尻の形(かた)なりになつてゐるのでございます。
甞て照らせし日輪は、甞ての日、その尖に穀粒さやぎし詰藁の
中にくるまり今も猶、燃(とも)つてゐるのでございます。
さて奴等、膝を立て、元気盛んなピアニスト?
十(じふ)の指(および)は椅子の下、ぱたりぱたりと弾(たた)きますれば、
かなし船唄ひたひたと、聞こえ来るよな思ひにて、
さてこそ奴等の頭(おつむり)は、恋々として横に揺れ。
さればこそ、奴等をば、起(た)たさうなぞとは思ひめさるな……
それこそは、横面(よこづら)はられた猫のやう、唸りを発し、湧き上り、
おもむろに、肩をばいからせ、おそろしや、
彼等の穿けるズボンさへ、むツく/\とふくれます。
さて彼等、禿げた頭を壁に向け、
打衝(ぶちあ)てるのが聞こえます、枉がつた足をふんばつて
彼等の服の釦((ボタン))こそ、鹿ノ子の色の瞳にて
それは廊下のどんづまり、みたいな眼付で睨めます。
彼等にはまた人殺す、見えないお手(てて)がありまして、
引つ込めがてには彼等の眼(め)、打たれた犬のいたいたし
眼付を想はすどす黒い、悪意を滲(にじ)み出させます。
諸君はゾツとするでせう、恐ろし漏斗に吸込まれたかと。
再び坐れば、汚ないカフスに半ば隠れた拳固(げんこ)して、
起(た)たさうとした人のこと、とつくり思ひめぐらします。
と、貧しげな顎の下、夕映(ゆふばえ)や、扁桃腺の色をして、
ぐるりぐるりと、ハチきれさうにうごきます。
やがてして、ひどい睡気が、彼等をこつくりさせる時、
腕敷いて、彼等は夢みる、結構な椅子のこと。
ほんに可愛いい愛情もつて、お役所の立派な室(へや)に、
ずらり並んだ房の下がつた椅子のこと。
インキの泡がはねツかす、句点(コンマ)の形の花粉等は、
水仙菖の線真似る、蜻蛉(とんぼ)の飛行の如くにも
彼等のお臍のまはりにて、彼等をあやし眠らする。
――さて彼等、腕をもじ/\させまする。髭がチクチクするのです。
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