白百合
月の夜の蓮(はす)のおばしま君うつくしうら葉の御歌(みうた)わすれはせずよ
たけの髪をとめ二人(ふたり)に月うすき今宵しら蓮(はす)色まどはずや
荷葉(はす)なかば誰にゆるすの上(かみ)の御句(みく)ぞ御袖(みそで)片取(かたと)るわかき師の君
おもひおもふ今のこころに分ち分かず君やしら萩われやしろ百合
いづれ君ふるさと遠き人の世ぞと御手はなちしは[#「はなちしは」は初出では「はなしは」]昨日(きのふ)の夕
三たりをば世にうらぶれしはらからとわれ先づ云ひぬ西の京の宿
今宵(こよひ)まくら神にゆづらぬやは手なりたがはせまさじ白百合の夢
夢にせめてせめてと思ひその神に小百合の露の歌ささやきぬ
次のまのあま戸そとくるわれをよびて秋の夜いかに長きみぢかき
友のあしのつめたかりきと旅の朝わかきわが師に心なくいひぬ[#「いひぬ」は初出では「いいひぬ」]
ひとまおきてをりをりもれし君がいきその夜しら梅だくと夢みし
いはず聴かずただうなづきて別れけりその日は六日二人(ふたり)と一人(ひとり)
もろ羽かはし掩ひしそれも甲斐なかりきうつくしの友西の京の秋
星となりて逢はむそれまで思ひ出でな一つふすまに聞きし秋の声
人の世に才秀でたるわが友の名の末かなし今日(けふ)秋くれぬ
星の子のあまりによわし袂あげて魔にも鬼にも勝(か)たむと云へな
百合の花わざと魔の手に折らせおきて拾ひてだかむ神のこころか
しろ百合はそれその人の高きおもひおもわは艶(にほ)ふ紅芙蓉(べにふよう)とこそ
さはいへどそのひと時よまばゆかりき夏の野しめし白百合の花
友は二十(はたち)ふたつこしたる我身なりふさはずあらじ恋と伝へむ
その血潮ふたりは吐かぬちぎりなりき春を山蓼(やまたで)たづねますな君
秋を三人(みたり)椎の実なげし鯉やいづこ池の朝かぜ手と手つめたき
かの空よ若狭は北よわれ載せて行く雲なきか西の京の山
ひと花はみづから渓にもとめきませ若狭の雪に堪へむ紅(くれなゐ)
『筆のあとに山居(やまゐ)のさまを知りたまへ』人への人の文さりげなき
京はもののつらきところと書きさして見おろしませる加茂の河しろき
恨みまつる湯におりしまの一人居(ひとりゐ)を歌なかりきの君へだてあり
秋の衾(ふすま)あしたわびし身うらめしきつめたきためし春の京に得ぬ
わすれては谿へおりますうしろ影ほそき御肩(みかた)に春の日よわき
京の鐘この日このとき我れあらずこの日このとき人と人を泣きぬ
琵琶の海山ごえ行かむいざと云ひし秋よ三人(みたり)よ人そぞろなりし
京の水の深み見おろし秋を人の裂きし小指(をゆび)の血のあと寒き
山蓼のそれよりふかきくれなゐは梅よはばかれ神にとがおはむ
魔のまへに理想(おもひ)くだきしよわき子と友のゆふべをゆびさしますな
魔のわざを神のさだめと眼を閉ぢし友の片手の花あやぶみぬ
歌をかぞへその子この子にならふなのまだ寸(すん)ならぬ白百合の芽よ
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