ゲーテ詩集 生田春月訳




湖上で


そして鮮(あた)らしい食物(たべもの)を、新らしい血を
わたしはこの自由な世から吸ふ
わたしを抱き寄せてゐるこの自然は
どんなにやさしく立派なことか!
波は我等の小舟を揺(ゆす)ぶりあげる
櫓拍子の調子につれて
さうして雲のやうに空に聳えた山々は
我等の疾(はし)つて行くのを迎へる

眼よ、我が眼よ、なぜしづむ?
黄金の夢よ、またやつて来たか?
行け、夢よ!たとひ黄金であらうとも
ここにこそ愛もあれば生甲斐もある

波の上にはきらきらと
数知れぬ星が漂ふ
やはらかな霧は身のめぐりに
聳立つ遠山を呑んでしまふ
朝風は蔭つてゐる
入江を吹きめぐり
そして湖上にはよく熟れた
木の実が影をひたしてゐる





山から


若しもわたしが愛するリリよ、おまへを愛してゐなかつたなら
この眺望(ながめ)もわたしに何の楽しみをも与へなかつたらう!
さうして若しもわたしが、リリよ、おまへを愛してゐなかつたなら
わたしはこんなに至る処に幸福を見出したらうか?





花の挨拶


わたしの摘んだこの花輪
おまへに挨拶するよ何千度でも!
わたしはいつまでもお辞儀した
ああ、もう千度も二千度も
さうして胸へ抱きよせた
千度、二千度、三千度でも!





夏に


野も畠(はたけ)
露に輝いてゐる!
草も木も
真珠をつづツてゐる!
茂みを通して
爽かな風が渡る!
あかるい日を浴びて
小鳥は高く囀つてゐる!

ああ、それでも
この低い狭苦しい
小さな部屋に
閉ぢこもつて
日影を避けて
愛する人を見るのにくらべれば
この世は何でもないものだ
たとへどんなに美しからうとも!





五月の歌


小麦畠(ばたけ)か麦畠(むぎばた)
生垣の茨(いばら)の間か
木立の中か草場の方か
あの人は何処へ行つたらう?
わたしに言つてくれ!

  わたしのかはいいあの人は
  家(うち)にはゐなかつた
  わたしの大切(だいじ)なあの人は
  外にゐるに違ひない
  春の五月は美しく
  草は萠え花は咲いてゐる
  愛する人は出て歩く
  面白さうに気楽さうに

あの河のほとりの岩かげに
はじめの接吻(きす)
彼女がくれたあの草の間(ま)
何だか見える!
あれかしら?





早春


楽しい時よ
はや来たか?
丘と森とに
日は照るか?
小川は嬉しさうに
流れて行く
あれは牧場か?
あれが谷か?

青々とした爽かさ!
空と高見よ!
金色の魚は
湖水に泳ぐ

色鳥(いろどり)
森にひそめき
たのしい歌は
ひびいいて来る

緑の下から
花が萠え出し
蜜蜂のむれは
蜜を吸ふ

かるいどよめきが
大気にふるへ
気持のよい香気(にほひ)
睡気(ねむけ)を催す

やがて微風(かぜ)が出て
一層はげしくどよめくが
すでに茂みに
消えてしまふ

けれどそれは胸へと
かへつて来る
搬んでおくれ、詩神(ミユウズ)たち
わたしのためにこの幸福を!

知つておいでか、昨日から
わたしに何が起つたか?
あいらしい姉妹(きやうだい)たち
それそこにあの人が!







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