八木重吉 秋の瞳


 
 
 

  稲妻

くらい よる、

ひとりで 稲妻をみた

そして いそいで ペンをとつた

わたしのうちにも

いなづまに似た ひらめきがあるとおもつたので、

しかし だめでした

わたしは たまらなく

歯をくひしばつて つつぷしてしまつた 
 
 
 

 
 
 

  しのだけ

この しのだけ

ほそく のびた

なぜ ほそい

ほそいから わたしのむねが 痛い 
 
 
 

 
 
 

  むなしさの 空

むなしさの ふかいそらへ

ほがらかにうまれ 湧く 詩(ポヱジイ)のこころ

旋律は 水のように ながれ

あらゆるものがそこにをわる ああ しづけさ 
 
 
 

 
 
 

  こころの 船出

しづか しづか 真珠の空

ああ ましろき こころのたび

うなそこをひとりゆけば

こころのいろは かぎりなく

ただ こころのいろにながれたり

ああしろく ただしろく

はてしなく ふなでをする

わが身を おほふ 真珠の そら 
 
 
 

 
 
 

  朝の あやうさ

すずめが とぶ

いちじるしい あやうさ

はれわたりたる

この あさの あやうさ 
 
 
 

 
 
 

  あめの 日

しろい きのこ

きいろい きのこ

あめの日

しづかな日 
 
 
 

 
 
 

  追憶

山のうへには

はたけが あつたつけ

はたけのすみに うづくまつてみた

あの 空の 近かつたこと

おそろしかつたこと 
 
 
 

 
 
 

  草の 実

実(み)!

ひとつぶの あさがほの 実

さぶしいだらうな、実よ

あ おまへは わたしぢやなかつたのかえ 
 
 
 

 
 
 

  暗光

ちさい 童女が

ぬかるみばたで くびをまわす

灰色の

午后の 暗光 
 
 
 

 
 
 

  止まつた ウオツチ

止まつた 懐中時計(ウオツチ)、

ほそい 三つの 針、

白い 夜だのに

丸いかほの おまへの うつろ、

うごけ うごけ

うごかぬ おまへがこわい 
 
 
 

 
 
 

  鳩が飛ぶ

あき空を はとが とぶ、

それでよい

それで いいのだ 
 
 
 

 
 
 

  草に すわる

わたしの まちがひだつた

わたしのまちがひだつた

こうして 草にすわれば それがわかる 
 
 
 

 
 
 

  夜の 空の くらげ

くらげ くらげ

くものかかつた 思ひきつた よるの月 
 
 
 

 
 
 

  虹

この虹をみる わたしと ちさい妻、

やすやすと この虹を讃めうる

わたしら二人 けふのさひわひのおほいさ 
 
 
 

 
 
 

  秋

秋が くると いふのか

なにものとも しれぬけれど

すこしづつ そして わづかにいろづいてゆく、

わたしのこころが

それよりも もつとひろいもののなかへくづれて ゆくのか 
 
 
 

 
 
 

  黎明

れいめいは さんざめいて ながれてゆく

やなぎのえだが さらりさらりと なびくとき

あれほどおもたい わたしの こころでさへ

なんとはなしに さらさらとながされてゆく 
 
 
 

 
 
 

  不思議をおもふ

たちまち この雑草の庭に ニンフが舞ひ

ヱンゼルの羽音が きわめてしづかにながれたとて

七宝荘厳の天の蓮華が 咲きいでたとて

わたしのこころは おどろかない、

倦み つかれ さまよへる こころ

あへぎ もとめ もだへるこころ

ふしぎであらうとも うつくしく咲きいづるなら

ひたすらに わたしも 舞ひたい 
 
 
 

 
 
 

  あをい 水のかげ

たかい丘にのぼれば

内海(ないかい)の水のかげが あをい

わたしのこころは はてしなく くづをれ

かなしくて かなしくて たえられない 
 
 
 

 
 
 

  人間

巨人が 生まれたならば

人間を みいんな 植物にしてしまうにちがいない 
 
 
 

 
 
 

  皎々とのぼつてゆきたい

それが ことによくすみわたつた日であるならば

そして君のこころが あまりにもつよく

説きがたく 消しがたく かなしさにうづく日なら

君は この阪路(さかみち)をいつまでものぼりつめて

あの丘よりも もつともつとたかく

皎々と のぼつてゆきたいとは おもわないか 
 
 
 

 
 
 

  キーツに 寄す

うつくしい 秋のゆふぐれ

恋人の 白い 横顔(プロフアイル)―キーツの 幻(まぼろし) 
 
 
 

 
 
 

  はらへたまつてゆく かなしみ

かなしみは しづかに たまつてくる

しみじみと そして なみなみと

たまりたまつてくる わたしの かなしみは

ひそかに だが つよく 透きとほつて ゆく

こうして わたしは 痴人のごとく

さいげんもなく かなしみを たべてゐる

いづくへとても ゆくところもないゆえ

のこりなく かなしみは はらへたまつてゆく 
 
 
 

 
 
 

  怒(いか)れる 相(すがた)

空が 怒つてゐる

木が 怒つてゐる

みよ! 微笑(ほほえみ)が いかつてゐるではないか

寂寥、憂愁、哄笑、愛慾、

ひとつとして 怒つてをらぬものがあるか

ああ 風景よ、いかれる すがたよ、

なにを そんなに待ちくたびれてゐるのか

大地から生まれいづる者を待つのか

雲に乗つてくる人を ぎよう望して止まないのか 
 
 
 

 
 
 

  かすかな 像(イメヱジ)

山へゆけない日 よく晴れた日

むねに わく

かすかな 像(イメヱジ) 
 
 
 

 
 
 

  秋の日の こころ

花が 咲いた

秋の日の

こころのなかに 花がさいた 
 
 
 

 
 
 

  白い 雲

秋の いちじるしさは

空の 碧(みどり)を つんざいて 横にながれた白い雲だ

なにを かたつてゐるのか

それはわからないが、

りんりんと かなしい しづかな雲だ 
 
 
 

 
 
 

  白い 路

白い 路

まつすぐな 杉

わたしが のぼる、

いつまでも のぼりたいなあ 
 
 
 

 
 
 

  感傷

赤い 松の幹は 感傷 
 
 
 

 
 
 

  沼と風

おもたい

沼ですよ

しづかな

かぜ ですよ 
 
 
 

 
 
 

  毛蟲を うづめる

まひる

けむし を 土にうづめる 
 
 
 

 
 
 

  春も 晩く

春も おそく

どこともないが

大空に 水が わくのか

水が ながれるのか

なんとはなく

まともにはみられぬ こころだ

大空に わくのは

おもたい水なのか 
 
 
 

 
 
 

  おもひ

かへるべきである ともおもわれる 
 
 
 

 
 
 

  秋の 壁

白き 

秋の 壁に

かれ枝もて

えがけば

かれ枝より

しづかなる

ひびき ながるるなり 
 
 
 

 
 
 

  郷愁

このひごろ

あまりには

ひとを 憎まず

すきとほりゆく

郷愁

ひえびえと ながる 
 
 
 

 
 
 

  ひとつの ながれ

ひとつの

ながれ

あるごとし、

いづくにか 空にかかりてか

る、る、と

ながるらしき 
 
 
 

 
 
 

  宇宙の 良心

宇宙の良心―耶蘇 
 
 
 

 
 
 

  空と光

彫(きざ)まれたる

空よ

光よ 
 
 
 

 



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