八木重吉 秋の瞳


 
 

  おもひなき 哀しさ

はるの日の

わづかに わづかに霧(き)れるよくはれし野をあゆむ

ああ おもひなき かなしさよ 
 
 
 

 
 
 

  ゆくはるの 宵

このよひは ゆくはるのよひ

かなしげな はるのめがみは

くさぶえを やさしき唇(くち)へ

しつかと おさへ うなだれてゐる 
 
 
 

 
 
 

  しづかなる ながれ

せつに せつに

ねがへども けふ水を みえねば

なぐさまぬ こころおどりて

はるのそらに

しづかなる ながれを かんずる 
 
 
 

 
 
 

  ちいさい ふくろ

これは ちいさい ふくろ

ねんねこ おんぶのとき

せなかに たらす 赤いふくろ

まつしろな 絹のひもがついてゐます

けさは

しなやかな 秋

ごらんなさい

机のうへに 金糸のぬいとりもはいつた 赤いふくろがおいてある 
 
 
 

 
 
 

  哭くな 児よ

なくな 児よ

哭くな 児よ

この ちちをみよ

なきもせぬ

わらひも せぬ わ 
 
 
 

 
 
 

  怒り

かの日の 怒り

ひとりの いきもののごとくあゆみきたる

ひかりある

くろき 珠のごとく うしろよりせまつてくる 
 
 
 

 
 
 

  春

春は かるく たたずむ

さくらの みだれさく しづけさの あたりに

十四の少女の

ちさい おくれ毛の あたりに

秋よりは ひくい はなやかな そら

ああ けふにして 春のかなしさを あざやかにみる 
 
 
 

 
 
 

  柳も かるく

やなぎも かるく

春も かるく

赤い 山車(だし)には 赤い児がついて

青い 山車には 青い児がついて

柳もかるく

はるもかるく

けふの まつりは 花のようだ

底本:「八木重吉全詩集1」ちくま文庫、筑摩書房 
 
 
 

 
 
 

   1988(昭和63)年8月30日第1刷発行 
 
 
 

 
 
 

   1997(平成9)年6月25日第4刷発行

親本:「八木重吉全集」筑摩書房 
 
 
 

 
 
 

   1982(昭和57)年9月

入力:j.utiyama

校正:富田倫生

1998年5月1日公開

2005年10月28日修正

青空文庫作成ファイル:

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