フランツ・カフカ 城 (11〜15章)


 Kはつぎにオルガから、訪問客は自分を訪ねてきたのだった、ということを聞いた。それは、フリーダに頼まれて彼を探していた、例の助手たちの一人だった。オルガはKを助手の眼にふれないようにしようと思ったのだ。もしKがここを訪ねたことをあとでフリーダに白状しようと思うならば、そうしてもいいだろうが、ここにきたことを助手によって見つけ出されてはいけない、という。Kはそれに賛成した。だが、ここに今夜は泊って、バルナバスを待つようにというオルガの申し出はことわった。その申し出そのものは、Kはおそらく受け入れてもよかったのだろう。というのは、もうすでに夜も遅く、また今では自分が欲しようと欲しまいとこの一家とすっかり結びついているのだから、ここに泊まることはほかの理由からならおそらく耐えがたいだろうが、この結びつきを考えに入れると、この村ではいちばん自然な泊り場所であるように思われたのだった。それにもかかわらず、彼はことわった。助手の訪ねてきたことで彼はびっくりしてしまっていた。彼の気持をよく知っているフリーダが、そして彼を恐れることを思い知らされた助手たちが、ふたたびすっかり一味になってしまい、フリーダが助手を自分のところに送ってくることをはばからず、それに助手は一人だけで、もう一方はきっと彼女のところにとどまっている、ということが彼には理解できないことだった。彼はオルガに、鞭(むち)をもっているか、とたずねた。彼女は鞭はもってはいなかったが、いい柳の枝をもっていて、彼はそれを受け取った。それから、この家にはもう一つの出口があるか、とたずねた。内庭を通っていくそんな出口があったが、ただそこを通るとなると、通りへ出る前に隣りの庭の垣根をよじのぼり、その庭を通っていかなければならなかった。Kはそうしようと思った。オルガが内庭を通って垣根のところへKを導いていくあいだに、Kはオルガの心配を手っ取り早くなだめてやろうとして、自分はあなたが話のあいだにちょっとした術策を使ったということで少しも怒ってはいない、あなたの気持はよくわかっている、といって、彼女が語ってくれるということで証明した自分を信頼してくれている気持に感謝した。そして、バルナバスが帰ってきたらすぐ、夜なかでもいいから、学校へよこしてくれるように、と頼んだ。バルナバスのたよりが自分のただ一つの希望というわけではないし、またそうでなければ自分はひどい状態にあるということになるけれども、自分はけっしてバルナバスのたよりをあきらめはしない。自分はそれを頼みにするし、その場合にオルガのことも忘れない。というのは、自分にとってはオルガ自身、つまり、彼女の勇気、彼女の慎重さ、賢明さ、一家のための献身といったもののほうが大切なくらいだ。もし自分がオルガとアマーリアとのあいだでどちらかを選ばなければならぬとしても、それにはたいして考える必要はない、というようなことをいった。そして、心から彼女の手をにぎったかと思うと、たちまち隣りの庭の垣根に飛び乗っていた。



底本:「世界文学大系58 カフカ」筑摩書房
   1960(昭和35)年4月10日発行
入力:kompass
校正:米田
2011年12月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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