いたずらな天使 アンデルセン作 山田由香里訳

いたずらな天使
ハンス・クリスチャン・アンデルセン作
山田由香里訳

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 昔、年をとった詩人がおりました。それはすばらしい詩人でした。
 ある晩、この詩人は家でくつろいでおりました。外は大嵐で、雨は滝のように降りしきっていたのですが、詩人は暖炉のそばにゆったりとすわっていました。暖炉には火が燃え、そこで焼きリンゴを作っているおいしそうなにおいがしていました。
「この嵐では家のない貧しい人たちは、すっかりずぶ濡れになってしまうだろう」と詩人が言ったそのとき、「おぉい、あけておくれよ! 寒いよ。びしょぬれだ」と外で子どもの声がしました。叫びながらドアをたたいているようです。雨はあいかわらず激しく降り、風は窓をガタガタとならしています。
「おや。これはたいへんだ!」詩人は立ちあがってドアをあけにゆきました。そこには小さな男の子が立っています。裸で、長い金色の巻き毛から水をしたたらせ、寒さにふるえていました。もしも詩人が入れてやらなかったら、この嵐の中できっと死んでしまったことでしょう。
「なんとまあ、かわいそうに! さあ、お入り」詩人はそう言って、子どもの手をとりました。「すぐにあたためてあげるからね。ワインとリンゴをもってくるとしよう、このかわいい少年に」
 なるほどその男の子は愛くるしい子どもでした。目は二つの星をはりつけたようにキラキラと輝き、金色の巻き毛はすっかりぬれてしまってもなお、十分に美しく巻かれているのでした。
 まるで小さな天使が舞いおりたかのようでしたが、寒さのために顔は青ざめ、体はぶるぶるとふるえていました。手にもったみごとな弓は、雨にあたってすっかりだめになっていました。かわいい矢も、ぬれたせいで色がにじんでいます。
 詩人は暖炉のそばにすわるとひざの上にその子をのせ、巻き毛の水をしぼってやったり、冷たくなった手を自分の手であたためてやったりしました。
 そのあと、かおりのよいあたたかいワインを飲ませてやると、男の子はたちまち元気をとりもどし、頬には赤みもさしてきました。すると床にぴょんと飛びおり、踊りながら詩人のまわりをまわり出すのでした。
「ゆかいな子だな。名はなんという?」
「キューピッドってんだ。知らないのかい? あそこに僕の弓があるだろう。あれで矢をはなつんだよ。見て! 空がはれてきた。お月さまがひかっている」 
「だが、あの弓はこわれているよ」と詩人は言いました。
「こまったな」と男の子は言って弓を取りあげ、ながめました。「あれ、もうかわいているじゃないか。こわれてなんかいるもんか。弦だってちゃんと張っているし。ためしてみよう」男の子は矢をつがえて弦を引きしぼり、詩人のハートめがけてはなちました。「ほら、こわれていないだろう?」そう言うと、大声で笑いながら飛びだしてゆきました。詩人にそんなことをするとは、なんたる悪たれ小僧でしょう! 詩人は男の子をあたたかい部屋に入れてやり、世話をし、おいしいワインとリンゴまでごちそうしたというのに!
 詩人は床にたおれて、叫んでいました。本当にハートをいとめられたのです。「あぁ、あの悪たれキューピッドめ! 無邪気な子どもたちに、あの子と遊んではいかん、と言っておかなくては。子どもたちが傷つけられたらたいへんだ」
 詩人はどの子どもにもこの話を聞かせましたので、男の子も女の子もみな、このいたずらなキューピッドにだまされまいと用心していました。ところがキューピッドにはお見通しなので、子どもたちは裏をかかれてしまいます。子どもたちが学校から出てくると、キューピッドも黒いコートに身をつつみ本をかかえてついてきますので、まるきり見わけがつきません。この子もなかまだと思いこみ腕をくむと、ハートをいとめられてしまうというわけです。また、女の子たちが教会へ礼拝にゆくときは、キューピッドもその中にまじっています。まったくキューピッドはいつだって人々の後ろをふわふわと飛んでいるのですから。ときには劇場の大きなシャンデリアにすわって、次々に矢をはなったりもします。だれもがそれをただのランプだと思っていますが、そうではなかったと気づいたときはもう手遅れなのです。また、お城の庭や通りを歩きまわっていることもあります。そうです。キューピッドは昔、あなたのお父さんやお母さんのハートにも矢をはなちました。ご両親に聞いてごらんなさい。どんな答えがかえってくるでしょう? 「あぁ、あれは悪い子だ。あのキューピッドって子は。あんな子となかよくしてはだめだよ。いつも後ろからついてくるんだからね。おばあちゃんのハートもやられたことがあったっけ。もちろん大昔の話だ。傷はとっくに治ったけれど、大さわぎだったものさ」と。
 このいたずらなキューピッドがどんなに悪い子か、もうわかったでしょう。



底本:「いたずらな天使」明かりの本
   2013(平成25)年11月7日初版発行
翻訳:山田由香里
編集:明かりの本
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