ゲーテ詩集 生田春月訳

ゲーテ詩集
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
生田春月 訳




〜〜 小曲


    早く響いたものは晩く響く
    幸福と不幸とは歌となる





はじめの言葉


燃ゆる思ひの口(く)ごもりも書かれてみると
どんなにめづらしく見えるだらう!
そこでわたしは家(うち)から家(うち)へと
散らばつた紙を集めて廻るのだ

この世で互に遠く隔つて
はなればなれになつてゐるものも
いあんかうして一つの表紙に蔽はれて
我が善き読者の手にわたる

欠点を恥ぢるには及ばない
早く完備するには小さな書物(ほん)
世界は矛盾に充ちてゐる
なぜ矛盾があつてはならないのだ?





懇篤な読者に


詩人は沈黙することを好まない
世間に自分を示したがる
賞讚と非難とはもとより覚悟のまへだ!
何人(だれ)も散文で懺悔するものはない
ただ詩神(ミユウズ)のしづかな森でだけ
我々はそれをこつそりやる

わたしがどんなに迷ひ、どんなに努めたか
どんなに悩み、どんなに生きたかは
ここなる花輪の花となる
さうして老境もまた青春も
徳も不徳も集めて見れば
また捨てがたい歌となる





新しいアマディス


まだほんの子供であつたとき
わたしは閉ぢこめられて
何年といふ長い年月を
たつた一人ぽつちですわつてゐた
お母さんのおなかのうちででもあるやうに

けれどもその時おまへはわたしの玩具(おもちや)であつた
黄金の空想よ
むかしのピピイ王子のやうに
わたしは情深い勇士になつた
この世を隅なく経廻(へめぐ)つた

たくさんの水晶の城を奪ひ取り
それをうちこわしてしまつたり
手に持つ鋭い投槍を
竜の胴腹へ打ち込んだ
さうだ、わたしは男子であつた!

立派な騎士のするやうに
わたしは王女のフィッシュを助け出した
彼女は大変愛層よく
わたしを食卓に案内した
そしてわたしは慇懃だつた

彼女の接吻は甘露のやうな味がして
酒のやうに燃えてゐた
ああ!わたしは死ぬほど愛してゐた!
その身のまはりは日を受けて
黄金(きん)の後光がさしてゐた

ああ!誰が彼女をわたしから奪つたのだ?
どんな魔法の紐でも急いで逃げる
彼女を引止めることが出来なかつたか?
言へよ、何処に彼女の国はある?
其処へ行く道は何処にある?





狐は死んで皮を残す


昼すぎに僕等子供のむれが
木蔭にすわつてゐると
愛の神(アモオル)が来て『狐は死んで』を
一緒に遊ばうと誘つた
僕の友逹はみな仲よしの
少女(むすめ)と並んで楽しくすわつた
愛の神(アモオル)は松明を吹き消して
『ここに蝋燭がある!』と言つた

蝋燭は燃えながら
素早く手から手へ渡つた
みなそれを大急ぎで
人の手に押しつけた

そしてドリリスはふざけながら
それを僕の手にわたした
僕の指がそれにさわつたら
蝋燭はぱつと燃え上る

僕の眼と顔とを焼き焦がし
それから胸に燃えうつツた
僕の頭の上で
焔がもつれ合つたほど

僕はもみ消さうと手を振り廻したが
やつぱり燃え続けて消えはせぬ
死ぬるどころかその狐めは
僕には生きてしまつたのだ





あれ野の薔薇


一人の子供が薔薇を見た
あれ野の薔薇を
その朝のやうな若さ美しさを
なほよく見ようと駈け寄つて
子供は見ました喜んで
薔薇よ、薔薇よ、紅薔薇よ
あれ野の薔薇よ

子供が言ふには『僕はおまへを折つてやる
あれ野の薔薇よ!』
薔薇が言ふには『そしたらわたしは刺しますよ
あなたがいつまでもお忘れにならぬほど
わたしも折られたくはありませんもの』
薔薇よ、薔薇よ、紅薔薇よ
あれ野の薔薇よ

乱暴な子供は折りました
あれ野の薔薇を
薔薇は拒んで刺しました
けどもういくら泣いても追つ附きません
薔薇は折られてしまひました
薔薇よ、薔薇よ、紅薔薇よ
あれ野の薔薇よ





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