幽霊の足
相馬御風
或小学校に於ける手工の時間に、Fといふ教師の経験した話。その日Fは生徒一同に同じ分量の粘土を与へて、各自勝手な物を作らせて見ようと企てた。生徒は皆大いに喜んで各自思ひ/\に、馬だの牛だの人形だの茄子だの胡瓜だのを作つた。
ところが、中にたゞ一人時間が過ぎても、ぼんやり何か考へ込んでゐて何も作らない生徒があつた。彼はもと/\其の級第一の劣等児であつた。算術や読方はいふまでもなく、学科といふ学科は悉くゼロに近い点数をとつてゐた。たゞ不思議に彼は自然の風物を愛する点に於て他の児童に見ることが出来ない豊かさを持つてゐた。空だの、草だの、木だのに対する彼の愛着は極めて深かつた。時には授業中をもかまはずに窓の外の鳥の音に誘はれて、ふら/\と教室を出て行かうとするやうな事さへあつた。教師Fはさうした彼の性情をよく理解してゐたので、なるべくそれを傷けないやうに注意してゐたが、時時は他の生徒への手前叱らずに居られぬやうな事もないではなかつた。
その粘土細工の時間にもFはあまりの事に彼のそばに行つて、やゝ語調を荒くしてたづねた。
「おい、お前は何をしてるんだ。一時間たつても何もしないぢやないか。なぜ、さうぼんやりしてるんだ」
教師のさうした詰問に、彼はまるで夢からさめでもしたやうに、きよとんとした顔を上げた。そしていかにも困つたといふ風に訴へた。
「先生、私は幽霊を作りたいんです。作らうと思ふ幽霊はハツキリ目に見えてゐるんです。けれども、いつかうちのお母さんは幽霊といふものは足のないものだといつて聞かせました。でも、足がなくては立てません。私はそれを考へてゐたんです。先生! どうしたら足がなくても立たせることが出来るでせうか。それさへわかれば今すぐ私は幽霊をこしらへます」
それには教師もまいつてしまつた。むしろ一種の驚異さへも感じさせられた。そしてたゞかう答へるより外なかつた。
「よし、よし。それでは今日はそれでやめにして置くがいい。その代りいつでもいゝからお前がその工夫の出来た時に作つて持つて来るがいゝ」
しかし、その生徒は卒業するまでつひにそれを作り得ずにしまつた。或は一生涯彼はそれを考へ続けるのかも知れない。教師は時々その教へ子をおもひ出しては涙ぐまされるのであつた。
底本:「日本の名随筆 別巻67 子供」作品社
1996(平成8)年9月25日第1刷発行
底本の親本:「相馬御風著作集」名著刊行会
1981(昭和56)年6月
入力:浦山敦子
校正:noriko saito
2008年5月22日作成
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