フランツ・カフカ 城 (11〜15章)


「だれが薪小屋へ入りこもうなどとしたのだ? そいつはどこにいるんだ? ひねりつぶしてやる!」
 そのとき、フリーダは女教師の足もとで懸命に床にぞうきんがけをやっていたが、ふと立ち上がってKのほうを見た。まるでKから力を授けられたというふうであった。そして、次のようにいったが、そういいながらも彼女の以前からの落ちつき払った様子がまなざしと態度とに表われていた。
「わたしがしたんです、先生。ほかにどうしたらよいのか、わからなかったんです。朝早く教室に火を焚くようにということだったので、小屋を開けなければならなかったんです。夜分、鍵をあなたのところからいただいてくることはできなかったし、私の婚約者は紳士荘へいっていて、夜はそこにずっといることになるかもしれなかったのです。で、わたしはひとりでどうするかきめなければなりませんでした。もしまちがったことをやったのなら、わたしが不慣れで未熟なためとお許し下さい。婚約者がわたしのやったことを見たとき、わたしはもうさんざどなりつけられたんです。それどころか、あの人は朝早く火を焚くことをわたしに禁じました。それは、あなたが小屋を閉めておくことで、あなたご自身がやってくるまでは火を焚いてもらいたくないということをお示しになろうとしているのだ、とあの人は思ったからです。そこで、火を焚いてないのはあの人のせいですが、小屋をぶち開けたのはわたしのせいですわ」
「だれがドアをぶち開けたのだ?」と、教師は助手たちにたずねた。助手たちはまだ教師のつかんでいる手を振りほどこうとむだな試みをつづけていた。
「あの人です」と、二人はいって、疑いの余地のないように、Kを指さした。フリーダは笑ったが、この笑いは彼女の言葉よりもいっそう事実を証明しているように見えた。次に彼女は、床をふいていたぞうきんをバケツのなかでしぼり始めた。まるで、この彼女の説明でこの突発事が終わり、助手たちのいうことはあとからつけた冗談ごとにすぎない、とでもいうようであった。仕事をつづける構えになって、ふたたび床に膝をついたときになってやっと、彼女はいった。
「わたしたちの助手は、いい年をしているくせに、まだここの生徒さんたちの長椅子に坐ったらいいような子供なんですのよ。つまり、わたしはきのうの夕方、ひとりでドアを斧で開けたんですの。とても簡単でしたわ。助手なんかそのためにはいらなかったし、手伝わせたって、どうせじゃまになっただけでしょう。それから夜になって婚約者がやってきて、小屋の損害をよく見て、できるなら修理しようとして、出ていきますと、助手たちもいっしょに走っていきました。おそらくここに自分たちだけ残っているのが恐ろしかったんでしょう。そして、わたしの婚約者が破り開けたドアのところで修理の仕事をしているのを見たんですわ。そこであの人たちは今、あんなことをいっているんです。――まあ、子供なんですわ」
 助手たちはフリーダの説明のあいだじゅう、たえず頭を振って否定する様子を見せ、Kを指さしつづけ、無言のまま顔の表情によってフリーダに意見を変えさせようと努めてはいた。ところがそれが自分たちにうまくいかないとわかると、とうとう折れてしまい、フリーダの言葉を命令と受け取って、教師の新しい問いに対してはもう答えなかった。
「そうか」と、教師はいった。「では、君たちは嘘をいったのだね? あるいは少なくとも軽はずみに小使に罪をなすりつけているんだね?」
 二人はまだ黙っていたが、彼らが身体をふるわせ、不安げなまなざしをしていることは、罪の意識を示すもののように見えた。
「それじゃあ、君たちをすぐ鞭でぞんぶんにたたいてやろう」と、教師はいい、一人の子供を別な部屋にやって籐(とう)の棒をもってこさせた。次に彼がその棒を振り上げたとき、フリーダが叫んだ。
「助手たちはほんとうのことをいったんです」そして、絶望してぞうきんをバケツのなかへ投げこんだので、水が高く跳ね返った。彼女は平行棒のうしろへ駆けこむと、そこに身を隠してしまった。
「嘘(うそ)つきの人たちねえ」と、猫の脚の繃帯(ほうたい)をちょうどし終えて、猫を膝の上に抱き上げていた女教師は、いった。彼女の膝には猫はほとんど大きすぎるくらいだった。



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