フランツ・カフカ 城 (11〜15章)


「それじゃあ、小使さんはここに残ること」と、教師がいった。そして、助手たちを押しのけると、Kのほうに向きなおった。Kはそのあいだじゅう、箒(ほうき)で身体を支えたまま、彼らの話に耳を傾けていたのだった。「この小使さんは卑怯なため、事実を曲げて他人に自分自身の卑劣行為がなすりつけられるのを、平気でながめているわけだね」
「まあ」と、Kはいったが、フリーダがあいだに入ったことで教師の最初のとめどもない怒りがやわらげられたのを、見て取っていた。「助手たちが少しぐらい鞭で打たれたところで、私には心苦しくなんかなかったことでしょうよ。十回も当然なぐられていい動機を見逃がしてもらったんだから、一回ぐらい正当でない動機でその罪ほろぼしになぐられたっていいんですよ。でも、そうでなくとも、先生、あなたと私とのあいだの直接の衝突が避けられたとすれば、それはおそらくあなたにとっても好ましいことにちがいありませんからね。ところで、フリーダが助手たちを救おうとして私を犠牲にしたんですから――」ここでKはちょっと間をおいた。あたりの静けさのなかに、囲いの毛布のうしろでフリーダがすすり泣く声が聞こえた。「もちろん、今は事に決着をつけなければならないわけです」
「なんていうことを!」と、女教師がいった。
「私も完全にあなたと同じ考えですよ、ギーザ先生」と、教師がいった。「小使さん、あんたはむろんこの恥ずべき職務怠慢のためにこの場ですぐ解雇です。まだこれにつづくべき罰は保留しておきます。だが、今はすぐあなたの品物をみんなもってここから出ていってもらいます。これで私たちはほんとうに気が軽くなるというものですよ。授業もとうとう始められますしね。さあ、急いでくれたまえ!」
「私はここから動きませんよ」と、Kはいった。「あなたは私の上役ではあるけれど、私にこの地位を与えた人じゃありません。この地位を与えてくれたのは村長さんで、ただ彼の解雇通知だけを私は受け入れます。ところで村長さんは、私がここで私の妻や助手たちといっしょに凍えるために、この地位を私に与えたのではなくて、――あなたご自身がいわれたように――私が絶望のあまり考えのないことをしでかすことを防ぐためだったんです。だから、今、突然、私をくびにすれば、村長さんの意図にも反しますよ。これと反対のことを村長さん自身の口から聞かない限りは、あなたのいうことなんか信じません。それに、あなたの軽率な解雇通知に従わなければ、おそらくあなたにとっての大きな利益となることでしょう」
「それじゃあ、いうことをきかないというんですね」と、教師はたずねた。Kは頭を振って、そのとおりだと示した。
「よく考えてみることですね」と、教師はいった。「あなたの決定は、いつも最善のものだとはきまっていません。たとえば、あなたが事情聴取を受けることをことわったきのうの午後のことを考えてみたまえ」
「なぜあなたは、今、そんなことをいうんです?」と、Kはたずねた。
「いいたいからいうんだ」と、教師がいった。「で、私は最後にもう一度いうが、出ていきたまえ!」
 ところが、これも全然効果がなかったので、教師は教壇のほうへ歩みよって、女教師と低い声で話し合っていた。彼女は警察というようなことをいったが、教師はそれをことわった。とうとう意見が一致して、教師は子供たちに、先生の教室へ移りなさい、そこでむこうの子供たちといっしょに授業をするから、と命じた。子供たちはみんなこの変換を悦んで、すぐ笑ったり叫んだりしながら、部屋を空(から)にした。教師と女教師とがしんがりで子供たちのあとを追って出ていった。女教師はクラス名簿と、その上にのせられたまるまると肥った何くわぬような顔をしている猫とを運んでいった。教師は猫をここに残していきたかったが、それについてのほのめかしの言葉を、Kが残忍だから置いていけないといって女教師はきっぱりとこばんだ。そこで、Kはひどく腹を立てながらも、猫を教師に背負わせてやったのだった。これは、教師がドアのところでKに向っていった次のような最後の言葉にも影響したものらしい。
「女の先生は子供たちといっしょにやむなくこの部屋を出ていきましたよ。あなたが強情に私の解雇通知に従わないし、また若いお嬢さんのあの先生に向って、あなたがたの汚らしい世帯のまっただなかで授業をやるように、などとだれだって求めることはできないからです。それじゃあ、あなたがただけがここに残りなさい。まともな見物衆たちの反感にじゃまされずに、好きなだけここにのさばっていることができますよ。しかし、長くはつづきませんよ。それは保証します」
 そういうと、彼はドアをぴしゃりと閉めた。







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