フランツ・カフカ 城 (16〜20章)


「あなたはほんとうのことをいわないのね、なぜほんとうのことをいわないんです?」
「あなただってほんとうのことをいいませんよ」
「わたしがですって? またそろそろあなたの厚かましい態度を見せるんですか。そして、たといわたしがほんとうのことをいわないとしたって――いったいわたしはあなたに対して弁解しなければならないんですか。でも、どんな点でわたしがあなたにほんとうのことをいわなかったんです?」
「あなたは自分でいっているようなおかみさんであるだけじゃないんですからね」
「なんですって! あなたはよく発見をする人ね! ではいったい、そのほかになんだっていうの? あなたの厚かましさはほんとうにもういよいよ大きくなっていくのね」
「あなたがそのほかのなんであるのか、私にはわかりません。私にわかっているのは、あなたがおかみさんであり、そのほかにあなたの着ている服は、宿屋のおかみさんにはふさわしくなく、また私の知っている限りではこの村ではだれもそんなのを着てはいないということだけです」
「それではわたしたちは話の本題へ入ったわけです。あなたはそれをいわないではいられないのね。あなたという人は、おそらく全然厚かましいのじゃなく、ただ、何かばかげたことを知っていて、どんなにいわれてもそのことを黙ってはいられない子供のようなものなんだわ。では、いいなさいな! この服のどこが変っているんです?」
「私がそれをいったら、あなたは怒りますよ」
「いいえ、それを笑うでしょうよ。きっと子供じみたおしゃべりなんでしょうから。で、この服はどんなだというんです?」
「それを知りたいというんですね。それじゃあ、いいましょう。その服はほんとうに高価ないい生地でできていますね。だが、もう古くさくて、ごてごて飾りすぎているし、何度も修繕してあり、着古していて、あなたの年にもあなたの姿恰好にもあなたの地位にもぴったりしません。それは私の眼にすぐつきました、私があなたにはじめて会ったときにね。およそ一週間ばかり前、ここの玄関でした」
「ようくわかりましたわ。古くさくて、ごてごて飾りすぎていて、それからなんでしたっけね? で、いったいあなたはどこからそんなことを聞きこんできたっていうんです?」
「それは眼に見えているままなんですよ。何も教わる必要なんかありません」
「あなたはわけもなくすぐさま見抜きましたね。だれにもきく必要なんかなくて、しかも流行が要求しているものがすぐわかるんですね。それじゃあ、あなたはわたしにとってなくてはならない人になるかもしれないわ。というのは、美しい服についてはわたしは目がないもんでねえ。この戸棚が服でいっぱいなのを見たら、あなたはなんていうでしょうね?」
 彼女は引き戸をみな開けた。すると、服が戸棚の幅いっぱい、奥行いっぱいにぎっしりとつまっていた。たいていは暗色と灰色と赤色と黒の服で、すべて念入りにかけてあり、拡げてあった。
「みんなわたしの服よ。みんなあなたのいうように古くさくて、ごてごて飾りすぎているわ。でも、これはただ、上のわたしの部屋にはしまうところがない服ばかりなのよ。上にはまだいっぱいつまった戸棚が二つあるわ。戸棚二つよ。どれもこれと同じくらいの大きさなのよ。どう、驚いた?」
「いいえ、まあそんなことだろうと思っていました。私はいったはずですよ、あなたはただのおかみじゃなくて何か別なものを目ざしているって」
「わたしが目ざしているのは、ただ美しい服を着るということだけですよ。あなたはばかか、子供か、それともひどく性悪で危険な人間かなのだわ。出ていきなきい、もう出ていってちょうだい!」
 Kは早くも玄関へ出ていたが、ゲルステッカーがまた彼の袖をしっかとつかんだ。そのとき、おかみがKのうしろから声をかけた。
「あした、新しい服が手に入るわ。おそらくあなたを迎えにだれかをやるでしょうよ」








底本:「世界文学大系58 カフカ」筑摩書房
   1960(昭和35)年4月10日発行
入力:kompass
校正:米田
2011年12月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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