ヴィクトル・ユゴー 死刑囚最後の日


       二八

 けれども、私は一度それを瞥見したことがある。

 ある日午前十一時ごろ、馬車でグレーヴの広場を通りかかった。すると馬車は突然とまった。

 広場は雑踏していた。私は馬車の扉口からのぞいてみた。あさましい群集が広場と河岸とにいっぱいになっていて、河岸の胸壁の上にも女や男や子供らが立っていた。群集の頭越しに、三人の男が組み立てている赤い木の台みたいなものが見えた。

 一人の死刑囚がその日刑を執行されることになっていて、機械が立てられているのだった。

 私はそれを見るか見ないうちに頭をそらした。馬車のそばに一人の女がいて、子供に言っていた。

「おや、ごらんよ、庖丁のすべりが悪いので、蝋燭(ろうそく)の切れっぱしで溝縁(みぞぶち)にあぶらをひくんだよ。」

 今日もたぶん今ごろはそうだろう。十一時が打ったところだ。彼らはきっと溝縁にあぶらをひいてることだろう。

 ああ、こんどは不幸にも、私は頭をそらすことがないだろう。




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