ヴィクトル・ユゴー 死刑囚最後の日


       三一

 帽子をかぶった相当な人が一人はいってきた。彼は私のほうにはほとんど目もくれず、尺度器を開いて、壁の石を下から上まで測っていきながら、よろしいとか、いけないとか、高い声で言った。

 私は憲兵にそれが誰であるかたずねた。監獄に雇われてる下級の建築技師らしい。

 彼のほうでも、私に対して好奇心をおこした。一緒について来てる鍵番と低く数語をかわした。それからちょっと私の上に目をすえ、無頓着なふうで頭を振って、また高い声で口をきいたり尺度を測ったりしはじめた。

 仕事がすむと、彼は私のほうへ近づきながら、その響きの高い声で言った。

「きみ、六か月たつと、この監獄はずっとよくなるですよ。」

 そしてその身振りはこう言い添えてるようだった。

「きみがそれを味わえないのは、気の毒だ。」

 彼はほとんどほほえんでいた。婚礼の晩に新婦をからかいでもするようなふうに、彼がいまにも私を静かに冷笑しかかってるらしく、私には思えた。

 古参の腕章をつけてる老兵である憲兵は、返事をひきうけてくれた。

「あなた、」と彼は言った、「死人の室でそんなに高い声で話すものではありません。」

 建築技師は出ていった。

 私はそこに、彼が測ってた石の一つのようにじっとしていた。




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