ヴィクトル・ユゴー 死刑囚最後の日


       四〇

 妙なことに、私はたえず国王のことを考える。どんなにしても、どんなに頭を振っても、一つの声が耳に響いて、いつも私に言う。

「この同じ町に、この同じ時間に、しかもここから遠くないところに、もう一つの壮大な建物のなかに、やはりどの扉にも番人のついてる一人の男がいる。お前と同じく民衆のなかの唯一の男であって、お前が最下位にあるのと彼が最上位にあるのとの違いだけだ。彼の生涯はすべてどの瞬間も、光栄と権威と愉悦と恍惚ばかりである。彼のまわりは、愛と尊敬と崇拝とに満ちている。もっとも高い声も彼に話しかける時には低くなり、もっとも傲慢な額も彼の前には下にかがむ。彼の目にふれるものは絹と黄金ばかりである。いまごろ彼は、誰も彼の意にさからう者のない閣議にのぞんでいるか、あるいはまた、明日の狩猟のことや今晩の舞踏会のことを考えていて、宴楽は適宜の時にいつでも得られるものと安心し、自分の快楽のための仕事を他人に任せきりでいる。ところで、その男もお前と同様に肉と骨とから成っているのだ。――そして、今すぐにあの恐るべき死刑台が取り壊されるためには、生命と自由と財産と家庭とすべてがお前に返されるためには、このペンで彼が一枚の紙の隅に自署するだけでたりるし、あるいは彼の箱馬車がお前の荷馬車に出会うだけでもたりる。――そして、彼は善良だし、おそらく右のことは彼の望むところだろうし、また彼にとって何でもないことだろう!




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