ヴィクトル・ユゴー 死刑囚最後の日


       四一

 さあ、死に対して元気を出そう。その恐ろしい観念を両手に取りあげて、それをまともにじっと眺めよう。それがどんなものであるか探ってみよう。それがわれわれに求めるところは何であるか明らかにしよう。それをあらゆる方面から調べ、その謎を解き、その墳墓のなかを前もってのぞいてみよう。

 最期の目をつぶると、大きな明るみと光の罩(こ)めた深淵とが見えてきて、そのなかに自分の精神は、はてしなく飛んでゆくだろう、というように私には思われる。空はそれ自身の精気で輝きわたって、そこではもろもろの星も暗い汚点となり、生者の肉眼に映るような黒ビロードの上の砂金とは見えなくて、黄金の羅紗(らしゃ)の上の黒点と見えるだろう、というように私には思われる。

 あるいはまた、みじめにも、四方闇黒にとざされたいまわしい深い淵であるかもしれない。そしてそのなかに私は、影のなかに物の形がうごめくのを見ながら、たえず落ちてゆくことだろう。

 あるいはまた、私は死後に目を覚まして、何か平たい湿っぽい平面にいて、暗闇のなかを、一つの頭がころがるように回転しながら進んでいくだろう。強い風に吹きやられて、あちこちでころがり動いてる他の頭にぶつかることだろう。ところどころに、何とも知れぬなまぬるい液体の、水たまりや流れがある。すべてまっくらだ。回転のあいだあいだに目を上に向けても、見えるのは闇の空ばかりで、その厚い闇の層がずっしりと垂れている。そして遠く奥のほうに、闇黒よりもひときわ黒い煙が、大きくむくむくとたちのぼっている。またその闇夜のなかに、小さな赤い火の粉が飛ぶのも見える。近づいてゆくと、それは火の鳥となる。そしてそういうのが永遠につづくだろう。

 またある時、冬の暗い夜なんかに、グレーヴ刑場の死人らが自分のものたるその広場に集まる、ということもあるかもしれない。青ざめた血まみれの群集で、私もそのなかにはいってるだろう。月の光はなく、みなは低い声で話す。市庁がそこに腐食した正面と、きれぎれの屋根と、みなに無慈悲だった時計面とを見せている。広場には地獄の断頭台があって、一人の悪魔が一人の死刑執行人を処刑している。午前の四時のことだ。こんどはわれわれが周囲の群集となるのである。

 おそらくそうなんだろう。しかしそれらの死人がまた出てくるとしたら、どういう形で出てくるだろうか。断ち切られた不完全な体のどこを保存してるだろうか。どこを選んでるだろうか。幽霊になるのは、頭だろうか胴体だろうか。

 悲しいかな、死はいったいわれわれの魂をどうするのか。いかなる実体を魂に残すのか。魂から何を奪い、あるいは魂に何を与えるのか。魂をどこに置くのか。この地上で眺めるためにそして泣くために、肉眼を魂にかしてやることがあるのか。

 ああ、司祭、そういうことを知ってる司祭、それを一人私はほしい、そして接吻すべき一つの十字架像を!

 ああしかし、やはり同じことだ!




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