ヴィクトル・ユゴー 死刑囚最後の日


       四二

 私は眠らせてもらいたいとたのんで、寝床の上に身を投げだした。

 実際私は頭に鬱血していて、そのために眠った。それは私の最後の眠り、この種の最後の眠りだった。

 私は夢を見た。

 夢のなかでは、夜だった。私は自分の書斎に二、三の友人と座っていたようだ。どの友人かは覚えていない。

 妻は隣りの寝室に寝て、子供とともに眠っていた。

 私たち、友人たちと私とは、低い声で話をしていた。そして自分の言ってることに自分で恐がっていた。

 突然、どこか他の室に、一つの音が聞こえるようだった。何だかはっきりしない弱い異様な音だった。

 友人らも私と同じくそれを聞いた。私たちは耳を澄ました。ひそかに錠前を開けてるような、こっそり閂を切ってるような音だった。

 何だかぞっとするようなものがあって、私たちは恐かった。この夜ふけに盗人どもが私の家へはいりこんできたのだろう、と私たちは思った。

 見に行ってみようと私たちは決心した。私は立ちあがって蝋燭を取った。友人らは順次についてきた。

 私たちは隣りの寝室を通った。妻は子供と眠っていた。

 それから私たちは客間に出た。何の変りもなかった。肖像はどれも赤い壁布の上に金枠のなかにじっとしていた。ただ客間から食堂へ通ずる扉が、いつものとおりでないように私には思えた。

 私たちは食堂にはいった。そしてひとまわりした。私はまっ先に歩いた。階段の上の扉はよく閉まっていたし、窓もみなそうだった。炉のそばまで行って、見ると、布巾(ふきん)戸棚が開いていて、その扉が壁の隅を隠すようにそちらへひっぱられていた。

 私はびっくりした。扉の後ろに誰かがいると私たちは思った。

 私はその扉に手をかけて戸棚を閉めようとした。扉は動かなかった。驚いていっそう強くひっぱると、扉はふいに動いて、私たちの前に一人の老婆の姿があらわれた。背が低く、両手をたれ、目を閉じ、不動のままで、つっ立って、壁の隅にくっついたようになっていた。

 何かしらひどく醜悪な感じだった。今考えても髪の毛がさかだつほどである。

 私はその老婆にたずねた。

「何をしてるんだ。」

 彼女は答えなかった。

 私はたずねた。

「お前は誰だ。」

 彼女は答えもせず、身動きもせず、目を閉じたままだった。

 友人らは言った。

「はいりこんできた悪いやつらの仲間にちがいない。ぼくたちがやってくるのを聞いて、みんな逃げだしてしまったが、こいつは逃げきれないで、そこに隠れたんだ。」

 私は再び彼女にたずねかけたが、彼女はやはり声も出さず、動きもせず、見もしなかった。

 私たちの誰かが彼女を押し伏せた。彼女は倒れた。

 彼女は丸太のように、命のないもののように、ばったり倒れた。

 私たちはそれを足先で動かしてみた。それから誰か二人がかりで彼女を立たせて、また壁によりかからせた。彼女にはまったく生きてるしるしもなかった。耳のなかに大声でどなりつけてやっても、聾者のように黙っていた。

 そのうちに私たちはじれだしてきた。私たちの恐怖のなかには憤怒の情がまじっていた。誰か一人が私に言った。

「あごの下に蝋燭をつけてやれ。」

 私は彼女のあごの下に燃えてる芯を持っていった。すると彼女は片方の目をすこし開いた。空虚な、どんよりした、恐ろしい、何も見てとらない目つきだった。

 私は炎をのけて言った。

「ああこれで、返事をするだろうな、鬼婆め。誰だお前は?」

 彼女の目はひとりでに閉じるようにまた閉じてしまった。

「これはどうも、あまりひどい。」と友人らは言った。「もっと蝋燭をつけてやれ、もっとやれ。ぜひとも口をきかせなくちゃいけない。」

 私はまた老婆のあごの下に火をさしつけた。

 すると、彼女は両方の目を徐々に開き、私たち一同をかわるがわる眺めて、それからふいに身をかがめながら、氷のような息で蝋燭を吹き消した。と同時に、暗闇のなかで、私は三本の鋭い歯が手にかみつくのを感じた。

 私はふるえあがり冷たい汗にまみれて、目を覚ました。

 善良な教誨師が寝台のすそのほうに座って、祈祷書を読んでいた。

「私は長く眠りましたか。」と彼に私はたずねた。

「あなた、」と彼は言った、「一時間眠りましたよ。あなたの子供を連れてきてあります。隣りの室にいて、あなたを待っています。私はあなたを呼び起こしたくなかったのです。」

「おお!」と私は叫んだ、「娘、娘を連れてきてください。」




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