ランボオ詩集 中原中也訳



 喜劇・三度の接唇


彼女はひどく略装だつた、

無鉄砲な大木は

窓の硝子に葉や枝をぶツつけてゐた。

意地悪さうに、乱暴に。

私の大きい椅子に坐つて、

半裸の彼女は、手を組んでゐた。

床(ゆか)の上では嬉しげに

小さな足が顫へてゐた。

私は視てゐた、少々顔を蒼くして、

灌木の茂みに秘(ひそ)む細かい光線が

彼女の微笑や彼女の胸にとびまはるのを。

薔薇の木に蠅が戯れるやうに、

私は彼女の、柔かい踝(くるぶし)に接唇した、

きまりわるげな長い笑ひを彼女はした、

その笑ひは明るい顫音符(トリロ)のやうにこぼれた、

水晶の擢片(かけら)のやうであつた。

小さな足はシュミーズの中に

引ツ込んだ、『お邪魔でしよ!』

甘つたれた最初の無作法、

その笑は、罰する振りをする。

かあいさうに、私の唇(くち)の下で羽搏((はばた))いてゐた

彼女の双の眼(め)、私はそおつと接唇けた。

甘つたれて、彼女は後方(うしろ)に頭を反らし、

『いいわよ』と云はんばかり!

『ねえ、あたし一寸云ひたいことあつてよ……』

私はなほも胸に接唇、

彼女はけた/\笑ひ出した

安心して、人の好い笑ひを……

彼女はひどく略装だつた、

無鉄砲な大木は

窓の硝子に葉や枝をぶツつけてゐた

意地悪さうに、乱暴に。

〔一八七〇、九月〕




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