與謝野晶子 晶子詩篇全集






間問題





相共(あひとも)にその自(みづか)らの力を試さぬ人と行(ゆ)かじ、

彼等の心には隙(すき)あり、油断あり。

よしもなき事ども――

善悪と云(い)ふ事どもを思へるよ。







現実





過去はたとひ青き、酸(す)き、充(み)たざる、

如何(いか)にありしとも、

今は甘きか、匂(にほ)はしきか、

今は舌を刺す力あるか、無きか、

君よ、今の役に立たぬ果実(このみ)を摘むなかれ。







饗宴





商人(あきびと)らの催せる饗宴(きやうえん)に、

我の一人(ひとり)まじれるは奇異ならん、

我の周囲は目にて満ちぬ。

商人(あきびと)らよ、晩餐(ばんさん)を振舞へるは君達なれど、

我の食らふは猶(なほ)我の舌の味(あぢは)ふなり。

さて、商人(あきびと)らよ、

おのおの、その最近の仕事に就(つ)いて誇りかに語れ、

我はさる事をも聴くを喜ぶ。







歯車





かの歯車は断間(たえま)なく動けり、

静かなるまでいと忙(せは)しく動けり、

彼(か)れに空(むな)しき言葉無し、

彼(か)れのなかに一切を刻むやらん。







異性





すべて異性の手より受取るは、

温かく、やさしく、匂(にほ)はしく、派手に、

胸の血の奇(あや)しくもときめくよ。

女のみありて、

女の手より女の手へ渡る物のうら寂(さび)しく、

冷たく、力なく、

かの茶人(ちやじん)の間(あひだ)に受渡す言葉の如(ごと)く

寒くいぢけて、質素(ぢみ)[#ルビの「ぢみ」は底本では「じみ」]なるかな。

このゆゑに我は女の味方ならず、

このゆゑに我は裏切らぬ男を嫌ふ。

かの袴(はかま)のみけばけばしくて

寂(さび)しげなる女のむれよ、

かの傷もたぬ紳士よ。







わが心





わが心は油よ、

より多く火をば好めど、

水に附(つ)き流るるも是非なや。







儀表(ぎへう)





鞣(なめ)さざる象皮(ざうひ)の如(ごと)く、

受精せざる蛋(たまご)の如(ごと)く、

胎(たい)を出(い)でて早くも老(お)いし顔する駱駝(らくだ)の子の如(ごと)く、

目を過ぐるもの、凡(およ)そこの三種(みくさ)を出(い)でず。

彼等は此(この)国の一流の人人(ひとびと)なり。







白蟻





白蟻(しろあり)の仔虫(しちう)こそいたましけれ、

職虫(しよくちう)の勝手なる刺激に由(よ)り、

兵虫(へいちう)とも、生殖虫とも、職虫(しよくちう)とも、

即(すなは)ち変へらるるなり。

職虫(しよくちう)の勝手なる、無残なる刺激は

陋劣(ろうれつ)にも食物(しよくもつ)をもてす。

さてまた、其等(それら)各種の虫の多きに過ぐれば

職虫(しよくちう)はやがて刺し殺して食らふとよ。







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