與謝野晶子 晶子詩篇全集



花を見上げて





花を見上げて「悲し」とは

君なにごとを云(い)ひたまふ。

嬉(うれ)しき問ひよ、さればなり、

春の盛りの短くて、

早たそがれの青病(クロシス)が、

敏(さと)き感じにわななける

女の白き身の上に

毒の沁(し)むごと近づけば。







我家の四男





おもちやの熊(くま)を抱く時は

熊(くま)の兄とも思ふらし、

母に先だち行(ゆ)く時は

母より路(みち)を知りげなり。

五歳(いつゝ)に満たぬアウギユスト、

みづから恃(たの)むその性(さが)を

母はよしやと笑(ゑ)みながら、

はた涙ぐむ、人知れず。







正月





紅梅(こうばい)と菜(な)の花を生(い)けた壺(つぼ)。

正月の卓(テエブル)に

格別かはつた飾りも無い。

せめて、こんな暇にと、

絵具箱を開(あ)けて、

わたしは下手(へた)な写生をする。

紅梅(こうばい)と菜(な)の花を生(い)けた壺(つぼ)。







唯一(ゆひいつ)の問(とひ)





唯(た)だ一つ、あなたに

お尋ねします。

あなたは、今、

民衆の中(なか)に在るのか、

民衆の外(そと)に在るのか、

そのお答(こたへ)次第で、

あなたと私とは

永劫(えいごふ)[#ルビの「えいごふ」は底本では「えいがふ」]、天と地とに

別れてしまひます。







秋の朝





白きレエスを透(とほ)す秋の光

木立(こだち)と芝生との反射、

外(そと)も内(うち)も

浅葱(あさぎ)の色に明るし。

立ちて窓を開けば

木犀(もくせい)の香(か)冷(ひや)やかに流れ入(い)る。



椅子(いす)の上に少しさし俯(うつ)向き、

己(おの)が手の静脈の

ほのかに青きを見詰めながら、

静かなり、今朝(けさ)の心。







秋の心





歌はんとして躊躇(ためら)へり、

かかる事、昨日(きのふ)無かりき。

善(よ)し悪(あ)しを云(い)ふも慵(ものう)し、

これもまた此(この)日の心。



我(わ)れは今ひともとの草、

つつましく濡(ぬ)れて項垂(うなだ)る[#「項垂る」は底本では「頂垂る」]。

悲しみを喜びにして

爽(さわや)かに大いなる秋。







今宵の心





何(なん)として青く、

青く沈み入(い)る今宵(こよひ)の心ぞ。

指に挟(はさ)む筆は鉄の重味、

書きさして見詰むる紙に

水の光流る。







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