フランツ・カフカ 城 

 いくらか落ちついて、Kはバルナバスのほうへ向きなおった。助手たちを遠ざけたかったのだが、口実が見つからなかった。ところで助手たちのほうは、じっとしてビールをながめていた。
「手紙は読んだよ」と、Kは語り始めた。「君は内容を知っているかい?」
「いいえ」と、バルナバスがいった。彼のまなざしは言葉よりもたくさんのものを語っているように思われた。おそらくKは、農夫たちについて悪意ということで思いちがいしたように、この男については善意ということで思いちがいしたのであった。しかし、この男が眼の前にいることが気持よいという点では、変りがなかった。
「手紙には君のことも書いてあるよ。つまり君はときどき私と官房長とのあいだの通知を伝えるということだ。それで私は、君が手紙の内容を知っているものと思ったのだよ」
「私が受けている命令は」と、バルナバスがいった。「ただ手紙をお渡しし、それを読まれるまで待って、もしあなたに必要と思われるときには、口頭か文面で返事をもちかえるということだけです」
「わかった」と、Kはいった。「手紙の必要はない。お伝えしてくれ、官房長に。――ところで、なんという名前なのかね? 署名が読めなかったんだ」
「クラムです」と、バルナバスがいった。
「では、クラムさんに、ご採用くだすったこと、また特別にご親切なことに感謝している、とお伝えしてくれ。ここではまだ全然身のあかしを立てていない人間として、私はそのご親切をありがたく思っているってね。私は完全にその人の考えているとおりにふるまうよ。今日のところ、特別な願いはないよ」
 バルナバスは、じっと耳を傾けていたが、伝えるようにいわれた言葉をKの前でくり返させてくれ、と頼んだ。Kがそれを許すと、バルナバスは全部一字一句そのままくり返した。そして、別れを告げるため、立ち上がった。



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