フランツ・カフカ 城 

「お前は何をやったのだ?」と、彼はつぶやいた。「私たち二人はもうだめだ」
「そんなことないわ」と、フリーダはいった。「あたしだけがだめになったのよ。でも、あたしはあなたという人を自分のものにしたんだわ。落ちついていなさい。でも、ごらんなさい、あの二人が笑っているわ」
「だれがだい?」と、Kはいい、振り返った。スタンドの上には、彼の二人の助手が、少し寝不足で疲れてはいるがはればれした面持(おももち)で坐っていた。義務を忠実に果たしたことが生み出す明るい顔つきであった。
「ここになんの用があるんだ!」と、まるでいっさいの責任はこの二人にあるとでもいうかのように、Kは叫んだ。フリーダがゆうべ手にしていた鞭を身のまわりに探した。
「私たちはあなたを探さなければならなかったんです」と、助手たちがいった。「あなたがたが食堂の私たちのところへ降りてこなかったんで、あなたをバルナバスのところで探し、最後にここで見つけたんです。ここに一晩じゅう坐っていましたよ。勤めもほんとに楽じゃありません」
「君たちが必要なのは昼間で、夜ではないんだ。出ていきたまえ」と、Kがいった。
「もう昼間ですよ」と、二人はいって、動かない。実際、もう昼であり、内庭へ出るドアが開かれており、農夫たちがオルガといっしょにどやどやと入ってきた。Kはオルガのことをすっかり忘れていた。彼女の服や髪毛はひどく乱れていたが、ゆうべ同様いきいきとしていて、ドアのところで早くも彼女の眼はKの姿を探していた。
「なぜわたしといっしょに家にいらっしゃらなかったの?」と、オルガはいって、ほとんど涙ぐんでいた。
「こんな女のために!」と、いい、その言葉を二度も三度もくり返した。ほんのわずかのあいだ姿を消していたフリーダが、小さな下着の包みをもってもどってきた。オルガは悲しげにわきへのいた。
「さあ、いきましょうよ」と、フリーダがいった。彼女がいくことになっている〈橋亭〉のことをいっているのは明らかであった。Kはフリーダといっしょに歩き、そのあとに二人の助手がつづくという一行だった。農夫たちはフリーダに対して大いに軽蔑の色を見せたが、それもあたりまえだった。これまでは彼女がその連中を牛耳っていたからだ。農夫の一人は、杖をとり、その杖を飛び越さなければいかせないぞ、というそぶりまで見せた。だが、彼女が視線を投げただけで、その男を追い払うのに十分であった。戸外の雪のなかで、Kは少し息をついた。戸外にいるという幸福感がひどく大きかったので、今度は歩いていく道の難儀も我慢できた。もしひとりであったなら、もっとよく歩くこともできたろう。宿に着くと、すぐに自分の部屋へいき、ベッドの上に横になった。フリーダはそのわきの床の上に寝床をつくった。助手たちはいっしょに入りこんできて追い出されたが、すると、今度は窓から入ってきた。Kはすっかり疲れていて、彼らをまた追い出す元気もなかった。おかみが、フリーダに挨拶するため、わざわざ上がってきた。フリーダに〈小母さん〉と呼ばれていた。接吻をしたり、長いあいだ抱き合ったりして、不可解なほど親しげな挨拶が交わされるのだった。その小さな部屋ではおよそ静けさがほとんどなかった。女中たちも、男物の長靴をはいてばたばた音を立てながら、何かをもってきたり、もち去ったりするためにしょっちゅうやってくるのだった。いろいろなものでつまっているベッドから何かが必要となると、遠慮もなくKの寝ている下から引き出していく。フリーダには同輩扱いの挨拶のしようである。こんなさわがしさにもかかわらず、Kは一日じゅう、また一晩じゅう、ベッドに入っていた。ちょっとした彼の世話はフリーダがした。つぎの朝、きわめて元気になってついに起き上がったが、すでにこの村に滞在するようになってから四日目であった。






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