フランツ・カフカ 城 

 役所との直接交渉は、実際そうむずかしいものではなかった。というのは、役所はどんなによく組織されているにせよ、いつでもただ遠く離れた眼に見えぬ城の人びとの名において、遠く離れた眼に見えぬ事柄を擁護しなければならないのであった。ところが、Kのほうは、何かきわめていきいきした身近かなことのため、自分自身のために闘っているわけだ。その上、少なくともいちばん最初のころには、Kは自分自身の意志によって闘っていたのである。というのは、彼は攻撃者であったのだ。そして、彼はただ自分のために闘うばかりではなく、そのほかに、彼にはわからないが、役所の処置から察すると存在していると思われるほかの勢力も闘ってくれるようであった。ところが今や、本質的でないような事柄では――それ以上のことはこれまでは問題とはならなかった――役所は最初から大いにKの意を迎えてくれ、それによって役所は彼から小さなやさしい勝利の可能性を奪ってしまった。そして、この可能性といっしょに、それにともなう満足と、それから出てくる十分理由のあるような、今後のもっと大きな闘いに対する自信とを奪ってしまった。そのかわり、役所はKに、もちろん村の内部だけではあったが、どこであろうといたるところを歩き廻らせ、それによって彼を甘やかし、彼の気力を弱め、ここではおよそどんな闘いをも排除してしまい、そのかわり彼を職務外の、完全に見通しのきかぬ、陰鬱で奇異な生活のなかへ移してしまった。こうして、彼がいつでも用心していなかったら、とんだ結果になりかねないのだった。つまり、役所がどんなに親切にしてくれたところで、また極端にやさしい職務上のあらゆる義務を完全に果たしたところで、彼に示される見せかけの好意にあざむかれてしまって、いつの日にか彼の職務以外の生活をひどく不注意に営むことになったろう。その結果は、彼はこの土地で挫折してしまい、役所はなおもおだやかに親切に、いわば役所の意志に反してというように、しかし彼の知らない何らかの公的な秩序の名において、彼を追い払うということにならないではいないのだった。そして、その職務以外の生活というのは、ここではいったいどんなものなのだろうか。Kは、役所と生活とがこの土地でほどもつれ合っているのをどんなところでもまだ見たことがなかった。役所と生活とがその場所をかえているのではないか、と思われるほど、この両者はもつれ合っていた。たとえば、これまでのところはただ形式的にすぎない、クラムがKの勤務の上に及ぼしている力は、クラムがKの寝室において実際にもっている力に比べてみて、いったいどんな意味があろうか。そこで、ここでは、いくらか軽率なやり方、ある種の緊張弛緩といったものが許されるのは、ただ役所に直接立ち向かうときだけであって、そのほかの場合にはいつでも大きな用心、つまり一歩踏み出す前に四方八方を見廻すということが必要だ、ということになるのだった。



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